手を伸ばせば届く距離に居る頼れる存在たち
夜、食事の間話したい事を整理しながらソワソワ心配そうな兄を退けて父の部屋へと向かう。
3回のノックの後「どうぞ」と優しい声が聞こえたのでそっと部屋に入ると「どうかしたかい?」と不思議そうなお父さんが首を傾げて私をソファに誘った。
母よりもオレンジに近い金の髪、英智を称える翡翠の瞳。
兄と同じ色を持つこちらの世界での私のお父さん。
魔法学者である彼の部屋にはたくさんの本が壁一面に揃えられていた。
学術書から魔法書、歴史書や私からすればまだまだ理解出来ない難しい書物。
その中に隠れるように置かれた絵本は昔私が読み聞かされていた物と聞いたとがあった。
「お父さん、ちょっと相談があるんだけど…今、大丈夫?」
「もちろん」
優しい笑みを見て私は肩の力を抜いた。
話す内容をまとめて居たのだけれど、いざ話すと所々に自分で疑問を抱く所があってそれを父が補填してくれながら今回思い付いた事を話してみた。
「……要するに、妖精との意思の疎通が可能かどうか…と言う事だね?」
「そう!」
彼等は至る所に存在する。
人々の生活を陰ながら支え、時には加護を宿し、私達を見守ってくれている存在。
そんな彼等の存在を信じ研究を重ねている父は心強い味方でもある。
「……今まで彼等に自分から協力を求める事はしたこと無かったな」
「やっぱり危険が伴う?」
「どうだろうね、他の人なら危険かもしれないけれど。
ジルベラはとても彼等に好かれている様だから…様子を見ながらなら、試しても良いかもしれないね。
それに私も興味があるよ」
「なら、ここでお願いしてみてもいいかな?」
「ここでかい?……そうだね、良いよ」
少しだけ考えるように顎に手を置いた父が、頷いてくれた。
おそらく見守るつもりの様で、私はホッとして部屋を見渡す。
周りにはいくつもの光が近付いて来ている。
おそらく私がしようとしてる事に興味を持ってくれているのかもしれない。
ふわりと近付いてくる彼等に手を伸ばして「助けて欲しいんだ」と声を掛ける。
「消えちゃった人達はどこに行ったのかな、怖い思いをしていない?」
光がいくつも点滅を繰り返す。
聞こえているみたいだけれど、どうやって示してくれるんだろう。
いくつもの点滅が、父の部屋の壁に掛けられている地図を示す。
黄色い光が1つの町に止まったのを見て、私は「そこに居るのかな」と声を掛ける。
「……トグルの町?」
「に、妖精さんが止まってる。
話せないから何故かは分からないけど…」
点滅する妖精さんに手を伸ばして「見てたの?」と問うとまた点滅する。
そうか、やはり視界が広いのはありがたいなと理解した。
私に見えない場所に居る彼等にお願いする事で得られる視界を借りて、私は少しだけその先を知る事が出来る。
それらを組み合わせば、彼等の居場所を知る事が出来るかもしれない。
「お父さん、このトグルの町って国の中でも南にある小さな町だよね。
どうして彼等はここを示したんだろう」
「まずは調査をしてみないと誰にも話せないね…うーん、分かった。
少し危険だけれど私の研究室に居る研究員がこの町に滞在しているはずだから連絡を取ってみようか。
地図のもっと詳細なものがあったかな…今程地方の研究をしていて良かったと思う事は無いな」
苦笑した父は丸めた地図の束を漁りながらトグルの町の地図を持って来てくれた。
妖精さんに声をかけると、青い光が2つ、黄色の光が1つ光る。
父は「協会の倉庫と…民家の様だね」と難しい顔をする。
そしてすぐに手紙をしたためるとカーブスに手渡した。
「まずは君が良く休む事。
明後日も学びに行くのだろう?」
「うん……私、もっと聞いた方が良いかな?」
「妖精達もたくさんお願いすると疲れるかもしれないだろう?
それに、して貰いすぎるのはあまり彼等との関係上宜しくない」
「宜しくない…」
言われた言葉に頷いて、そうだったと焦り過ぎた思考を認めて頷いた。
「距離感を大切に、貰い過ぎない、与え過ぎない」
「…ジルベラは今まで彼等と関わった事があったかな?」
「ううん、何かの本で読んだの。
人間関係を円滑にする為の守るべき4つの約束って本」
「……難しい本を読むんだねえ」
驚き顔で固まったお父さんに笑顔で返して部屋に戻る。
そうだった。貰ってばかりはダメなのだ。
彼等がとても親切なのは「見えているのが珍しい」から。
そして「興味深い」からでしかない。
貰い過ぎない、与え過ぎない、彼等はこの世界の「バランス」を取る存在だ。
「……うぅん、なんか…分かりそう?」
引っかかっていた部分が少し顔を出した様に見えたけれど、すぐに見えなくなってしまう。
なんだっけ、なんだったっけ…うぅん。
「……そうだ、お庭に行こう」
すれ違う使用人達が不思議そうに首を傾げるのを大丈夫だよと手を振って答えた。
そうして私は前世でも助けて貰っていた存在を、当たり前に日常に取り込んで行くのだった。