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アンリエッタは、イーサンの団長室へ通された。
仕事机と来客用の椅子とテーブルと本棚程度の無駄なものが無い部屋の様子が、質実剛健なイーサンの性格を表しているようだった。
「もてなすような茶器などはありませんが、お許しください」
イーサンが頭を下げる。
「かまいません」
アンリエッタとイーサンは、来客用の椅子に向かい合って腰掛けた。
「クリストフェル様の昔の話を聞いていただきたく思いまして」
イーサンが切り出す。
「聞かせてください」
アンリエッタにも興味のある話だった。
クリストフェルはスタンウィン伯爵家の次男として生まれた。
長男と比べて魔力は遜色無かったが、両親は体が弱いクリストフェルより体が丈夫な長男に期待し、溺愛した。
何をするにも長男が優先。
クリストフェルは我慢するのが当たり前の生活だった。
長男は剣術も上手く、騎士団に混ざって護身のための練習をしている長男を、クリストフェルはいつも羨ましそうに見ていた。
「自分もやりたい」
とクリストフェルが言うので、当時まだ騎士団長ではなく、クリストフェルの護衛だったイーサンが剣術を教えたのだが。
体が弱くてすぐに息が上がってしまい、続けることができなかった。
それでも見ることは好きだったようで、よく見学に来ていたと言う。
「騎士団の皆のことも気遣ってくれる優しい方でしたが、ご両親の長男への偏愛はあからさまで、見ていて辛いほどでした。それは屋敷の誰もわかっていて、旦那様や兄上様から見えないところで、皆クリストフェル様を気遣っていました」
イーサンは苦しそうだ。
「やがて王都の学校に行くことになり、家を離れてどんな気持ちだったのか、我らには想像するしかありませんが、寂しかったと思います。厄介払いのようなものですから」
そして、あの日。
王都に向かう途中で事故に遭い、3人は亡くなった。
それがクリストフェルに伝えられたのは、クリストフェルの卒業式の直後だったらしい。
「3人が卒業式に出るためとかクリストフェル様のお迎えで王都に向かっていわけではないことは明らかです……事故に遭われたのは、王都まであと数日の場所でしたから。王都に何らかのご用事があったのでしょう。クリストフェル様は、ご家族が王都に向かっていることすら知らされていなかった」
イーサンは俯き、拳を握りしめていた。
「卒業後にどうされるつもりであったのかはわかりませんが、少なくとも1度はご自宅に戻られてゆっくり今後のことを考えるつもりだったのではないかと思います。それが突然の家族の死とともに、領地の命運がその肩にのしかかることになったのですから、重責は相当なものだったでしょう」
普通の学校の教育しか受けておらず、領地のことや運営のことが何もわからないままでは、確かに大変だっただろう。
「もちろん、執事をはじめ我ら屋敷の者はクリストフェル様に協力してきましたが、領主でなければわからないこともたくさんあります。家族を失って悲しむ余裕もないまま、1年ですっかりやつれてしまわれた」
イーサンが俯いたまま首をふる。
話を聞いて、アンリエッタもクリストフェルのやつれ具合に納得が行った。
「アンリエッタ様、こちらに来たばかりの方にこんなことを頼むのは心苦しいのですが……。クリストフェル様は優しい方ですが、ずっとお一人です。あの方にはご家族の暖かさと支えが必要なのです。どうかよろしくお願い致します」
イーサンは、深く頭を下げた。