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05 seduce

 国境付近はのどかな農村が広がっていて、近くの湖へ釣りに行く者たちとよくすれ違う。その都度、釣り人たちはレイラの顔を見て頭を下げる。

 中には釣れた魚や畑で採れた作物を差し出す者もあったが、レイラはそれを丁重に断っていった。そういえばミクルラムに入るなら先日のようにフードで顔を隠すべきだったかなと今更ながら思いだすレイラ。でもまあ今更か、と開き直る。


 しばらく歩くと駅に着く。国境沿いの小さな無人駅。ミクルラム王国内を入る汽車が定期的にやってきて、第五部隊の拠点がある森の手前まで運んでくれる便利な交通手段である。


「汽車に乗るの久しぶりかも」

 そういいながら読んだことのない時刻表に目を通すレイラ。

「普段は馬車か?」

 女王様がたくさんの家来たちに護られながら豪勢な馬車に乗り込む姿を想像する。それなりに似合うと思う。

「家出してからは乗らないよ。ゆっくり歩くか、ゴンドラはよく乗るかも」

 この大陸は川が多い。そのため、舟が移動の手段として主流となっている国も少なくない。ミクルラム王国においても、川沿いにいる船乗りに交渉すれば安い運賃で近い場所まで運んでくれる。川沿いの大きな街では、汽車のように定時にやってくるゴンドラも存在しているため、生活に欠かせない交通手段なのである。


 レイラに任せても埒があかないと判断したゼロが時刻表に目をやったそのとき、


「レイラさん!ゼロさん!」と突然、聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、目を輝かせた少女がこちらへ駆けてくるのが見えた。


「ウィズちゃん!」

 レイラもまた、目に光を宿す。つい先日、喫茶店の一件で関わった少女ウィズ・アシュリーである。数日ぶりの顔に思わず笑みがこぼれる。


「偶然ですね!どちらへ?」

 買い物籠を抱えたウィズが尋ねる。


「第五部隊に用事が…」

「第五部隊ですか!?」

 レイラが答えると、ウィズは驚きの速さで食いつく。

 ゼロは、部外者にいとも簡単に情報を漏らして大丈夫か?と心配しながらも、悪意のなさそうな少女の輝く目を見て肩をすくめる。


「うん?ウィズちゃんは?お買い物?」

 勢いに押されながらもレイラが微笑みかけると、ウィズは籠に目をやり、慌ててそれを背中に隠す。


「あ、はい。今帰りで…、あの、私、ついていったらダメですか?」

 ゼロとレイラを交互に見つめるウィズ。

 ゼロはその言葉の意味を理解し、レイラの顔を見る。


「おっ、興味わいてきたの?」

 親しげに笑いかけるレイラ。やはりガードが緩い。

 ウィズは目を見開くと、顔を赤らめる。


「あの、実は私、帰ってから調べたんです!護国隊さんのこと。お二人がとってもかっこよくて、でも私、護国隊さんのこと何もしらなかったからたくさん本とか読んで。それで、この近くに第五部隊さんの拠点があることも知りました!」


 目を輝かせているウィズを見て、ゼロとレイラは顔を見合わせる。


「まぁ、いいよね?配達だけなら危ないこともないし」

 ゼロに問いかけるも返事を待つことなく、ウィズに手を差し出すレイラ。

 本来、依頼内容を部外者に漏らすこと自体タブーであり、危険な依頼であれば同行させるわけにもいかないのだが、レイラの言う通り、今回は荷物を届けるだけだ。

 ゼロはレイラの即決に少し呆れるも、問題ないか、と頷いた。

 ウィズの表情も特段と明るくなる。ウィズは大きく一礼すると、差し出された手を強く握った。


 そのときだった。


「やめてください!!!」

 女性の叫び声がこだまする。


 驚いて振り返る三人。

 ナンパか、カップルの喧嘩か。男のほうがやけにしつこく女に話しかけている様子が目に入った。


「急いでるので!」

「そんなこと言わずに、ほら」


 真っ先に怒りをあらわにしたのはレイラだ。男のほうに近づこうとする。しかしゼロはその肩を止める。もう少し様子を見よう、とアイコンタクトを交わす。レイラはなおもそれを振りほどいて仲裁に入る気でいる。


 そうこうしているうちに、汽車が到着した。しかし乗り込む気はない。

 次の汽車まで何分待つかもわからないが、そんなことは気にもせず、ただ暴れる男に注目する。


 男女はしばらく話している様子だったが、ふと、男のほうがこちらに気が付いた。


「何見てんだよ」

 盗み聞きをされていたことに気が付いた男が目についたゼロをにらみつける。

 レイラが怯えていた女に目線をやると、女はすぐに状況を察してくれたようで、男の手を振りほどくと一目散に逃げ去っていった。結構足が速いらしい。


 ナンパに失敗したことに対する舌打ちだろうか。あからさまに機嫌を悪くした男は、肩で風を切りながらゼロの目の前まで近づいてきた。そしてゼロを顔から足元までまじまじと見つめる。


「てめぇ何者だ?」

 レイラとウィズも控えていたが、それよりも同じ男であるゼロに敵意を向けているようで、少しずつ近づいてくる。ゼロは腰に伸縮する槍をつけているが、遠目から見るとコンパクトに収納されたそれは武器には見えない。きっと男には、ゼロが丸腰に見えているだろう。


「俺様の邪魔をしてただで済むと思ってんのか?」

 拳をポキポキと鳴らす男。格闘技でも始めようといったような面立ちだ。


「どうなるんだ?」

 ゼロは楽しそうに微笑んでいる。男がいくら近づいてこようと、まるで臨戦態勢に入る気がないらしい。

 レイラはウィズに危険がないよう、その手を握って一歩下がる。


 ナンパ男はゼロのなめた態度に機嫌を悪くすると、ゼロの肩に触れた。


「俺様は護国隊の術師だ」

 

 男はそういうと、ゼロに触れていないほうの手を掲げた。次の瞬間、男の手に電流ような光が宿る。後ろで見ていたウィズが驚いて小さな悲鳴をあげる。レイラは首をかしげている。

 肩をつかまれているゼロ本人はというと、まったく動じていない様子だった。


「雷属性の術師か。で、どこの部隊の人?」

 ゼロはその光を見つめながら、まるで興味がなさそうに男に聞く。


「てめぇ驚かないのか」

 少しずつその電流を強くしていく男。まるで自分の力を誇示にするかのように、その手をゼロに向けて差し出している。今すぐ顔面でもおなかでも、どこにでもその拳があてられる距離だ。しかし男は攻撃をしない。ただ、力を見せつけている。


「なんで?雷の術師ってそんなに珍しい?」

 そういってレイラの顔を見るゼロ。レイラは何か考え事をしているようで、何も言わない。ウィズは少し怯えながらも、護国隊という言葉や目の前の光景に興味津々だ。


「はは、よその国から来たのか?聞いたことないのか?」

 男は嘲笑いながら、ゆっくりとその名を口にした。


「第五部隊の『雷神』」


 そういいながら、男は電流を宿した手をゼロに向けて振った。


 危ない!

 そう、思ったのは、その場でウィズだけだった。


 男は唖然とする。まるで感触がない。

 反対の手を肩をつかみ、ただ一振りするだけで当てられる至近距離で、攻撃を外したのだろうか。

 

 男が気づいたときには、ゼロは数歩後ろにいた。そしてその手には大きな槍が握られている。いつのまに移動したのだろうか。

 自分の攻撃を避けた一瞬で、武器まで取り出している。

 ゼロは攻撃するでも防御するでもなく、ただ三叉の槍を構えて男の前に立っていた。


 何が起こったのか理解できない男は、もう一度手に電流を宿すと、先ほど同じようにゼロに向けてそれを振る。今度は少し距離がある。

 ゼロは槍を自身の前にやると、自分に向って放たれたその雷を、槍で吸収した。


「消した?え?吸った?」

 一瞬の出来事が、なおも理解できていない男。必死に拳を振りかざす。


 何度繰り返しても同じことが起こる。

 ゼロの槍は、明らかに男の術のすべてをゼロ本人に届く前に吸い尽くしていた。


「もういい?効かないぜ、それ」

「な、てめぇ、何者…!」

 男は焦りながら一歩後ずさる。


 先ほども聞かれたが、さすがに答えてやるか、とゼロが口を開く。


「俺は第八部隊のゼロっていうんだけど、まーなんというかその、」


 そういいながら、ゼロは槍を大きく一振りした。

 すると、先ほど吸収した電流が、何の変哲もないただの槍から打ち出され、男に向かって飛んだ。


 男は自分で出したはずの雷に反撃され、避ける間もなく、数メートルほど吹っ飛んだ。


 そんな男に近寄りながら、ゼロが続ける。

「雷神を名乗るならもうちょっと頑張ったほうがいいな」


 男は目に恐怖を映しながら立ち上がる。


「その程度の術じゃ、護国隊にすら入れねーぞ」


 そう言われると男はゼロの顔を見ることもせず、ただ一目散に走り去っていった。


「逃げたね~」

 一部始終を見ていたレイラがそう呟いた。

 またしても何が起こったのかを理解しきれていないウィズが、ゼロの槍を見つめる。

 ゼロは槍を体の前に持っていくと、力をこめた。すると、槍は一瞬にして手に収まるほどのサイズに縮む。


「あの槍って、何なんですか?」

 ウィズが問う。レイラは戻ってくるゼロを見ながら言う。


「持ち運びやすいように特注で作られてるみたい。さっき、相手の魔術を吸収してたでしょう?あれね、槍がすごいんじゃなくて、ゼロがすごいんだよね」


 ゼロは汗一つかいていない。まるで待ち合わせに五分遅れてきた彼氏のような面立ちで、再び駅の時刻表に目をやった。


「ゼロさんが強いってこと、ですね?」

 理解はできていないが、とりあえずの結論を出すウィズ。

「ゼロは強いよ~」

 レイラがそういうと、ちょうどいいタイミングで向こうから汽車がやってくるのが見えた。本数が多くて助かった、と安堵する二人。


「行くぞ。荷物ちゃんと持ってるな?」


 突然の戦闘に忘れかけていたが、そういえばこれは荷物の配達をする依頼だった。

 汽車が第五部隊の森へ向かうことを確認し、三人はそれに乗り込んだ。

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