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気がつけば3ヶ月程が経過していた。
この地に来たのは初春。今は初夏に近づいていた。
北のこの地はまだまだ朝晩冷えるけれども。
居住地を知らせられたことで、ヴァネッサとの手紙のやり取りも復活していた。
遠いので手紙が届くのはせいぜい月に1、2度ではあったが、アンリエッタの楽しみの1つだった。
「親愛なるアンリエッタへ
クリストフェル・スタンウィン伯爵と婚約ですって!?
いつの間にそんなことに!?
1学年上の氷の貴公子って超有名人だったのよ!
氷魔法の使い手は珍しいし、何よりあの美貌!
憧れる女子生徒は多かったんだから。
いつから付き合いがあったの? 私にまで隠してたなんてひどいわ。
今度あったときにたっぷり話を聞かせてもらいますからね!」
時候の挨拶や近況報告のほかに、そんなことが書いてあった。
(有名人? いや、全然知らない)
アンリエッタは首を傾げた。
目の前にいたら
「この剣術バカ!」
と罵られそうだ。
ヴァネッサは伯爵令嬢とは思えないほどはっきりと物を言う。アンリエッタは彼女のそんなところが好きだった。
「そろそろおやつを作らないと。返事は夜か、明日以降にでも書こう」
アンリエッタは厨房へ向かった。
今日はクリストフェルのリクエストでミルクセーキを作る約束だった。
最近ではプリン、ミルクセーキ、アイスクリームを作ることが多くなっていた。
飲み物は、ホットミルク、ロイヤルミルクティー、それから少し値は張るがココアを取り寄せてもらっていて、ホットココアを出すこともあった。
ココアはポリフェノールや鉄分が入っていたはずだ。
ミルクセーキは長崎発祥と言われており、その他の地域では液体だが、長崎ではシャーベット状なのだ。
牛乳と卵黄と砂糖で液体を作り、クリストフェルに雪状の氷を出してもらって、魔法で冷やしてもらいながら混ぜてシャーベット状にする。
(お母さんが長崎の人だったのよね)
母や弟の名前は思い出せないのに、なぜかそんなことは思い出していた。
いつものようにミルクセーキを作り、温かいココアをお供に、2人で休憩する。
何てことの無いこの時間が、アンリエッタは楽しみだった。
「クリス様、私が初めてここに来た頃より、少し顔色が良くなりましたね」
青白かった頬に少し赤味が差して見えて、アンリエッタは言った。こけていた頬も少しだけふっくらしたような気がする。
「うん。体調もいいんだ。少し食欲も出てきたし、前より疲れにくくなった気がする」
質の良い乳製品と卵、蜂蜜、牛肉、キャベツ、その他。
鉄分補給とタンパク質、それに胃の調子を整える作戦の効果が出ているらしく、アンリエッタは気分が良くなった。
「それは良かったです」
「君のおかげだよ」
「大したことはしてません」
そう答えたが、アンリエッタは嬉しかった。
「君が手伝ってくれるおかげで仕事も余裕が出てきたし、疲れにくくなったおかげで仕事もこなせるようになってきた。そろそろ、その……結婚式の話とかを進めようか」
クリストフェルが提案する。
アンリエッタは少し考えてから、
「式は……してもしなくてもいいです。遠いから来る人も大変でしょうし、家族に来てもらいたいとも思わないので」
そう答えると、クリストフェルは拍子抜けした顔をしていた。
「女性はウエディングドレスに憧れるのかと思っていたが……」
「まあ、普通はそうかもしれませんね。私はそうではないと言うだけです。ドレスが似合うとは思いませんし」
「そんなことは無い!」
クリストフェルが力強く否定するので、アンリエッタは面食らった。
「そんなお金を使うならもっと美味しい物を取り寄せたいです」
アンリエッタは別の提案をした。
(もっと栄養をとってほしいから、海の幸とかいいなぁ)
と考えていた。