彼女の視線はいつも私の心を不安にさせるのです
学園には休みの日が3日ある。
ただでさえ長い期間通うので、3日行ったらお休みを挟んで、4日行ったら2日お休みを挟むサイクルだ。
月曜日から金曜日までと言う感覚がこちらには無いようで、職業によって休みはマチマチの様だった。
現世での土日に該当するであろう2日間の休み、その1日目に私はアークマルス家の庭に居た。
「いつも来る度に思うんだけれど、素敵なお庭ねー」
「この緊張感の中いつも来る度に呑気に庭でぽやぽや出来るその豪胆さを俺は尊敬している」
本日は晴天ナリ。
ポカポカ陽気に照らされて、朝の水やりで残っていたのであろう雫がキラキラ輝いた素敵なお庭。
日々移り変わりの少ない庭の中には、庭師がその日の1番綺麗だと思える切り花が中央に飾られている。
私はそれを見るのがとても大好きだった。
「だからこそ私はここで心の安寧を求めているのです」
「誰に言ってんだ」
「キース」
「悪い聞いてなかった」
さして悪いと思ってもいないであろうキースの声に「じゃあ、今日もよろしくね」と気の進まない気分のままに歩き始めた。
今日のドレスは簡単な物ではなくしっかりした生地の物だ。
腕には大量のフリル、何段にも重なったレース、首元には重苦しいリボン。
前に住んでいた場所では絶対に着なかった類の服だ。
私の産まれた家はお父様が公爵と言う地位を引き継いでいて、兄が騎士として生きると決めているので私が何となくその位置に着いただけ。
初回参加からしたら随分肩の力は抜けたけれど、庭の奥にあるテラス。
その場所に向かう廊下を進んでいると吐きそうな緊張感で、私は扉の前で深呼吸を繰り返す。
「……行けるか」
静かに響いたキースの声に頷く。
私は踏み出して、花の香りで少しだけ身体の力を抜いた。
赤、緑、青、そして紫。
視線が自分に集まるこの瞬間はまるで針のむしろの気分になる。
しかし瞬時にその視線の尖りが消えて「ジルベラ様!」と鈴の音が聞こえた。
「こんにちは!お久しぶりですわ!」
「お久しぶりですカーネリアン様」
「お座りになって、ジルベラ。
今日は貴女の通っていらっしゃる学園の話しよ」
優しく聞こえて来た声に頷いて、私の席に腰を掛ける。
キースはゆっくりと姉であるカタリナ様の後ろに控えた。
「それでは皆さん、ご機嫌よう。
本日はジルベラの通うヴァルドラジル学園の行方不明の件でお呼びしました」
静かに響く声はその場の空気をピシッとした緊張感で支配した。
白く輝くプラチナブロンド、叡智を宿すアメジストの瞳を持つ綺麗や美人等の言葉だけでは片付けられない程の美が柔らかく私を見る。
「まずはカーネリアン、コーデリア、フェリシアから報告をちょうだいな」
「ではまず私から」
手を挙げたのは、先程のカーネリアン様。
ちらりと私に視線を向けてニコリと微笑んだ。
「ヴァルドラジル学園で現在発生中の行方不明者ですが、ヴィラント伯爵家の次男グスタフ様、メランゼ子爵家の長男フォンタナ様、ランズマン子爵家の長男アンガス様の3人です。
現在3名の捜索を鈴蘭の会が騎士団に依頼する形で捜索をしているそうですが、この約3週間で成果は上がっておりませんわ」
「それに付け加える形で失礼致します。
捜索範囲ですが、この国から出て居ない可能性は既に否定されるかと。
それと誘拐目的の盗賊団も現在当たっておりますがヒットはありませんでした。
犯人の目星も…未だ付かず」
「私からも御報告申し上げます。
現在発生中の事件ですが、来週いっぱいで鈴蘭の会並びに騎士団が成果を上げないと言うのであれば、ラシェドが動き出すそうですわ」
「……約3週間、皆さん色々と動いて下さって居るというのに成果が上がらないところを見ると…ただごとでは無い事は確定ですね。
私達の国でこの様な事件が起きた事、とても苦しく思っております」
ふと視線を落としたカタリナ様は、次に私に視線を向ける。
「ジルベラ、貴女はどう思います?」
「……うぅん」
彼女はいつも、決まって私の考えを聞きたがる。
私の考え方は独特でとても自分には思い付かない無茶なども言い出すらしいので、カタリナ様は好奇心をそのアメジストの瞳に宿して私を見る。
それが捕食者…まるで猛禽類の視線に思えてしまうのは私がおかしいのだろうか?
ゆっくりと考えを巡らせながら、私は唸り声を上げる。
キースに言わせれば「令嬢としてあるまじき唸り声だ」と言われるけれど、カタリナ様はそれも個性よと笑ってくれた。
だから、そんな私を認めてくれるこの人の役に立てるならと私は更に考えを巡らせる。
「……まず、私少し疑問なのですが。
1人目、2人目、3人目の行方不明者の順番が明らかにされていない理由はなんなのでしょうか?」
「順番…ですか?」
「1人目はメランゼ子爵家の長男フォンタナ様、2日に同室の寮生が夜まで帰らないフォンタナ様を不審に思い寮母に知らせてから今まで連絡もなく。
2人目はランズマン子爵家の長男アンガス様、7日昼に授業の昼休みから帰らなかったそうです。
最後に見た人の話ですが、誰かに呼び出されたらしいとの事。
3人目のヴィラント伯爵家の次男グスタフ様は8日の朝に姿を消していたそうですわ。
消灯時間からは部屋から出た様子も無く、同室の寮生が驚いた様子で寮母に知らせに行ったそうです」
「……うぅん」
時間に特に成約無し、誰かに何かをされた様子も無く1人目は授業終わりから行方をくらませ2人目は休み時間に消えた。
3人目も夜のうちに消えてしまった…1人目と3人目は自分から消えた可能性もあるけれど、2人目は連れ去りの可能性もある。
だけど学園の中にも国の中で捜索をしても見付からない…事態は行方不明者を誘拐の線で捜索しようとしているらしいけれど、違和感を感じた。
「噂の走り方から、寮生が漏らしているにしては抑えが掛かってる気もします。
それは教員の指示で?」
「ええ、初めこそただの噂であろうと思っている生徒の方が多かったので、それに便乗する形で抑えていたのだと思います。
それに学園と言う場所の特殊性から生徒の混乱を恐れたのではないかと。
順番が公開されなかったと言うよりも、皆様事件そのものに恐怖を抱かれていたかもしれませんわ」
「そうか、そもそも学園に通っている貴族は少ないですもんね。
……その中で貴族だけ狙うのは怪しいですし、誘拐の線は間違っていないかもしれません」
「……今のところはピンと来ませんの?」
「カタリナ様、私頭が特別良いわけではありませんよ」
「そう……じゃあ皆さんは次までにもう少し情報を集めておいて下さいな。
ジルベラもありがとう」
ニコリと笑みを浮かべた彼女に頭を下げて、キースのエスコートでテラスを後にする。
実は少しだけ気になった事があったのだけれど、次に学園に行った時にフィズに確認しよう。
「……部屋に甘い菓子を用意している、食って行くだろう?」
「キースの手作り?食べる食べる」
一気に幸せな気分になってそう答えると、苦笑して「現金なヤツ」と笑われた。
それだけでホッと心を落ち着けられる私も中々豪胆だなと笑いながら、私は今日のキースのケーキ達を楽しみにするのだった。