私の暴走を見守る人
朝目が覚めて、私は昨日の夜散々と唸っていた事もありめちゃくちゃ喉が傷んだ事にショックを受けた。
なんでこんなことに…と思うと同時に、色々と悩んで唸って何とか自分の中で折り合いがついた所は評価すべき事だろう。
朝一番に手紙をしたため、速達である人に送って貰う様にお願いした。
早くて今日の昼には返事が来るだろう。
心配そうなメイド達にはちみつレモンを貰いながら窓辺で自分の目で見える世界を改めて思う。
キラキラと輝く妖精達。
私には自然に見える視界の中で煌めく彼等は、私の事をどんな風に思っているだろう。
気付いてくれる、知ってくれる、気にしてくれる存在?
それとも興味深い、守ってあげたい、敵視してる?
敵視は無いか…何故か寄ってきてくれる子達ばかりだし。
でもそうなると彼等に意思はあるのだろうか?
ひとりひとりとお話しするのは大変そうだけれど、もし私の意思を伝えて交流が出来たら楽しいだろう。
昨日のようにお願いをして、教えてくれる。
私が彼等に何を返せるのか考えているけれど、彼等を認識する事で少しでもお返しが出来ているのなら良いなと思う。
朝食の時間、最後にフルーツをつまんでいると「お客様です」とカーブスが近付いて来たので首を傾げる。
小さな声で「キース様を応接室に通しております」と言われて「はやっ」と思わず声が出た。
眉間に皺を寄せた兄に首を振って「学校の友達なの」と誤魔化す。
「この時間なら多分食べてないと思うから、適当に運んで貰っても良いかな。
お父さん、お母さん、朝からバタバタしてごめんね」
「ジル……」
「お兄ちゃんごめん、じゃあね!」
慌てて部屋を飛び出たけれど、思い悩んで扉の目の前で立ち止まる。
「バタバタしてごめんなさい、朝食ゆっくり楽しんで」
そう手を振って比較的ゆっくりと廊下を進んだ。
呼んだ人物の居る部屋へ走って入ってもきっと「令嬢にあるまじき」とか言われそうだからだ。
コンコンと2回ノックをして「入るよ」と声を掛けて扉を開ける。
そこには銀の髪をひとつにまとめてジャケット姿のキースグリフが居て、ホッとすれば良いやら不機嫌そうに眉間のシワをこさえている事に不安になればいいやら訳が分からなくなった。
「……あの手紙はなんだ」
「うぅん」
「なんで確信に近い書き方で今回の事件のあらましが書けた」
まるで尋問の様に始まった怒涛の責めに、私は困った顔で黙り込む。
実は朝、父に聞いた話しや妖精達に聞いた事を元に話しを組み立ててみたのだ。
それをキースに送ったのだけれど、まさかこんなに早くに…まして家に来るなんて思って無かった。
カーブスが小声で教えてくれてなかったら多分お兄ちゃんまで来る事になっていただろう。
しかしそれをキースも気付いているからなのか、大きく叫ぶでは無く静かに呟くように聞くのだ。
正直そっちの方が怖いけど。
「えぇと、まず説明させてね。
あとご飯食べてないでしょ、持って来てくれると思うからちゃんと食べてね」
「先に説明……っ!」
「だめ、ご飯が先」
しっかりとカタリナ様と同じ紫の瞳を見詰めると、グッと押し黙ってため息を深く深く吐き出した。
キースの、諦めの合図だった。
ちょうどノックと共に料理が運ばれて来たので2人で食事を再開する。
近くまでお兄ちゃんが来ていたようだけれど、カーブスが上手い事を言って遠ざけてくれたと聞いた。
あの兄はまったく。
食後のデザートと紅茶を飲みながら「それで」とキースが待ちきれない様子で促した。
「何があった、そしてお前は一体何をした」
「うん…妖精さんに聞いてみたんだ。
人間は隠すし、見えなくする為に色々とするでしょう?
だから別の角度から見えている子達に聞いてみたの」
「……妖精だと?」
「そう」
「あの…たまに見えるキラキラ光ってるあいつらか?」
「うん、キースも見えてるんだね」
「たまにな。……お前あいつらと意思の疎通が出来るのか」
「うぅん、そうだとも言えるしそうじゃないとも言えるかな。
私が聞いた事を彼等は聞こえている様だけれど、答え方はこちらが提示する感じ」
「……例えば?」
想像が難しい様だ。
仕方無いかと私は考えを巡らせる。
部屋の端にメイド達が置いていったワゴンに近付いて、茶葉の入った紅茶缶を拝借する。
小皿に分けて3つ。
それを不思議そうに見ているキースの目の前に持って来て「いつもカタリナ様のお茶会で使っている茶葉はどれだと思う?」と問い掛けて見る。
怪訝そうな表情に「試すだけだってば」と返して、香りや色を確かめたキースは真ん中を指差す。
「ちなみに私、茶葉にこだわりも無ければ知識も無いのはよく知ってるよね?」
「ああ」
混ぜちゃったらもうどれがどれなのか分からない。
キースが指を差す物と他2つの小皿を移動させながら「後ろ向いてるから、キースが再配置してね」と投げやる。
「……良いぞ」
「よし、うん…さすが私、全然分からない」
「そうだろうな」
呆れの混じったため息だった。
だって飲めたら美味しいで良いじゃないかと私もむしろ諦めているのでそれ以上は言わなかった。
「じゃあ妖精さん、キースが指差した茶葉を教えて?」
「………」
赤い光がいくつか点滅すると、3つのうちひとつに集まって行く。
その様子はとても神秘的であるものの、巨大な力が動いているんだと思うと少し怖い。
指差す私を見て愕然とするキース。
私はそれから何度か試したが、キースは「もういい」と口元を覆って俯いた。
「……証明する為とは言えごめんなさい、やっぱり気持ち悪い?」
「は?」
「こう言う事はあまり人に言わない方が良いのは分かってたんだけど…勝手にキースなら分かってくれるかもと思って。
それに今回の事を解決する為に、ちょっと試したと言うか…そしたら出来たって言うか……」
じっと私を睨むキースの紫色の瞳は、カタリナ様とはまた違う輝きだった。
カタリナ様が猛禽類の様な鋭さや凄みがあるとすると、キースはまるで…暴走している私を叱るお母さんの目のようで、何となく少しくらいの無茶ならいいかな?と思ってしまう。
でもいきなりこんなモノを見せられても、普通の人なら反応に困るよなと改めて反省した。
はあーーーと言うとても長く深いため息を吐き出すキースは「他には誰に?」と聞いて来る。
「ひとりでするのは危ないかなって思ったからお父さんだけ」
「ん、了解」
「……怒ってないの?」
「怒ってるよ、怒ってるがお前がそれで怯んだり、事前に俺に相談した事が今の今まであったか?」
「……」
「今回は親父さんが居ただけまだマシ」
「…うぅん」
今度は私が低く唸る番だった。