住民の話
バスの中は涼しい。
さっきの女性は『優先席』に座っていた。
人は始発だったこともあって、席はまばらだった。
一人掛けの座席に座ると、遠くに海が見えてきた。
反対側の座席には母と子供、5・6歳くらいだろうか。。。。
「あー、暑かった。ママ、暑いよ。お洋服脱ぎたい。」
女性はこそこそと子供に耳打ちをする。
「駄目よ。赤神様に取りつかれるわよ。」
「えー、暑いよう。」
母親は黙って水筒を出して子供に飲ませた。
「駄目よ。赤神様には近づかないの。」
―さっきの女性の話だと、赤神様に取りつかれるのは良いことなんじゃないのか?
―・・・・・・一応虫だし、皮膚がかぶれたりするのだろうか?
母親は、息子をなだめて座らせていた。
ぼろぼろのアウトドア服を身にまとい、着古した帽子をかぶり、カメラを抱え、ちょっとあごひげがある自分の見た目はよくわかっている。
勤めて笑顔で男の子と母親に話しかけた。
「すいません。仕事で赤神様の撮影に来ているんですけど、赤神様に取りつかれるって、どういうことですか?皮膚かぶれでもするんですか?」
「いえ、そういうんではないんですけど。」
「チョウチョが羽を休めに体に止まるという意味ですかね?」
すると、優先席に座っていたバス停の女性が割り込んできた。
「人に卵を産み付けるんだよ。」
「・・・・・・え?」
女性の話曰く、赤神様という蝶がこの街にはだいたい毎年やってくるらしい。
すごく少ない年もあれば、たくさんやってくる年もある。
多い年は、空を埋め尽くさんばかりの「赤神様」が飛び、風に乗って鱗粉まで降ってくる。
赤神様がどこから来たのかもわからない。
突然、やってくるようになったらしい。
最初は赤いきれいな蝶が何匹かやってきていた。
だんだん数が増えているらしい。
赤神様は、人の肌に蚊のようにやってきてひっそりと卵を産み付けるらしい。
卵は、アゲハチョウの卵のようで、丸い形の卵がチョンと肌に植えつけられるそうだ。
一度植えつけされた卵は、孵化してもとることはできない。
卵はだんだん大きくなり、植えつけられたところの毛細血管に根元からくっついてしまう。
無理やりとると祟られるといわれている。
「・・・・・・蝶が卵を人間に産み付ける?」