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04 delivery

「…配達?」

 港町の事件から数日。レイラが、乾いた笑みを浮かべて言った。


 大陸御国隊、第八部隊・拠点。

 隊員たちの住居であり、近隣住民からの依頼を取りまとめる事務所のような場所。入口入ってすぐの大広間はカフェスペースのような空間となっている。


 大陸護国隊は地域住民から受けた依頼を随時遂行していく組織である。

 というのが本来あるべき姿なのだが、第八部隊は森の奥に拠点を構えているせいもあってか、なかなか仕事がやってこない。特に大きな依頼もないその日、隊員たちはそれぞれ暇を持て余していた。

 その日も晴天で、開け放った窓からの光が心地よい。気温的にもなかなか過ごしやすい日だ。


「ええ。配達。だからあなたは行かなくていいのぉ」

 カフェスペースとオフィスを隔てるカウンター越しに、レイラとメイド服の受付嬢が向き合っていた。依頼書と、満面の笑みを浮かべる受付嬢の顔を交互に見るレイラ。


 退屈続きの第八部隊に一通だけ届いた依頼書。

 それは、第八部隊本部の位置するレインディール王国の隣、ミクルラム王国に拠点を構える第五部隊の隊長に荷物を届けて欲しい、といった内容であった。


 しばらく無言の攻防が続いた後、いつまで立っても笑顔を崩さない受付嬢を見て、レイラはカウンターをバン、と叩いた。


「あたしだって、配達くらいできるわよ!」

「そうなのぉ?」

 間髪入れずに真顔で返す受付嬢。


 そのやり取りを見て、レイラの後ろにある大きなテーブルでカードゲームをしていた男たちがクスクスと笑う。

 依頼と聞いて真っ先に飛びついたレイラだったわけだが、


「おまえ方向音痴じゃん」

「地図すら読めないからな」

 と、笑われている。


「じゃああんたたち行けば!?」

 笑う男たちに痺れをきらしたレイラ。どれだけ言っても無駄だと諦めたのか、しぶしぶ奥の部屋へ戻ろうとする。しかし、


「でも俺ら今忙しいしな」

 その言葉をきいて、瞬時に振り返る。


「忙しいってあんたら絶賛カードゲーム中でしょうが!」

 先ほどからレイラを笑う男たちのほうに怒鳴りつける。彼らは数人で机を囲み、わいわいと騒いでいる。彼らが忙しそうに見えるかと問われれば、ほぼ百パーセントの人がノーと答えるだろう。


 その様子を、この第八部隊で隊長を任されている男、ゼロは端の机で頬杖をついて見ていた。

 それに気づいたレイラは、彼に近寄る。


「あんたは暇でしょ?ゼロ」

 ゼロは面倒くさそうにレイラに目線をやる。


「何よ、その目は」

「いい機会だと思うぜ?」

 眠たそうな声で答えながら、姿勢を正すゼロ。


「一人で配達。方向音痴もなおるかも」

「余計なお世話よ!」


 そう言われて、ふっと微笑むゼロ。

「俺もカードゲーム混ざろうかな」


 ゼロが立ち上がると、その背中を見たレイラが、あっと声を漏らす。


「ゼロってトランプでいうとジョーカーかなぁ」

「お?最後の切り札ってやつか、いいねぇ」

 突然の話題に戸惑いもせず、慣れた調子で答えるゼロ。着ていた上着を脱ぎながら男たちの元へと向かう。


「大富豪ではね、3を3枚だせばジョーカーに勝てるのよ」

「方向音痴が3人集まっても目的地にはたどり着かないんじゃないか?」


「もぉ~二人とも、そういうのいいから、もうレイラ行ってきてぇ」

 痺れを切らせたのか、受付嬢が口を出した。


 その声トーンが低くなったことを気にも留めず、レイラは能天気に続ける。

「ナーレはやっぱハートのクイーン?あーでもそれはユラちゃんかなぁ」

 ナーレと呼ばれた受付嬢は口元を歪ませる。しかしながら目は笑っていない。


「ゼロもついていってねぇ~」

「はっ?!」

 我関せずといった表情でカードゲームに混ざろうとしているゼロは、突然の指名に不満の声をあげた。配られたばかりのカードから目をあげると、ナーレは驚くほど機嫌の悪そうな顔でゼロを見ていた。すぐさま抵抗を諦め立ち上がるゼロ。

 受付嬢にまるで敵わない哀れな隊長を見て、周囲は笑いをこらえる。ゼロはお前ら覚えとけよ、といった視線を送ると、先ほど脱いだばかりの上着に手をかけた。


「またゼロとかぁ…」

 レイラは、ぶつぶつ言葉を発しながら、ナーレから依頼の品を受け取る。


「意外と軽いね?中身なんだろ?」

 レイラが箱を揺らそうとすると、ナーレが鋭い目線でそれをとめた。

 渋々ふるのをやめ、荷物を丁寧に持ち直し玄関へ向かうと、ゼロがすでに戸を開けていた。心地よい風が吹いてくる。


 レイラは両手で抱えた荷物と共に、外へ出た。


 まだ、太陽が昇りきっていない時刻。暑すぎず寒すぎない快適な温度。森の中にそびえるその建物の外は、人気もなく自然にあふれ、ただ爽やかだ。


 レイラは扉を閉めると、ゼロを睨みつける。

 なんだよ、といった表情のゼロ。無言で荷物を差し出すレイラ。ゼロはそれを無視して森のほうへと向かって歩き出す。慌てて追いかけるレイラ。


「自分がやるって言ったんだからそれぐらい持てよ」

 早足で歩きながら、ゼロがつぶやく。


 レイラは不服そうな顔をして、荷物をまじまじと見ながらゼロの後をついていく。

「ねえ、これ第五部隊宛てなんでしょ。第五部隊ってうちと同じで森の中にあるんだよね?歩きで行ったら日が暮れちゃいそう」

「とりあえずふもとに出たら汽車だな。こういう配達系の仕事は瞬間移動(テレポート)が出来る術師に頼めばいいのに」

「まあうちにはいないからね」


 ゼロは大きなため息を一つつきながらも、早足で山道をくだっていく。その足取りは極めて正確だ。初めて来る人なら必ず足を止めるであろう分岐ですら、道を選ぶ暇もなく余裕で進んでいく。


 レイラは終始きょろきょろと周りを見回している。周りの木々に手を触れたり、落ちている石を蹴ったりしながら進む。そんなレイラを横目で見ているゼロはすっかり呆れ顔である。


「やっぱ瞬間移動(テレポート)ができる術師を雇いたいよな~」

「同感だけど、そもそも人口が少ないからね」


 悟ったような表情でひたすら山道を下っていく。

 第八部隊のある山を下り切れば、すぐに隣国ミクルラムに入る国境に差し掛かる。国境さえ越えてしまえば、すぐのところに汽車が走る駅がある。


 二人はそれから大した会話もせず、ひたすら淡々と歩き、気がつくと国境に差し掛かっていた。

 門番は二人の顔を見るやいなや、門を大きくあけ、敬礼をした。レイラも敬礼し返すと、門番はこそばゆそうに頬を赤らめた。


「顔パスってやつだね」

 嬉しそうなレイラ。長時間歩いていたせいで疲労が若干顔に出ていたが、生まれ故郷であるミクルラム王国の土を踏むと、すっかり機嫌を取り戻していた。


「こんなすぐにまたミクルラムに来るなんて」

 足元を見ながらつぶやく。貴族が暴れていた喫茶店の件を解決して以来、数日ぶりである。

 

 ゼロもつられて目線を下にやる。ゼロにとっては特に変哲のない舗装された道だったが、レイラはどこか楽しげだ。


 ふと、レイラは良いことを思いついた、といった顏で唐突に走り出すと、少し行ったところで振り返り叫んだ。


「ようこそ、ミクルラムへ!!!」

 両手を大きく広げるレイラ。

 その無邪気な笑みに、先ほどまでずっと冷たかったゼロの表情が和らぐ。レイラのほうへ、ゼロは歩み寄る。


「どーもお邪魔します、女王様」


 ゼロが笑みを浮かべて言うと、レイラは少し赤面して、ゼロに背を向けた。


「今は第八部隊のレイラだけどね!」

 そう言って、追いついたゼロの顔をのぞきこむ。

「ああ、そうだな」

 ゼロがやれやれと手を広げると、レイラは楽しそうに歩き出した。

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