兄は思う、妹の往く道がどうか幸せであれと
屋敷に帰ると、久しぶりに兄が先に帰っており玄関ポーチで出迎えられた。
「ジルー!元気だったか?怪我はしていないか?
カタリナ嬢にいじめられなかったか?」
「お兄ちゃん…」
「…じゃあ俺は帰る、また学園で」
「待てキースグリフ…お前ジルに近いんじゃないか?」
「やだなお兄様そんな事ありませんよ」
「その視線…いや、態度、ジルベラに手を出してみろ。
俺の腰の剣がお前の眉間を切り裂き腹を縦に割って首を落とすからな」
「お前の兄さんマジで何とかしろ、俺はいつか殺される」
「大丈夫だよ言ってるだけ。
今まで誰も怪我させたこと無いし」
「それは怪我する前に逃げるからだろう」
そそくさと逃げる様に消えて行ったキースには学園で謝罪するとして、予定よりも早い時間に帰って来た兄を労うことにした。
「お仕事お疲れ様、今回は早かったんだね」
「西の帝国にちょっとな。
お土産もたくさん買ってきたぞ」
「私じゃなくて自分の為の買い物をしなよ。
私は十分だからさ」
「西の菓子は食べる機会無いだろう?」
「それはありがとう、あとで一緒に食べよう」
西は日照時間が長い事もありフルーツの産地として有名なのだ。
もちろんこの国もたくさんの特産品があるけれど、それぞれの国にある美味しいお菓子は前に居た世界と同じ様に通販でと言う訳にも行かない。
なので素直にいただきます。
苦笑するお兄ちゃんは嬉しそうだった。
場所をリビングに移してお菓子を頂きながらあちらの話しを聞いていると「お前の方はどうなんだ?」と心配そうに首を傾げられた。
「うーん、約3週間の間に3人の人が姿を消してるの。
今に至るまで進展は無いから…カタリナ様も心配なさっているみたい」
「心配ねえ…」
少しの間怖い顔をしていたお兄ちゃんは「しかし騎士団も乗り出してるってのに見付からないのは妙だな」と顎を撫でる。
「普通行方不明者の捜索範囲はまず学園の中、敷地内から5キロ、15キロ、50キロと範囲を広げて行くのが鉄則だ。
なのに今回指揮してる人間はいきなり国っつーえげつない捜索範囲を広げた…俺としてはそこが引っ掛かるな」
「んー、学園の中の貴族を狙ってる何者かが誘拐したとかなら学園内の内通者によって拉致監禁…は有り得るよね」
「だとしても見付からないのは妙だな」
「……うぅん」
深く唸って考える。
しかし考えても考えてもモヤモヤが色濃くなるばかり。
周りにふわふわと漂う優しい気配が心配そうにチカチカ点滅を繰り返すので「大丈夫だよ」と礼を言った。
「……ジルは、妖精が見えてるんだよな」
「そうだねえ、不思議と怖くないよ」
「小さい時はいつも泣いてて心配だったけど、こっちでそう言うのは今のところ無いのか」
「……」
言われた言葉はこちらのジルベラではなく、前に生きていた時の私の事だった。
見えてはいけないものだと思っていた。
視線を合わせてはいけなかった。
けれど悪い人ばかりでもなく、ただ寂しさから声を掛けられて居るのだと知ってからは積極的に交流を持って行く事を決める。
それにより私はたくさんの人たちと知り合う事になり、怖い事も楽しい事もたくさんあった。
昔は兄の言う様にただ怖くて泣いていたけれど、事情を知ってからは付き合い方を学んだのだ。
そう聞いて、ハッとする。
今の私にも彼等の様な隣人が居るじゃないか。
「……お兄ちゃん、今日お父さんってどれくらいで帰って来るっけ」
「父さん?あぁ、いつも通りに帰って来ると思うが」
「ちょっと気付いた事があるから、相談してから実践してみる!」
「おいジル!?」
「お兄ちゃんお菓子ありがとう!
あと任務お疲れ様!ゆっくり休んでね!!」
「えぇー…俺ジルと過ごす時間が1番の癒しなんだけど……」
去って行った妹の瞳が、久しぶりに煌めいていた事を嬉しく思う。
と同時に、やはり彼女は普通の形に収まらないなと自分と母の予測は間違っていなかったと確信を持つ。
母の名付けたジルベラは作中で精霊達に愛される。
精霊達だけじゃなくて、人を惹きつける魅力を宿す子だ。
前世での不思議な体験を通じて豪胆になり過ぎたきらいがあるし、何より素直で純粋だ。
そんな可愛い妹を護るのが兄として生まれた俺の使命だとあの子と出会った瞬間に心に刻んだ。
「……今度こそ必ず守る」
ソファの傍に立て掛けておいた剣を手に、俺は誓いを新たに目を閉じた。
妹が死んでからこの場所に転生したのは、かなり経ってからだった様に思う。
母が病で若くして亡くなってからは俺と彼女の兄妹2人で暮らしていた。
過去の事を考えると、1人にしたら暗闇からの手に彼女を絡め取られると感じていたので積極的に家族の時間だと言って2人で出掛けた。
目に入れても痛くない、そう思っている。
家には父が居なかった事もあり、年の離れた妹は本当に可愛かった。
あの子が笑っていることが平和だと思っていた。
その平和の為なら俺はなんでも出来ると信じている。
この世界に転生して剣を取ったのも同じ理由だ。
母がこの世界に転生していたのは度肝を抜かれたものの、知らない人間の世話になるより安心出来たし、母の「きっとあの子も来るわよ」との言葉を糧に日々を生きていた。
本当にこの世界に生まれてきたあの子を見て、感動から天に捧げたのは無意識だったけれど…剣を取って本当に良かったと今は思う。
隊長は言った。
護る対象が居る剣士はそこいらの何も考えていない奴よりも強くなると。
その為なら俺達も全力でお前を鍛えてやると。
勉強も大切な鍛錬だ、あの子の見える景色や知識の補填をする為に、頼れる兄である為に。
全てを賭けてあの子を守る。
それはまるで呪いのように心と精神を繋ぐ強固なモノとなった。
それは俺が俺である事をこの世界に繋ぎ止めるただ一つの楔だ。
目を開き部屋の中を見渡すけれど、俺にはどうも彼等を見る程の力は無いらしい。
「いつも置いていかれてばかりだな」
小さく呟いた声は誰にも拾われることは無かった。