3-5
「クリス様、休憩にしましょう」
お茶を持ってきていないので、アンリエッタは「お茶にしましょう」とは言えなかった。
「何か見たことが無い物が乗ってるな」
クリストフェルがワゴンを見て不思議そうな顔をする。
「たまには違う物をと思って、今日は私の手作りのお菓子と、蜂蜜入りのホットミルクにしました。お口に合うとよろしいのですが」
アンリエッタはプリンとホットミルクをクリストフェルの前に置いた。
「プルプルしてるな」
「卵が熱で固まる性質を利用して、牛乳や砂糖を入れて蒸し上げました」
「卵なのか」
クリストフェルは興味深そうにスプーンですくい、口に運ぶ。
「滑らかな口当たりで、美味しいな。優しい味だ」
クリストフェルが微笑んだ。
お気に召したようだ。
「クリス様、実はこのお菓子、クリス様のお力で化けるのです」
「どういう意味だ?」
「クリス様の魔法で、冷たくできませんか? きっと美味しいと思うのですが」
なるほど、と言う顔をしたクリストフェルが魔法を発動する。
途端にプリンが凍ってしまった。
「……スプーンが刺さらなくなった……」
クリストフェルが困った顔でアンリエッタを見る。
しまった、とアンリエッタは思った。
「申し訳ありません、説明不足でした……凍らない程度に冷たくしてほしかったのです」
アンリエッタは謝罪した。
「あー、えっと多分、しばらく待てば溶けて食べられると思います。先にホットミルクをいただきましょう」
アンリエッタはクリストフェルにホットミルクを勧めた。
「蜂蜜のほのかな甘さがいいな」
こちらも大丈夫だったようだ。
「冷たい物がお好きなのはわかりましたが、冷たい物ばかりだと風邪をひいてしまわないかと心配で。体を冷やしすぎるとよくありませんし。できれば、温かい物を一緒に取ってほしくて」
ホットミルクには胃の粘膜を保護する作用があると聞いたことがあるし、とは言えなかった。
こちらの世界ではわかっていないことを説明するわけにもいかないので、突っ込まれたらどうしようかと思っていたが、プリンに気を取られているようで幸い何も聞かれなかった。
お預けを食らった犬のようにそわそわしていたクリストフェルだったが、お皿を手で温めたりしながらプリンが溶けるのを待っていた。
その姿がアンリエッタにはなんとも可愛く見えてしまった。
「そろそろ食べ頃ですよ」
そう告げると、クリストフェルは嬉しそうに食べ始める。
一口食べて、目を見開いた。
「美味しい!」
先ほどとは比べ物にならない反応。
(本当に冷たい物が好きなんだな)
アンリエッタは思った。
子どものような笑顔が、弟と重なる。
弟は幸せな人生を歩んだだろうか。
相変わらず前世の記憶は断片的で、自分が死んだときのことや、どれくらい生きたかなど、20歳以降あたりのことは何も思い出せない。
前世の記憶と現在が入り混じり、複雑な思いでアンリエッタはクリストフェルを見つめる。
目の前のこの人は、色々と大変な思いをしていた。
それはアンリエッタも同じだが、アンリエッタは親に冷遇されて妹に愛情が注がれていてもどこが冷めていた。
虐待されてるわけじゃないし、肉体的な苦痛はないから大丈夫、と。魔力無しの自分が悪いのだからと言い聞かせていたのかもしれない。
又、ヴァネッサなどの友人に恵まれていたり、打ち込める剣術があったり、1回目の人生が満たされていたから平気だったのではないかと推測する。
でも、クリストフェルは一人でずっと耐えてきたのだろう。
(この人を幸せにしたい)
アンリエッタは心からそう思った。
この感情は愛とか恋とかではなく、
(家族愛とか……日本語で言うなら同病相憐れむ、ってやつかな)
そう思ったが、今はそれで十分だ。
それに、感情や実情がどうあれ、名目上は既に夫婦なのだ。
ゆっくり、できるだけ長く、穏やかに一緒にいられたらそれでいい。
アンリエッタは穏やかに微笑み、プリンを口に運んだ。