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食事は素晴らしく美味しかった。
特に牛肉のステーキが絶品で、お代わりしたいくらいだったが我慢した。
夜は広いお風呂でゆっくり体を清め、ふかふかのキングサイズのベッドを独り占めしてぐっすり眠った。
ゆっくり眠れて翌日にはすっかり本調子だっだか、その後はなかなかクリストフェルに会えない日が続いた。
正確に言えば食事は一緒にとるのだが、それだけだ。
式の打ち合わせや、おいおいと言われた結婚の理由もまだ聞き出せていない。聞き出せるほどゆっくり一緒の時間を過ごすことがないのだ。
退屈したアンリエッタはすぐに行動を開始した。じっとしているのは苦手なのだ。
まずは図書室でこの領地のことを調べた。
北ではあるが1年中寒いわけではなく、春や夏も短いがある。
寒さに強い牛や羊などの家畜が名産で、広い土地で伸び伸びと育てた牛や羊からは質の良い肉や乳製品、羊毛が取れる。
(なるほど、ステーキが美味しかったわけだ)
馬車やベッドにあった羊毛の毛布も名産品らしい。
ほかにも寒さに強い農産物を多く栽培しており、豊からしい。
生の肉や乳製品や野菜は王都に届くまでに腐ってしまうため、近隣の領地では肉や乳製品が、王都付近では塩漬けの肉や羊毛などが高値で取引きされている。
辺境の地ではあるが豊かで、モーリッツが満足するほどの支度金を受け取れたのも頷ける。
そしてもちろんのことだが、伯爵家が所有する騎士団もある。
到着から3日目には、暇を持て余したアンリエッタは騎士団の訓練に参加していた。
「イーサン団長、おはようございます」
髭をたくわえた精悍な中年男性に挨拶する。
「おはようございます、若奥様」
「その呼び方はやめてほしいのだけど」
アンリエッタが苦笑する。
「アンリエッタ様、今日もよろしくお願い致します」
イーサンはにっこり笑った。
ここ数日で団長のイーサンや団員たちとはすっかり打ち解けていた。
練習用の木刀で試合をするのが、アンリエッタは楽しくて仕方ない。
打ち合う音、緊張感、相手を倒したときの快感。
何とも言い難い充足感があった。
「聞きしに勝る腕前ですな。剣術は首席、大会での優勝経験もあるとは聞いていましたが」
イーサンが満足気にあごひげを撫でる。
「そんな、皆様に比べればまだまだです」
「ご謙遜を。我が団でもアンリエッタ様に勝てる者は少数ですよ」
「気を使って手加減しているのではなくて?」
「そんな余裕ありませんよ」
イーサンは首を振った。
「今日のお仕事は?」
「いつも通り、交代で鍛錬と見回りです。敵襲は経験ありませんが、熊や狼は人間にとっても家畜にとっても脅威ですからね」
「まあ、あの険しい山脈を越えるのは自殺行為ですからね。夏でも雪が溶けないそうですし」
「おっしゃる通りです。しかし、今まで無かったからと言って警戒を怠るわけにはいきません」
「皆様が領地を守ってくださるおかげで領民が安心して暮らせるのですね。お礼申し上げます」
アンリエッタが言うと、イーサンは少し驚いた顔をした後、口元をほころばせた。
「あなたのような方が嫁に来てくださって、本当に良かった」
「そうですか?」
未だ式の話も無ければ、夫婦らしいことも何もしていないので、アンリエッタはピンとこない。
「アンリエッタ様。少しお話する時間をいただけますか?」
イーサンが尋ねた。