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親愛なるヴァネッサ
急ですが、国の最北の地に嫁ぐことになりました。
準備や移動でしばらく連絡がとれなくなると思います。
結婚式はしないかもしれないわ。何しろ王都からは遠いから。
あなたの結婚式には行きたいと思っているけど、行けなかったらごめんなさい。
落ち着いたら連絡します。
とり急ぎ連絡まで。
アンリエッタ
ゆっくり手紙を書く余裕もなく、用件だけの手紙を急いでしたためて侍女に託す。
とにかく準備が出来次第出発しろとモーリッツからの命令だ。
相当な支度金を受け取ったに違いない。
スタンウィン伯爵家はそんなに裕福なのだろうか。
アンリエッタは魔力が無く結婚できるとは思っていなかったため、貴族の事情には疎い。知っても意味が無いと思っていた。
それより剣の腕を磨いて騎士団に入ることが重要だった。つい先日までは。
スタンウィン伯爵領は国の最北部で寒い、程度の認識だ。
クリストフェルのこともほぼ何も知らない。
「あのお父様、私はスタンウィン伯爵のことを全く知らないのですが……」
一応モーリッツに聞いてみた。
「そうなのか? わざわざ指名してくるくらいだから学校で会ってたのかと思っていたのだが。同じ学校の卒業生だ。年は向こうが1つか2つ上だったと思うが」
初耳だった。
モーリッツも勝手にアンリエッタと見知った仲だろうと勘違いして、あまり詳しく調べていないらしい。
「去年だったか、気の毒なことにご両親と兄上が事故で亡くなって、次男のクリストフェル卿が跡を継いでな。天涯孤独の身の上だ。早く跡継ぎが欲しくて焦っているのかもしれないな」
それにしても、なぜ自分なのだろう。
知り合いでもないし、子孫を残すならならやはり魔力持ちが有利のはずだ。
花嫁に選ばれた理由がさっぱりわからないまま、出発となった。
侍女は付けなかった。
ほとんど学校の寮生活で、そこまでの信頼関係を結べている侍女はいないし、遠くへ連れて行くのが申し訳無かったからだ。
魔力無しで役立たずのはずだった長女の貰い手が突然現れて、両親はこれ以上にないほど上機嫌だった。
過去に、両親にこれほど喜ばれたことは無かった。
剣術大会で優勝したときですら、何の感情もこもっていない「おめでとう」の一言で終わりだった。
それでも、親に逆らうことはできない。
アンリエッタはため息をついた。
こうしてアンリエッタは我が家に別れを告げた。
良い思い出は少ないけど、それでも少しは胸に来るものがあった。