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執務室はアンリエッタの部屋からすぐの場所だった。
「旦那様、アンリエッタ様をお連れしました」
ノックをしてライナが告げると、
「入っていい」
と、柔らかいテノールの声が聞こえた。
アンリエッタは部屋に入ったが、緊張でクリストフェルを直視できず、うつむき気味で慣れないカーテシーをした。
執務室は茶と深緑を基調にした重めの配色で、アンリエッタの私室より重厚な印象を受ける。
「お初にお目にかかります、スタンウィン伯爵。モーリッツ・ハードカースル子爵が長女、アンリエッタ・ハードカースルにございます」
それ以上言葉が続かなかった。
いきなり結婚相手に選んでいただきありかとうございます、なんて言うのもおかしな気がする。
「楽にしていい」
そう言われて顔を上げたアンリエッタは、初めてクリストフェルの顔を見た。
小柄ではないが、背は高くはない。ミドルヒールの靴を履いたアンリエッタと目線がそう変わらない。
銀色の髪にアイスブルーの瞳の中性的な美貌。
しかし、その印象を打ち消してしまうほどに不健康そうな顔色をしている。
(うわ、弱そう)
アンリエッタはこの上なく失礼なことを言ってしまいそうになった。
色白を通り越して青白い。頬がこけ、唇も艶がなくかさついているように見える。
細身の体も相まって、今にも倒れてしまいそうだ。
1度に家族を亡くした心労だろうか。
「あの、スタンウィン伯爵……失礼ながら、体調がお悪いのでは?」
気遣ったつもりが、ストレートな物言いになってしまい、アンリエッタはしまったと思った。
「いや、いつものことだ。クリスでいい。私もアンリエッタと呼ぶが、良いだろうか?」
「もちろんです」
アンリエッタは頷いた。拒否などできるはずもない。
「突然のことで驚かれたことだろう……。こんな辺境の地に招くことになり、申し訳なく思っている」
「いいえ、寒いのは平気ですし、雪は好きです。こんな私を……その、結婚相手に望んでいただいて感謝致します。でも、あの……大変失礼ながら、なぜ私なのでしょう? ご存知だと思いますが私は魔力はありませんし、その上淑女とは言い難く……」
こういう会話も得意でないので、上手く言葉が出てこない。
そもそも、いきなりこんなことを聞くのは失礼に当たるだろうか。
クリストフェルは少し考えるような仕草をした後、
「まあ、その辺はおいおい。今日はお疲れだろうから、夕食をとってゆっくり湯浴みするといい。寝室もまだ別にしておこう。私は私室のベッドを使うから気にしなくていい」
アンリエッタと同じく夫婦の寝室と別に私室があって、そちらにもベッドがあるらしい。
いきなり初夜、なんてことにならなくてアンリエッタはほっとしていた。
式の後とかになるのだろうか?
そもそも、式は挙げるのだろうか。
しかし、おいおいと言われたのでそれ以上会話をしてはいけない気がした。
「夕食は一緒にとろう。そろそろ時間だ」
クリストフェルが立ち上がり、最初の挨拶が終了した。