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01 Cion


 聖歴675年 ミクルラム王国

 城下町シオン


 大陸西海岸にある大国の、最西部の町。すぐそこに海があるため、漁業がとても盛んである。路上には商店がたくさん並び、昼夜共に賑わっている。そんな町の中心部に大きくそびえたつのは、ミクルラム王国の王城。元は煌びやかな城だったが、数年前に全焼したとかで、今現在は修復中である。


 そんな城が見える町の一角に、フードを深くかぶった金髪の少女と、それとは対照的に目立つ格好の銀髪の少年。その髪には青いメッシュが二房入っている。海色の瞳も相まって人々の注目を集めている。しかしながら、まるで痴話ゲンカをした直後のカップルのような険悪な雰囲気の二人は、すれ違う通行人たちを遠ざけている。


 少女は、先ほどからずっと地図を眺めている。眺めているというよりは、暗号を解いているかのような目つきだ。どうやら何度も同じ道を歩いているらしい。路上に店を構える者たちが、不思議そうに二人を目で追う。

 地図を何度も回す少女の方向音痴に耐え切れなくなった少年が、とうとう口を開いた。


「レイラ…地図貸せ」


 今にも血管が浮き出そうな少年の言葉を耳にし、レイラと呼ばれた少女は目を丸くする。


「ええ?!やだよ?!ゼロ、この町のこと全然知らないじゃん!」

「お前はなんで生まれた町の地図も読めないんだ!いいからよこせ!」


 奪い合う二人。見物人の数は増していくばかりである。そして、ついに少年──ゼロが力で制した。悔しそうな目でゼロを睨むレイラ。そんなことには目もくれず、ゼロは地図を正しい向きへと直す。そして、無言で今来た道を引き返し始めた。


「ちょっ!ゼロ!なんでそっちいくの?!ねぇちょっと待ってってば!」


 早足でどんどん先に行くゼロを必死で追いかけるレイラ。ゼロはその声にうんざりした様子を見せながらも振り返る。


「お前に地図を渡した俺がバカだった」

「ちょっと!何よそれ!」


 怒ったレイラが走ってゼロに追いつく。


「まあな、お前の方向音痴は知ってた。知ってたけどさ、さすがに地元の地理くらいはわかってると思ってたんだ」

「し、しょうがないでしょ!地元っていってもこの辺あんまり来なかったし!」


 鼻で笑うゼロをレイラが睨んでいるうち、彼らは裏道に入っていた。暗い通りをスタスタと進むゼロを、必死に追いかけるレイラ。不安そうにあたりを見回す。


「なんか気味悪くない…?本当にこの道で合ってる?」


 ゼロの持つ地図を覗き見ながら、ただひたすらついていくレイラ。地図を見たところで正しい道かどうかを判断しようもないのだが、先ほどから細い路地ばかりを通っているせいもあり、今自分たちがどこにいるのかまったくもって検討がつかない。果たしてゼロの方向感覚は正しいのだろうかと、いい加減にゼロを呼び止めようとした、そのときだった。


 背後に気配を感じる。


 あわてて振り返るレイラ。一拍遅れて、ゼロもゆっくりと足を止める。気配の先で、華奢な十歳ほどと思われる少女が震えていた。


「どうしたの?」


 レイラが近づくと、少女はびくっとして一歩後ずさりをする。こんな路地裏で一体何をやっているのだろうか。スリ、にしては恰好が綺麗すぎる。少女はこちらに目を合わせまいとうつむいていた。


「お前の格好みて怖がってんだよ」


 少女が口を開く様子もないので、ゼロはため息をつきながらレイラの深くかぶっていたフードに手をかけようとした。


「まって!これはまずい!だめだって!」


 そのフードを手でおさえるレイラ。どうやら、顔を見られては困るらしい。ゼロの手を振りほどき、フードをよく深くかぶりなおす。その様子を、少女はじっと眺めていたわけだが。


「あの、もしかして、向こうの喫茶店に…?」


 ふいに、震えた声を発した。ゼロとレイラは一瞬きょとんとするが、ゼロはすぐに言葉の意味を理解する。


「そうだけど、何で?」


 確かに、少女のいう喫茶店とは自分たちの目的地である。二人はある依頼を受けて、まさしくそこへ向かっていたのだが、何故見ず知らずの少女がそれを言い当てたのか。あからさまに不審そうな表情を見せる二人。突如、少女は意を決したかのように顔をあげた。


「あの…お店を返してください!!!」


「…は?」


 おびえたながらも勇気を振り絞った少女に、レイラは素っ頓狂な声をもらす。少女の淀んだ瞳をゼロは真剣な眼差しで見つめているが、少女はただ泣きそうな顔をしている。

 ゼロはしばらく考え、ある推論に至った。


「そこの喫茶店って、近くの貴族に占拠されてるって噂だけど」


「え?」


 少女の反応は思ったよりずっとはやかった。図星とでも言うように、目を丸くする。しかし、少女が想定していた答えではないのだろう。どうにも腑に落ちない表情である。


「俺らはその貴族どもを追っ払ってほしいって頼まれてここに来てるんだ」

「そ、そう!だからね!怪しいものじゃないんだ!あはは!」


 レイラも咄嗟にゼロの話に乗っかろうとする。状況が理解できない少女は、ただきょとんとしていた。ゼロはさらに少女に歩み寄る。


「お前、その店のこと知ってんの?」


 尋ねられた少女は、ゼロの顔をみてしばらく考えてから答えをだした。


「知ってます…大好きなお店です、思い出のお店です」


 泣き出しそうな顔で少女は続ける。


「あなたたちは…悪い人じゃないんですね。ごめんなさい、私、ゆるせなくて…」


 目に涙を浮かばせながら少女が語る。先ほどまでのおびえた様子はほとんどなくなっており、ただ必死に二人に訴えかけている、そんな目をしていた。


「そっか。話してくれてありがとな」


 微笑むゼロ。隣で聞いていたレイラが少女を抱き寄せると、少女は思い出したかのように不安そうな顔をみせる。


「悪い人たちを、追い出してくれるって本当?」


 その問いに、顔を見合す二人。

 レイラが優しく笑みを浮かべる。


「そう、頼まれたからね。ほんとやなやつよね。あなたのほかにもあいつらを邪魔と思ってる人たちがいるってことでしょ?さっさと追っ払っちゃわないとね!」


 レイラに頭をなでられて、少女の涙腺が緩む。ゼロはやれやれと微笑むと、目的地へと向きなおす。


「行くぞ」

「えっ、ちょっと待ってっ!もう~!今すっごくいいところだったのにあんた切り替え早すぎない?!」

「お前待ってたら日が暮れるからな」

「はい~~?」


 再び幼稚な言い争いをはじめる二人。そんな二人を微笑ましく思いながら、少女は涙をぬぐって彼らについていった。

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