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体のあちこちが痛い。もう1週間は馬車に乗っている。
上等な馬車の中には柔らかいクッションが敷き詰められているとは言え、大して舗装されていない道を走りっぱなしでは体が痛くなるのは当然だ。
しかし、そうなると自分より大変なのは……。
「体は大丈夫ですか?」
アンリエッタは小窓から御者に声をかけた。
「これが仕事なんで、慣れてます」
突然声をかけられて驚いたようだったが、ちゃんと答えてくれた。
小窓から入る風が冷たい。途端に呼気が白くなった。
中にある毛布を引き寄せる。肌触りが良い、高級な羊毛だ。
スタンウィン卿からの贈り物が上質なコートや手袋などの防寒着が多かったのも頷ける。
「今日の夕方頃には着きますよ」
「ありがとう」
ようやく解放されるのか。
アンリエッタはほっとした。
御者の言葉通り、日が暮れる前に到着した。
立派で落ち着いた佇まいの屋敷の前。
馬車をおりてまず驚いたのは、遠くの山々の雪景色。
そして肌を刺す寒さ。
「うわぁ……」
雪山の荘厳な美しさに、思わず声が出た。
小雪がちらついているが、幸い積もっているのは山の上だけのようだ。
王都では滅多に雪は積もらない。
珍しさと馬車から解放された喜びで、アンリエッタは踊りたいような気分だった。
「こちらがスタンウィン伯爵家です」
御者が言い終わる前に扉が開き、執事と侍女たちが出迎えてくれた。
「長旅お疲れ様でございました、アンリエッタ様。主人共々首を長くしてお待ち申し上げておりました」
執事の言葉と共に、侍女たちが頭を下げる。
こういう扱いには慣れていないので、アンリエッタは戸惑った。
どう答えるのが正しいのかわからず、
「お世話になります」
と、ぎこちなくお辞儀した。
「まずはお部屋にご案内します。ライナ」
執事に呼ばれ、金髪を三つ編みにした若い侍女が進み出る。
「奥様付きのライナです。何なりとお申し付け下さい」
ライナは満面の笑みだった。
「まだ、奥様では……」
一瞬自分のこととわからず、間を置いて言葉が出た。
「私達にとっては、奥様ですから」
「ライナ、アンリエッタ様のご希望通りに」
「はーい」
執事に注意され、ライナは素直に答えた。
「ではアンリエッタ様、こちらへ。荷物は他の者が運びます」
ライナに促され、アンリエッタは屋敷に足を踏み入れた。
緊張で心臓が飛び出しそうだった。