06 Toki
「さっき、第五部隊の雷神って言ってましたよね」
汽車の中で、ウィズが二人に問う。
城下町付近まで行くと大変混みあうのだが、国境沿いの小さな村を走っているうちは確実に座れるぐらいには空いている。向かい合った席に座る三人は景色にはまったく興味を示さず、世間話を繰り返していた。
先ほどのナンパ男のことを思い出すウィズ。
「あ~護国隊がどうとか言ってたね」
まるで初めから信じていなかったとでもいいたげなレイラ。もはや興味すらなさそうだ。
「あれって嘘だった、ってことですよね?」
「嘘だろうな。第五部隊ってのは少数精鋭なんだ。隊長含め幹部クラスは4人しかいない。隊員も俺が知る限りは両手で足りるぐらいしかいない」
ゼロの話を、数日前に図書館で調べた情報と照らし合わせるウィズ。
大陸護国隊には全部で十六の部隊があって、それぞれの構成人数はバラバラだが、だいたい数十人ずるいるらしいと聞いた。その中でも隊長に実力を認められ、各隊の事務的な部分や人事に関わる仕事を任されている隊員を一般的に幹部と呼ぶようだ。
「あの程度の魔術で雷神を騙るなんていい度胸してるよね」
と、レイラ。
「あれも魔術なんですね…!でも、呪文を詠唱してなかったですよね?」
ウィズがレイラに問いかける。
先日、本を片手に呪文を詠唱していた貴族たちを思い出す。彼らは詠唱を止められると技の発動すらままならない様子だった。しかし雷神と名乗ったナンパ男は、本も持たず呪文も詠まずに手から雷を出していた。
「あの貴族たちがやってた詠唱術は、魔力がこめられた本、いわゆる『魔導書』に書かれている呪文を詠んで技を発動してるんだけどね、あれは練習さえすれば誰でも使えるようになるの」
ウィズはポケットからメモとペンを取り出す。レイラの説明を書きとめるようだ。かなり真剣に聞いている。それにはゼロも感心する。
「見てて」
レイラはそういうと、右手を体の前に出した。
すると、力を込めた右手から光があふれだす。暖かい、黄色を帯びた光がレイラの手を包む。
「こうやって詠唱なしで魔力を出せる人間っていうのは、まあ簡単にいえば天才ってやつ?」
誇らしげなレイラ。
「基本的な技としては同じ。炎だったり、氷だったりっていう魔術を噴射するのが主な攻撃方法。違うのは、詠唱が要るかどうか。あたしぐらいになると、呪文なんていらないんだよね」
「まあ、そういうことだな。詠唱なしでの魔術の発動に天性の才能が必要なのは本当だよ。その点、あのナンパ男も才能だけはあったみたいだな」
説明を付け足すゼロ。
「じゃあ、ゼロさんも詠唱なしで魔術が使えるんですか?」
興味をしめすウィズ。
「いや、俺は無理」
「え?」
予想外の答えを聞くと同時に、汽車は目的の駅に到着した。
残る疑問を飲み込んで、ひとまず三人は汽車から降りることにした。
その駅は森の入り口にあった。
さすがに森の奥へと続く交通手段は存在しない。ここからは徒歩である。
女子二人は果たして目的地に無事辿り着けるだろうかと心配していたが、ゼロは森だろうが関係がないといった様子だ。
「入るの?」
そういうレイラにゼロは振り返り、首を傾げる。
「こーいう森って、入ったら出られなくなりそうじゃない?」
目をそらし、小さな声でレイラが言う。
「怖いならそこで待ってたら?」
呆れた顔でゼロが答えると、レイラは首を横に振り、ゼロの元へ駆け寄った。ウィズも一つ頷いて後に続く。
山道は案外厳しく、幼い少女は早々に息を切らす。
レイラがそれをサポートしながら進んで行くと、歩き続けて疲れも溜まってきた頃、ようやく森の中で建物を見つけた。それは、白を基調とした、周囲の風景とはとても馴染まない小さな家だった。
「もしかして、これが?」
ウィズは呆然としていた。大陸護国隊なんて大それた名前をしているものだから、大きな受付があったり訓練施設があったりと物凄く豪華で華美なものを想像していたが、その建物の外見は少女の予想を遥かに下回るほど質素だ。拠点というより、清潔感はあるとはいえまるで山小屋である。
ゼロは躊躇なくその建物に近づいていく。レイラとウィズが一歩下がったところで見守る中、ゼロが閉じられた門をたたく。
少しして、ドタドタと駆けてくる音がした。
外観に戸惑いはみせたものの、やはり少女は期待に胸を膨らます。自分の地元で活躍している第五部隊に、こんなにも早く会えるなんて。ゼロさんたちみたいに強そうでかっこいいんだろうな、などと考えながら、扉を見つめた。
まもなくして、扉が少し開く。小さな影がその扉の隙間から覗いているのがわかった。
「ゼロ?」
足音の主は、ゼロの姿を確認するとゆっくりと扉を大きく開け放った。
それと同時に、現れた白髪の少年を見て、ウィズは驚いた表情を見せた。
その少年は、ウィズとさほど変わらないのではと思わせるほどに幼い。
今にも折れそうな細い体つきに、ふわふわとした綿のような白い髪。気迫のない緑の目に見ても、とても護国隊に相応しいとは言い難い。しかし近づいてよく見ると、片耳にいくつものピアスをしていたり、首筋に折れた十字架のような刺青があったりと、ただの弱そうな少年ではないことがわかる。
なんとも形容し難い姿の少年は、見知らぬ少女を見て首を傾げるも、すぐにゼロたち三人を建物の中へと案内する。
「どうしたんですか?来るなら連絡くらいくれてもよかったのに…」
広間らしき部屋に通される一行。彼らの他には誰もいないらしい。
白髪の少年が椅子を勧めると、黒い手袋をした手で、棚からグラスを取り出す。終始おどおどしているウィズに警戒しつつも、柔らかな表情で全員にお茶を淹れる白髪の少年。
「ここが、第五部隊さんの…おうち?」
だされたお茶を飲みながら、部屋の中を見回すウィズ。広間といえど、一般的な住居の居間より少し広いくらいの空間である。
「すみません、狭くて…」
悲しそうに笑う白髪の少年。
「そういうつもりじゃ!」
動揺したウィズはわけもわからず弁明する。
「茶葉変えた?前のも良かったけど、これもなかなかいいじゃん」
まるで自分の家であるかのようにくつろぐゼロが、手をひらひらさせて言う。
少年は笑みを浮かべるが、やはり少女のことが気になるようで、ゼロと少女を交互に見ていた。
「え、えっと。私、ウィズといいます!あの、第五部隊さんに興味があってついてきただけで、護国隊には入ってないんですっ。あっ、えと、急にお邪魔してしまって…」
初々しく少年に向かってお辞儀をするウィズ。
少年は呆然として、ゼロに助けを求めるが、ゼロは頷くだけだった。
「ウィズさん、初めまして。僕は鴻といいます」
鴻と名乗った白髪の少年は、ウィズに向けて軽く会釈をした。
ウィズは鴻をまじまじと見つめる。顔だけ見ると温厚そうなのに、やはり派手なピアスや刺青が気になってしまう。
鴻はその目線の先に気が付いたのか、自らの首に手をあててそれをなぞった。
「す、すみません!じろじろ見てしまって」
「かっこいいよな、それ」
鴻に対して謝ったのに、ゼロが答える。客人とは思えない態度で、机に頬杖をついてニヤニヤと笑っている。初対面の人間が決まって同じ反応をするのだろう。ゼロはウィズが戸惑う様子を楽しんでいた。
「それで、ゼロ、何か用事があってきたんですよね…?」
そろそろ自分の外見について触れられることに嫌気がさしたのか、鴻が話題を変える。
ゼロは「ああ」と思い出したかのように、レイラがずっと抱えていた荷物を取り上げると、鴻に差し出した。
「ちょっと荷物の配達を依頼されてな。お前宛てだってよ」
鴻は恐る恐るそれを受け取ると、宛名を確認する。
「第五部隊隊長殿へ…?誰からですか?」
首を横に振るゼロ。一気に不安そうになる鴻。
横で見ていたウィズが、「え?」と声をもらす。
「隊長、さん?」
ウィズの発言に、首をかしげる三人。
鴻を指さすウィズ。
「あー、ああ、見えないよな。鴻な、隊長だぜ、第五部隊の」
「えっ?!」
ゼロの補足に、思わず声をあげるウィズ。鴻は苦笑いを浮かべながら目線をそらす。
「すみません、ちょっとびっくりしちゃった」
頬を赤らめるウィズ。そしてもう一度目の前の少年を見つめる。
背はレイラより少し低く、まだ幼さの残った顔。ウィズにとっては年が近そうに見えるためかどこか親近感がわいていた。それと同時に疑問が生じる。
「隊長さんってわりに、すごく若いですよね…?」
そういわれて、鴻はゼロと顔を見合す。
「こう見えて鴻は最年少で隊長になった実力者だぜ」
答えたのはゼロだ。
「とはいえ、童顔なだけで俺の少し下ぐらい、だったよな?」
「うん、ウィズちゃんより全然年上だと思うよ~?」
レイラも茶化す。
「そ、そうですよね、すみません」
ウィズは耳まで赤くしている。
「まあ鴻は背もちっさいからな」
ゼロはそういって立ち上がると、鴻の頭に手をのせた。
鴻はそれを手で払うと、一歩離れる。
「でも、最年少ってすごいですね」
身長のこと気にしてるんだろうな、と思いながら、ウィズはなんとか話題を変える。
鴻は何も言わず、思い出したかのようにゼロから受け取った箱に手をかけていた。
封を開けると、中身を見て鴻は首を捻る。
レイラやゼロもそれに近がつき中身を覗く。それは可愛くデコレーションされた、お菓子の詰め合わせセットだ。同封されている手紙を読む鴻。そして微笑むと、箱に戻してしまった。
「なに?ラブレター?」
ゼロが興味を示すが、鴻は苦笑いを浮かべる。
「前に受けた依頼のお礼、ってだけですよ」
箱を近くの棚にしまいながら説明する鴻。
ウィズは感動した様子で、鴻に尊敬の眼差しを向ける。
「へぇ、ちゃんと仕事してんだなぁお前ら」
そういうゼロに鴻は一瞬きょとんとするも、すぐに笑みを浮かべて見せた。
「当たり前じゃないですか。それともゼロたちは暇なんですか?」
その意地悪な表情に、さすがのゼロも口角をつり上げる。
「お前たまにそういうこと言うよな」
満面の笑み、のように見えてその実、目がちっとも笑っていないゼロ。
鴻もにこやかに応戦する。
「意外と毒舌…?」
先ほどまで弱気で声も小さかった少年の突然の豹変に戸惑ったウィズは、隣で見ていたレイラに問いかける。しかしレイラは珍しいものが見られる、と目を輝かせていてウィズのことなど気にもとめない。
味方のいなくなったウィズは、ただゼロと鴻を交互に見た。二人ともどこか楽しそうだ。
「さすがは鴻様、顔は広いしクソ強いし向かうところ敵なしだもんなー?さぞかし依頼が殺到してるんだろうなぁー」
「ゼロにクソ強いとか言われても嫌味にしか聞こえないんですけど?」
先ほどまでのおどおどしていた少年はどこへやら、鴻はゼロの目をしっかり睨んで言い返す。それを見たゼロがふっと鼻で笑う。
「ウィズが困惑しちゃってるけど大丈夫?この人実はやばい人なんじゃないかって思ってるかもよ?」
「そ、そんなことないですっっ!」
突然話を振られて戸惑いを隠せないウィズ。しかも、図星である。改めて鴻の顔を見てみると、こちらに向かってニコッと微笑みかけてくるので慌てて目線をそらす。
「鴻くんって普段は見た目通りふわふわしてるんだけど、ゼロに対してだけ何でか強気なんだよね〜」
見ていたレイラが呟く。ウィズが「へぇ?」と声をもらす。
「猫被ってるだけじゃねーか?」
そういうゼロに、鴻は何も言わない。
そしてゼロの言葉を無視したまま、鴻は時計を確認する。
「そろそろ出ようかと思うんですが」
時刻を見た鴻が、ついさっき来たばかりの客人に言う。
「え?なんだよお前この後なんかあんの?」
ゼロが出されたお茶をすすりながら不満の声を漏らす。久しぶりに友人に会ったんだからもう少し話そうぜ、と続ける。
鴻は困った様子で、ポケットから一枚の紙を取り出した。
ゼロはそれを受け取ると、それが手紙であることがわかった。内容を確認する。
"日の入の刻、港で待つ"───手紙に書かれていたのは、それだけだった。
「何の恨み買ったんだよ、お前」
「しりませんよ!」
「告白かも」
「そんなわけないです…!」
鴻は手紙を奪い返すと、ポケットに戻した。
そして玄関へと向かう。
「行くんだな」
「そりゃ行きますけど…」
疲れた表情で扉をあける鴻。風が吹き込んでくる。
「そういうことなので、すみませんが今日はこの辺で…次来るときはちゃんと連絡くださいね」
ウィズが言われるがまま出ようとするが、レイラとゼロは顔を見合わせて動かない。
「居座るつもりですか?」
「いや、俺らもつれてけよ」
「はい?」
「手紙の相手が誰なのか、興味あるし」
そういって楽しそうに建物を出る二人。ウィズも困惑しながらも後に続く。
「ゼロたちには関係ないでしょ…?」
煙たそうにする鴻。
その肩に手を置くゼロ。
「いや、な?こいつが護国隊の仕事に興味があるらしいんだわ。でも俺たちはさ~鴻様と違って暇で大した依頼も来ないからさ、な?」
嫌味ったらしいゼロの手を振り払うと、鴻はやれやれといった顔で、全員が外に出たことを確認し、と、扉に鍵をかけた。