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田舎暮らし

自然教室

作者: 山谷麻也

 孫娘が小学校に入学した時、新入生は二人だった。

 我ら夫婦と二女は前々年にUターンしていた。田舎の看護学校に入りたいと、長女が子連れで後を追って来た。

 保育所は五人ほどの仲間がいた。そのままエスカレーター式に小学校に上がるのかと思っていたが、見込みが外れた。親は送迎を考え、勤め先の近くの小学校を選ぶからだ。

 都会の生まれなので、当初から自然の中で遊ばせた。

 川釣りに連れて行き、魚を釣り上げる醍醐味も味あわせた。

 義姉の家では、手のひらにメジロのエサを乗せ、ついばませていた。

 孫娘が庭に出て、両手を広げる。しばらくして、山の気が孫娘を包んだ頃、メジロが集まり始める。メジロが手にとまっても、孫娘は身じろぎひとつしない。完全に自然に溶け込んでいた。


 ドングリ拾いを企画した。

 よほど楽しみだったのか、保育所の先生に話したらしい。「先生にドングリあげるって約束したんだ」と、元気いっぱい出発した。

 険しい山道だった。弱視で、当時は白杖を使っていた私にも、きつかった。案の定、孫娘の足取りが重くなった。

「ジィジ。もう帰ろうよ!」

「なに言ってるの! 先生にドングリあげるんじゃなかったの!」

「先生には、『ドングリ、なかった』って言えば、いいじゃん!」

 この時、妥協(だきょう)しなくて良かった、とつくづく思う。

 ともあれ、登り切ったところで親切な村人に出会い、ドングリを両手にあまるほどっていただく。これも、貴重な成功体験になったはずだ。


 小学校では、サギソウの球根を育て、標高五五〇メートルほどの湿原にあるサギソウ園に移植している。湿原にはさまざまな植物が群生し、県の天然記念物に指定されている。

 ふと、孫たちが育てたサギソウを見たくなった。長女の運転で出かける。少し時期が早かった。しかし、きれいに手入れされたサギソウ園を見ているだけで、いやされた。水辺には小さな魚も群れる。


「ジィジ。シカ!」

 孫と長女が叫んだ。周囲を見回すが、視界に入って来ない。

「違う! 足元!」

 見ると、鹿がいた。私のひざくらいの身長だ。おねだりでもするかのように、見上げている。

 そっと離れようとするが、ついて来る。孫が走ると追いかける。

 名残なごりはつきなかった。しかし、これ以上、人間にれさせるのはどうか。

「早くおうちに帰りなさい!」

 我々は車に乗り込んだ。仔鹿がいつまでも見送っていた。

 夕食時、仔鹿のことが気になった。

「親とはぐれたのなら、とても一(ぴき)では生きて行けないだろう」

 いろいろ考え

「明日行って、やっぱり一匹のようなら、連れて帰ろう。小学校でってもらうか、ダメならうちで飼おう」

 という結論に達した。

 翌日、湿原を再訪した。

 三人は押し黙ったまま、サギソウ園のそばでたたずんでいた。

 仔鹿はついに現れなかった。


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