3-2
「うーん、何と言うか……冷たいもの」
クリストフェルは言葉に迷っているようだった。
「冷たいもの、ですか?」
アンリエッタは首を傾げた。
「子供の頃から雪を食べるのが好きで……最近はこんなことをしてる」
クリストフェルの手が光り、一口サイズの氷がいくつか現れた。
それをお皿に乗せ、1つ手にとって口に放り込んだ。ガリガリと噛み砕く音がしている。
「氷魔法……?」
「そう。私は氷魔法を使うんだ」
(珍しい)
アンリエッタは思った。
魔法と言えば9割以上が地水火風の魔法だ。
雷や植物、氷魔法も存在するが、使い手はまれだ。
水が冷えれば氷になることは授業で習うが、自然に氷が張ることは王都では珍しく、見たのは初めてかもしれない。
「1ついただいてもいいですか?」
「どうぞ」
アンリエッタは1つ口に含んでみた。
思った以上に冷たく、一気に口の中が冷たくなった。
その瞬間、アンリエッタの頭の中で光が弾けた気がした。
目の前が真っ白になり、遠い記憶が蘇ってくる。
「お姉ちゃん」
年の離れた弟……体が弱かった。氷を齧るのが好きで……冬でもそうだから心配した母親が病院に連れて行ったら、極度の貧血だと言われた。
(あれ、でも……私には弟はいない……これは……前世の記憶!?)
アンリエッタは混乱した。
完全にと言うわけではなく断片的だが、確かにこことは違う世界の記憶だ。
(そうだ、日本。私は日本にいた)
格闘技が好きで、自分でもあれこれ手を出して、自身の肉体改造や弟の食事管理のために栄養学を学んでいた。
(そうか、だから剣術が好きなんだ)
死んだときの記憶は無いが……違う人生を生きていると言うことは、死んだのだろう。
(いくつくらいで? 駄目だ、思い出せない)
それとも、前の人生だと思っているのは夢だろうか。
「アンリエッタ?」
急に黙ってしまったアンリエッタに、クリストフェルは焦っていた。
「あ、すみません。初めての氷にびっくりしてしまって……」
本当のことは言えず、ごまかした。
「あまりお気に召さなかったかな」
クリストフェルは苦笑した。
「いえ、そんなことは……。珍しい物をありがとうございました」
その後はもう少しおしゃべりをして、簡単な仕事の手伝いをした。
クリストフェルがあまり立ち歩かずに済むように、必要な物を取ってきたり、終わった書類を片付けたりなど、雑用だ。
「今日は早く片付いたよ。ありがとう」
クリストフェルの嬉しそうな顔に、少し距離が縮んだ気がした。
でも、1つわかった。
クリストフェルの体調不良の原因の1つは、貧血だ。貧血の症状の1つに、異常に氷を欲する場合があるらしい。
疲れやすくて、体力が無くて、顔色が悪くて……弟と一緒だ。
原因がわかったのだから、もしかしたら何かできることがあるかもしれない。
アンリエッタは、少し調べてみることにした。