03 Layla
ミクルラム王国の先代女王、サラ・ミクルラム。
この国の民なら誰でも知っている名前だ。外国の者でも知っている者は多いだろう。
そして、彼女が二年前、城と共に燃え落ちたことも、誰もが知る事実だった。
そんな女王の友人だったとハーレスは言う。その言葉に信憑性が持てず、ハーレスを睨みつけるレイラ。それをみて、ハーレスはさらに口角を緩ませる。
「つまりだな、私は女王サラの権力を少しばかり借りてこのミクルラムに支配できる土地をもっても良いのだ、わかるかガキども?」
拳を握りしめるレイラの元へ、ハーレスは歩を進める。その手がレイラに触れる直前で、ゼロはそれを止めた。ゼロは無言で話を聞いていたが、レイラの異変にいち早く気が付いていた。
「サラの友人だったら、なんなの?」
それは、今にも消えそうな弱々しいレイラの言葉。握りしめた拳が、だんだんと光を帯びていく。レイラが使う魔術の効果である。
そして──
ハーレスの顔面めがけて、その光をふるった。
ハーレスはその拳を間一髪掴み取る。攻撃は命中しなかったが、レイラはハーレスの目を見て口を開く。
「知らないわよ。あなたが彼女の何であれ、そんなことは関係ないでしょ。だって女王サラはもう死んだんだから」
レイラの顔に影が浮かぶ。ハーレス・ミリオンは拳に力を入れながらも、疑問符を浮かべている。
その間も、レイラは攻撃を続けた。
何度も拳に光を宿し、ハーレスに向ける。ハーレスも負けてはおらず、レイラの攻撃を避けつつ隙を見て蹴りを入れる。ゼロと他の貴族たちは少し離れたところでそれを見ていた。
レイラはハーレスの攻撃をかわすと、大きく後ろに跳ねた。
「サラがもし生きていたら、こんなバカなこと、許してないわよ」
いつの間にか、レイラの目には涙が浮かんでいた。精一杯の目力で、ハーレスを睨みつける。持てる魔力で拳に光を宿し、攻撃力を増幅させたパンチを何度も食らわす。
「みんなが使う喫茶店を勝手に自分のものにしていいなんて、友達だからいいよって、サラが言うと思ってるの?」
ハーレスの腹部めがけて全力の蹴りを入れるレイラ。だが、体が震えているのか威力は小さかったようで、ハーレスは自ら後ろにとんで攻撃を回避した。
さらに間合いをつめるレイラ。両手に光を宿しながら、彼女は叫んだ。
「そんなこと言うわけないでしょ、お母様が!!!」
その言葉は、ハーレスの抵抗を崩すには十分だった。周りにいたゼロ以外の全員が凍りつく。レイラが発した言葉の意味を考えている。
動きを止めたハーレスに殴りかかるレイラ。さすがのハーレスも唖然として、避けることを忘れている。ハーレスが我に返ったときにはすでに、レイラは後ろにいたゼロの手前にまで引き下がっていた。
あまりに暴れていたからか、いつの間にかレイラが深くかぶっていたフードはとれていた。あふれ出る金髪。そのとき初めてレイラの顔をはっきりと認識した者たちは、開いた口が塞がらないようだった。
「さっき名前聞いてくれたよね」
ゼロとレイラに連れられてやってきた幼い少女は、戦いの間、店主に誘導され店の端へと避難していた。ウィズと名乗ったその少女と目が合う。レイラは店員、そして客たちも含め店内に視線を一周させると言葉を紡いだ。
「あたしの名は、レイラ・ミクルラム!この国の女王よ」
その右手に再び光を宿しながら、動かなくなった貴族たちに今度はレイラが歩み寄る。男たちはあわてて防御体勢をとるが時はすでに遅く、レイラの光を纏う拳にハーレス・ミリオンは弾き飛ばれていた。
「女王として命じます!あなたたちは出禁です!!!!」
残った男たちを指さすレイラ。男たちはまるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、気絶しているハーレスを担いでそそくさと逃げて行った。
逃げ足の早さに感心していると、店主が避難していた店員たちを連れ、レイラの目の前で片膝をついた。客たちも、空気が読める何人かはそれに続き、中には頭を地につけお礼を言う者もいた。
「ちょっ!やめて!みんな顔あげて!?」
しばらく説得して皆が元の姿勢にもどったところで、店主だけは跪いたまま、小さな袋を取り出した。
「ありがとうございます。このような小さな店に、女王様自ら出向いてくださるなんて、この上ない喜びで御座います。本当にありがとうございます。どうか、これを」
店主の手から差し出される小さな袋。どうやら金貨が入っているようだ。レイラはそれを手で制す。
「いや、そんな!だから顔をあげて!あたし、そういうのじゃないから!」
「ですが女王様」
「女王様って呼ばないで!!!」
困惑する店主。どこで噂を聞いたのか、店の外にも人が集まりだしている。皆が女王の姿をじっと見つめている。
ゼロは少し悲しそうな目でレイラを見ていた。レイラはしばらく沈黙したのち、大きく息を吸いこみ、そして言葉を紡ぎだした。
「あたし、今日は護国隊の依頼で来てるんだ。女王とか、どうでもよくってさ。だから、これは第八部隊への依頼成功報酬として受け取ってもいい?ゼロに渡してよ。こいつ、こうみえても第八部隊の隊長だから」
店主はしばらく考えこんでいたが、ゼロが手を差し出したのを見て、一つうなずくと袋をそこに乗せた。
「ありがと。出来ればあの、あたしが第八部隊にいるってことは秘密にしておいてくれない?今日ここにあたしが来たことも。お願い!」
そこには女王としての威厳もない、ただ思春期の少女がいた。
「アイスティーごちそうさま。いくら?」
いつの間にやら、近くにおいてあったグラスはすでに空だった。
「い、いえ!代金はいただけません!」
「だから」
「えっと、その、護国隊のみなさまへの感謝の気持ちです」
店主は慎重に言葉を選びながら、レイラとゼロに軽く頭を下げた。
それにはレイラも納得したようで、満面の笑みを浮かべる。
「そっか、ありがと!このお店、またくるね!」
顔をあげた店主にレイラはそっと微笑みかけ、そしてゼロに目で合図をし、店の出口へと向きを変えた。その姿を見た店主は、とっさに叫んだ。
「ありがとうございました!また、よろしくおねがいします!第八部隊様…っ!」
そんな言葉をききながら、レイラとゼロ、そしてウィズは店を後にした。
そのときゼロは、久しぶりにレイラの心から楽しんでいる様子を見た。安心した表情をみせるゼロに、レイラが尋ねる。
「ねえゼロ。ミクルラムの依頼なのに、近くにある第五部隊じゃなくてわざわざうちに頼んできたのって、やっぱりあたしがいるからかな?」
その問いに、ゼロはふっと笑う。
「俺が頼れるからだろ」
「はぁ〜?」
軽くあしらうゼロに、レイラは少し不満そうだ。しかし、気をつかってくれているのだろうとはわかる。いつもなら反論して口論が始まっているところだったが、レイラは肩をすくめながらもそれ以上言い返すことはしなかった。
「あの、大陸護国隊さんって、凄いんですね!」
しばらく無言で歩いた後、口を開いたのはウィズだった。
「えっと、ゼロさん?は槍すごかったですし、レイラさんも手が光ってましたよね?!」
少女の純粋なまなざしに、ゼロもレイラも笑みを浮かべる。
大陸護国隊に所属する人間はたいてい、武力か魔力のいずれかが優れている。それは周知の事実であったので、護国隊の人間が魔術を使うことに驚きを示す者は少ない。しかし少女は護国隊について名前すら知らなかったらしい。もしかすると魔術を目の当たりのするもの初めてだったのだろう。
「でも…レイラさんは、女王様なのに護国隊のお仕事もされて、大変じゃないですか?」
ふいにウィズが素朴な疑問をこぼす。レイラは目線をそらしながらも、正直に答えることにした。
「あたし、実は家出中で…あんまり家には帰らないというか、さっきは流れで女王って言っちゃったけど、全然政治とか国のことは弟に任せっきりで…」
「ここ数年は第八部隊の拠点に寝泊まりしてるしな。俺もおまえが女王ってこと忘れてたわ」
「だから、あたしのことは第八部隊のレイラとして覚えてほしいな~って?」
ウィズは知らない世界を感じながらも、わかりました!と元気よく返事をした。
「それにしても平和になったよね。今回はちょっと戦ったけど、こうやって地域の人を助けて!って感じの依頼を受けるの、あたし好きなんだ。人の役にたてるし、働いた分だけお金がもらえるって素敵じゃない?」
レイラの言葉に、ウィズも微笑む。
「私、とってもすごいなって思いました。私も大きくなったら、お二人みたいに護国隊に所属して、人の役にたちたいなって思いました」
「あはは、今からでもおいでよ」
「え?!」
突然の誘いに動揺を隠せないウィズ。そんな簡単に入れるものなのか。
ゼロは、何を勝手に誘っているんだとでも言いたげに呆れながらも、レイラの言葉を訂正するでもなく、やさしく微笑んでいた。
「まあ、楽な仕事じゃないけどな」
笑うゼロとレイラの姿を見て、ウィズの涙腺が緩む。そして、今までにないやさしげで安らかな表情を浮かべて立ち止まった。
「もっと修行して強くなったら、そのときは…仲間に入れてください!」
ウィズは深々と一礼する。そして二人が頷くのを確認すると、少女は軽く会釈をして、2人に背を向けた。
「それでは、私はこのへんで!」
少女は来た道を戻っていく。
ゼロとレイラはその姿が見えなくなるまで目で追った。
「あの子…将来が有望よね、何か不思議なオーラ纏ってた」
「ああ、俺も思った」
二人だけに戻ったゼロとレイラ。満足そうな表情で帰路を進む。レイラは来たときのようにフードを深く被りなおす。ミクルラム王国内、それも城下町を歩いていると、その顔だけで誰もが振り返ってしまう。レイラは面倒ごとを避けるため、素性を隠しながら護国隊の一員として生活をしている。
「レイラ、あのさ」
これは、とある大陸の、少年少女たちの長い旅の一部。
「ここ、さっきも通ったんだが」
そんな、お話なのである。