02 Micleram
目的地に到着するまで、十分とかからなかった。先ほどの暗い道をそのまま真っ直ぐいったところにその喫茶店はあった。
それは、町はずれにある小さな喫茶店。どこかノスタルジックな、賑やかな雰囲気の店だ。
「ここか。貴族どもが占拠している喫茶店ってのは」
ゼロがそういうと、迷い疲れていたレイラもしゃきっと姿勢を整え直す。少女も続いて気を引き締める。出会って十分程度だが、少女はいつの間にか二人を信頼しきっているようだった。
レイラは真剣な顔でゼロに向き合う。
「依頼内容は、この港町シオンの一角にある庶民に人気の喫茶店、つまりこのお店がこの頃貴族を名乗る男たちに占拠されているから、そいつらを追い払って欲しいってことよね!」
うなずくゼロ。少女も元気に「お願いします!」と返事をする。
「よっしゃ、依頼遂行だ!」
「たのもー!」
レイラは扉をあけようとしていたゼロの前に立ちふさがると、勢いよくその扉を蹴り開けた。どこで覚えたのかわからない言葉を発しながら、中へと入っていく。その勢いはまるで強盗である。
ゼロはレイラに呆れながらも後に続く。
中にいた客や店員たちが、なんだなんだと騒ぎ立てた。
それもそのはず、扉を蹴って現れた三人組なんて警戒するに決まっている。おまけにレイラはフードを深々と被り顔を隠しているのだ。どこからどうみても不審者である。
「あんたたちー!汚い手でお店を奪うのはやめなさいっ!そんなことをするやつらはこの庶民の味方、大陸護国隊第八部隊が…ってあれ?…貴族ってだれ?貴族さん手あげてー」
いきなり店の入り口で仁王立ちをしだすレイラ。それに、ゼロは思わずため息をついてしまう。
現場にいる大半が状況に整理をつけられず手を止めている。唯一、レイラのそれに慣れているのか、ゼロはやれやれといった様子で彼女の肩に手をおいた。
文句ある?とでも言いたげなレイラ。
ゼロが頭を抱えていると、店主と思われる男が苦笑を混じえて近づいてきた。
「護国隊の方々ですね?お待ちしておりました」
そういいながらレイラとゼロの顔をよく確認する。何故幼い少女が一人同行しているのか、レイラの顔を隠したフードは何なのか、いろいろと訊きたいことがありそうだったが、店主はそれをひとまず飲み込んだ。店主の発した護国隊という単語を耳にし、中にいた店員たちが即座に状況を理解し恭しく一礼するが、やはり彼らもレイラのことが気になっている様子だ。そんなことは気に求めず、辺りを見回しているのはゼロである。
「今日はまだきてないんですね?」
「あ、はい。もうそろそろ来ても良い頃なんですが…あ、よろしければ、お飲物でもいかがですか」
「私アイスティー!」
即座にレイラの目が光る。ゼロの溜息が絶えないまま、店主は近くにいた店員に目で合図をした。奥へと入っていく店員。
「わざわざきていただいて本当に感謝しています。お忙しいというのに…」
「お金もらってますから!」
レイラがすかさず返した。ゼロはとっくにつっこむことを諦めている。周りできいている客たちがひそひそと話している。状況を理解できた者もいれば、そうでない者もいるようだ。
「それに、案外忙しくないんですよ!ほかの部隊のことはわからないけど、あたしたち第八部隊は、名目上では依頼うけまくって仕事しまくってますって感じだけど、実際みんな自宅警備員みたいなものだし!ね!ゼロ」
目をそらすゼロ。肯定はしたくないが、否定もできず黙り込んでしまう。今そんな話をする必要があったのか、苛立ちすらも覚えている。客も店員も、できれば聞きたくなかったであろう夢のない話を受けて、半信半疑な眼差しで見つめてくる。その視線がゼロには痛く感じる。
「あ、あの」
存在感が薄れていた幼い少女が発言する。
「さっきから、護国隊とか第八部隊…って、何なんでしょうか」
その質問に、周りの客がどよめく。知らないの?一緒に来たのに?と、客の一人が訊ねるのを、不安そうに肯定する。それにより辺り一面が唖然とする。
「みてみてこの知名度!すごいねゼロ!あたしたち超有名人!」
空気をよまないレイラの発言。
「そりゃそうだろうな。にしても驚いたな、俺らのことを知らないなんて」
「す、すいません…」
深々と頭を下げる少女。
「俺たちは大陸護国隊って言ってな、大陸の秩序と平和のために十六の部隊にわかれて各地域を護る…っていうのは表の顔で、実際は地域住民から依頼をうけて、報酬を受け取る代わりにそれを遂行するってだけなんだけど」
「いわゆる便利屋ってやつよねー!」
ゼロとレイラとで説明をする。客たちは知ってて当然、とでもいいたげにうなずきながらきいている。中にはサインをもらおうとカバンの中を漁る人までいるくらいだ。
「便利屋ですか…だから依頼とかいってたんですね!でも、大陸護国隊ってすごくかっこいい名前ですね!」
少女の正直すぎる感想は、辺りを沈黙させた。大人は皆その名前に込められた本当の知っている。だが、誰もそれを口にしようとはしない。隠すことでもないだろう、と口を開いたのはゼロだった。
「元は戦争の道具だよ」
レイラも客たちも皆、ゼロを不安そうな目で見つめる。黙り込む少女。言葉の意味を理解するのに時間がかかっているようだ。
「きみは俺らより更に幼かっただろうからあまりよく知らないかもしれないけど、数年前まで種族間戦争がひどかっただろ?人間と妖精が争って、妖精と魔物が争って。…戦いが終わって、やることがなくなったからこうやってお金を稼いでるんだよ…って、ちょっと難しすぎたか、悪いな」
思い出したくなかった歴史に大人たちは呆然とする。戦争が終わって世の中が平和になりつつあるとはいえ、まだ数年しか経っていない。傷が癒えていないものも多いのだ。
レイラが注文したアイスティーをもって戻ってきた店員までもがその場の空気に圧倒させて立ち尽くす。
「なんかごめんなさい…」
「あやまることじゃないよ。あっ、そういえばあたし、あなたの名前きいてなかったよね!」
やはり空気をよまないレイラだが、今度はそのポジティブ精神が場の空気を救ったようで、先ほどまでの緊張感は大方吹き飛んだ。
「あ、はい、ウィズと言います。ウィズ・アシュリー」
苦笑いを浮かべながら、少女が答える。
「お姉さんたちは?」
「え?!」
ウィズと名乗ったその少女に問い返され、冷や汗を流すレイラ。フードのせいで顔がよく見えないためほかの客たちも気になっていたようで、注目が一点に集中する。
答えなければならない雰囲気。ここまで素性を隠してきたとはいえ、相手に名前を訊いておいて自分が名乗らないのも不自然だろう。動揺をかくせないレイラ。事情を知っているのはゼロだけだが、どうやらゼロにもなす術はないらしい。意を決したかのように口を開くレイラ。
「あ、あたしは…」
そのときだった。
バン、と鈍い音をたてて扉が開かれた。
「来たか」
ゼロが身構える。レイラは逆に胸をなでおろす。そんな様子を、店に入ってきた、洒落た格好の男たちがにやにやと見つめる。
「今日はずいぶんと客が多いようだなァ?で~もぉ~!ここからは我々の時間だ。庶民のみなさんは出ていってもらいましょうかァ~~?」
明らかに高そうな装飾品をジャラジャラとつけて男が三名、どこの店の女だか愛人だかわからないが、連れの女性が多数。
客たちはおびえた表情を見せている。いつもそうしているのだろう、慌てて立ち上がる者もいた。
「みんな出ていかなくていいよ!あんたたちの好きにはさせないっ!」
ヒーローショーを思わせるセリフと共に、再び仁王立ちをきめるレイラ。ゼロも十分に警戒し、腰につけた彼の"武器"に手を触れる。遠目ではベルトあるいはズボンの装飾にしか見えなかったそれは、あっという間にゼロの身長ほどもある大きな槍に変化した。槍といっても、両側ともが三叉になっている他に例を見ないものだ。
レイラは男たちを指差すと、声を張り上げた。
「あたしたちはね!あんたらバカ貴族を追い払いにきたの!」
そのド直球な言葉を聞いて、貴族たちは一瞬呆然とする。そしてすぐに血管が浮き出した。どうやらレイラたちを敵と認識したらしい。
「何だ貴様ら?」
レイラたちと同じように、貴族たちもまた身構える。
「大陸護国隊!第八部隊!!!」
「ほう。なるほど、護国隊を呼んだのか」
店主を睨みつけるリーダー格の男。店主は目を合わすまいと必死に逸らす。
そんなやりとりをしているうち、他の男たちが何やら口を動かしはじめた。まるでぶつぶつと独り言をつぶやいているように。
それに気づいたレイラが一歩前へ出ようとする。すると、ゼロがそれを手で制す。男たちはひたすらぶつぶつと、各々独り言を続ける。
そのときだった。
目に留まらぬ速さでそれは空を切った。衝撃とともに、それは男の足元に突き刺さる。
槍。男たちの身長ほどある長い三叉の槍だ。
その場にいた皆が驚きで動きを止める。独り言をやめ勢いに任せて顔をあげると、ゼロが腕を組んでこちらに微笑みかけていた。ただし目は笑っていない。まるで悪魔の微笑みだ。
その様子をみて、誰もがその槍はゼロが投げたものであることを確信する。危うく槍に貫かれるところだった男たちは、ゼロのあまりに不敵な顔に身震いをしてみせた。
「それ、何の呪文?」
皆の視線を集めながら、ゼロはなおもニッコリと嘲笑うようにして貴族たちに近づく。
「なかなかやるな、銀髪の少年。まさか呪文の詠唱をとめるとは、さすがは護国隊といったところか」
リーダー格の男は余裕綽々といった様子でそう言った。独り言ではなく、呪文の詠唱だったらしい。背後で、先ほど呪文を唱えていた男が突き刺さった槍を引き抜こうとする。すると、一瞬のうちに目の前にゼロの姿があった。数メートル先にいたはずの人間に驚くべき速さで間合いを詰められた驚きで、男たちはただ呆然と突っ立っている。
「ただのゴミ貴族かと思ったら術師もいるんだな」
槍を地面から抜きながらゼロが言う。
術師。この世界には、魔術の才を持つ人間がいる。呪文の詠唱によって発動する魔術は、攻撃をするもの、回復をするもの、日常生活に役立つものなど様々である。
今しがた貴族たちが発動しようと試みていたのは恐らく攻撃系の魔術だろう。詠唱が完了する前にゼロがそれを中断させたため、攻撃には至らなかったというわけだ。
ゼロは男たちの目の前でまたもや笑みを浮かべると、抜いたばかりの槍を蹴り上げた。
槍は空中でくるくると回る。遠心力によって威力を増したその鋭い刃は、当たれば重傷をおいかねない危険な凶器。男たちは避けようとして、勢いあまり尻餅をつく。ゼロはそれを確認すると、自然体のままその回っていた槍を軽々と掴み取った。
わずか数秒の出来事だった。
リーダーの男の顔から余裕が消える。
「武器を振り回すとは、きみはなかなかに失礼だねぇ。一体私を誰だと心得る?!」
焦りを見せながらも、ゼロに睨みをきかせるリーダーの男。
「おっさんに興味ねぇよ」
ゼロは挑発した表情。男の眉間にしわがよる。
「ふん、この私にたてついたことを後悔するんだな、槍使いの少年よ。私の名はハーレス・ミリオン。アロールナ四大貴族の一つ、ミリオン子爵家当主ロバート・ミリオンが嫡子!」
一瞬、場の空気が凍る。そして、顔を見合わすレイラとゼロ。
「アロールナだってよ」
「何でそんな遠い国のやつらがうちに来て喫茶店占拠してんのよ」
「暇なんじゃね?」
「アロールナでやればいいのに」
つまるところ、この貴族たちは外国人なのである。
アロールナ公国。大陸東部の最北端に位置する小国だ。西部にあるミクルラム王国からは決して近くない。
レイラとゼロはこそこそ話をしているつもりだが、十分聞こえる声量だった。もはや隠す気すらない。男たちのしわが増していく。
「きこえているぞガキども!!」
ついにハーレス・ミリオンと名乗る貴族が叫んだ。
「何故遠い国から、と言ったな。確かに我がアロールナ公国はこの場所からは遠い。しかし私は決してミクルラムと無関係ではない!!聞いて驚け!この国の先代女王、サラ・ミクルラムとは古くからの友人なのだ!」
意気揚々語るハーレス。ゼロはまるで興味がないかのような上の空だが、レイラは黙ってきいていた。そして、女王という言葉に反応する。
「サラの友人?」
「そうだ。だから私にはこの店を好きにする権利がある!!」
貴族は声を堂々と張り上げた。