あの頃の思い
「いつからだっけ?俺の人生が虚しく思える様になったのは」
バイト先のチラシを路上で配りながらため息をつく。
今年で32才になる俺‥‥柴田祐希はなにものでもない。ただの生きる為にしたくもない仕事をしている。仕事が終われば汚いアパートに戻り、買ってきた弁当を食べて、風呂にはいり、携帯をいじり寝る。そんな生活が毎日続いてる。たまの休みにパチンコに行き、勝った負けたで一喜一憂している様な男だ。
そんな男にもちろん彼女なんていない。今後の事を考えると不安で仕方ない。どうしようもなく不安なんだ。
「こんな人生にしたのは自分なんだけどな」
チラシを片手に小さく呟く。そして思い出す。
小さい頃から面倒くさい事からは逃げてきた。周りに流され、勉強もなにかと理由をつけて逃げてきた。根拠もないのになんとかなると思ってきた。馬鹿だった。社会は甘くない。頑張れない奴は淘汰されていく。
「その結果がこれだ」
俺はこの先どうなるんだろう?このまま老いていくのだろうか?嫌だ!でも変わりたいけど変われない。
人は言う。何歳からでも変れると。
でも今まで頑張れない奴がいきなり変れないんだ。目標ができても逃げるから。逃げてしまうから‥‥。
そんな事を思いながら幸せそうな人達を目で追いため息をつく。そして時間が過ぎていく。
いつもどうりチラシ配り終えた俺は気怠い体で家に帰る。ポストを見ると一枚の封筒が入っていた。
「同窓会?中学の?」
中身は同窓会の案内だった。俺は家に入る前に中身を確認した。なんか胸騒ぎがしたからだ。
家に入りベッドに横たわると考える。
「中学か。あんまりいい思い出はないな」
あの頃の俺は強い奴の下につき、媚を売り生き抜いてきた。とくに中学3年の時。
「あぁ〜!真田だ!真田佑馬」
クラスのリーダー的存在でいじめをして楽しんでいた。
「女子をいじめてたっけ?‥‥たしか雨木りんだったかな?」
俺もいじめられたくなくて一緒になってやった覚えがある。‥‥最低だ。あの頃から俺は最低な人間だったな。
「雨木りん‥か」
いつも1人だったな。暗い感じの。顔は可愛かったような気がするが‥‥あんまり覚えてないな。でもいじめの内容は忘れてない。
靴や体操服を隠し、教科書を破り、罵倒し、時には暴力も。真田はいつも楽しそうにしていたな。
俺も暴力は振ってないが、真田に命令され靴や体操服を隠したりした。また、暴力をふるわれている彼女を見ていた。
雨木はやり返すことなく耐えていたな。周りの誰も助けに入ることはなく彼女は絶望の中で学校生活を送っていた。
うちの学校にはヒーローなんていなかった。漫画の主人公みたいな奴もいない。現実はそんなもんだ。誰だって自分がかわいい。そんな中で彼女は地獄の中で生き抜いてきた。
「案外、タフな奴だったな」
俺なら登校拒否になっている。人間不信まっしぐらだ。
そんな事を思っているとふと気になった。
「彼女は今なにしてるんだろうか?」
行く気はあんまりなかったが雨木が気になった。さすがに来ないよな。同窓会なんて。顔も見たくないだろ。
「でも‥‥もしかしたら」
あの時の事を謝れるかもしれない。今まで忘れてたのにむしがいいのはわかってる。でもなにか変わるかもしれないと思った。
「真田に会うのは嫌だけど、行くか」
俺は案内に記載されている参加する方にマルをつけ出すことにした。
同窓会当日
「あぁー!!私服いいのないなー」
同窓会は現在の自己アピール会場だ。たぶんみんな気合をいれてくる。いい会社に入った奴。結婚して幸せな家族を手にした奴。はたまた俺みたいに生きがいもなく生きてるやつ等。ただ、昔の旧友達に少しでも恥ずかしくないように見せる必要がある。
「まぁ、嫌なら帰ればいいか」
こんな事をいってはいるがやはり少し期待する。雨木の事もあるが、昔の旧友と特に女性と会う。もしかしたら彼女ができるかもと期待も少なからずある。久しぶりに女性と話せる機会だし。
「さぁ、行きますか」
髪をセットし、一番高い服を着て、なんなら香水も少々。
俺って奴は馬鹿なんです。
期待を胸に家のドアを開け歩きだす。
同窓会の会場はホテルの大広間を借り行うとの事。
俺の学年は4クラスあり大体120人くらいいる。まぁ、不参加の奴もいるだろうが。今回は一応全クラスが参加してる。
俺はホテルに着き、案内状に書かれた大広間に向かう。
大広間の前には同級生らしき人がすでにおり、参加者の確認を数名が行っていた。
俺は恐る恐る案内状を見せると
「おぉーー!!柴田じゃん!久しぶりだな!」
一人の男子が声をかけてくる。誰だ?なんて顔をしたのがバレたのか
「俺だよ。相田!中2の時に同じクラスだった!」
相田?‥‥あ!!おにぎり相田!
「おにぎりの相田か」
「やめろよ。恥ずかしいわ!!」
野球部で朝練後に腹が減るからと毎日親におにぎりのを作ってもらい授業中に食べていた。
「懐かしいな。久しぶり」
お互い30代になると風貌も変わる。少し話をしただけでも受け答えが大人な様に感じる。相田は野球少年のイメージがあっだが、今はスーツを着て話をする時は目を見て話をする。そんなに対して仲のよかったわけでもない俺に話しかけ気遣いもしてくれる。歳月を感じる。大人になったな!おにぎり相田よ!
俺は相田と少し話をしたのち参加の確認をとり大広間に行く。
中には結構な人数がすでにきており、各々が楽しそうに話をしていた。今回は立食パーティーの様に決められた席はなく自由に動きながら楽しもう的なコンセプトらしい。料理もバイキング仕様で自分で取りにいく。なくなれば追加がくる。ドリンクも同様だな。
俺は、ビールを取りに行き受取ると周りを見渡す。
「誰かいないか?」
俺は知り合いを探す。全クラス対象だとさすがに喋ったことのない人は大勢いるし、喋っても印象に残らない人は大勢いる。名前すらうる覚えの奴なんてたくさんだ。
当時の俺は良くも悪くもその他大勢の脇役だったと思う。
嫌われていないとは思うが、自分から何かを発信する様な立場ではなかった。強い奴の後ろに隠れ生きてきた。自分を守る為に。学校生活は今考えると結構ドロドロしてる。人の顔色を伺い調子にのらない。のっていいのは一部の上位グループの奴らだ。俺も上位グループの一員といえば聞こえはいいがなんてことはない‥‥だだの太鼓持ちだったな。
「俺はあの頃から駄目な奴だったな」
昔を思い出し嫌になる。流れ流れて今の俺がいる。
ため息をついていると数人の男子が俺を見つけ声をかけてきた。
「おーい。柴田じゃねぇーか!!」
「なつかしいなー!この野郎」
「卒業ぶりだな」
俺は一瞬誰だと思うが、すぐに顔をみると思い出す。
「山田、松田、清水」
懐かしい。中3の時に真田と一緒にいた奴らだ。俺を含めて一緒に行動していた。
「久しぶりだな。お前は変わんないな」
山田は俺に向かって言う。
「そっかな?」
「変わんねー。冴えないまんまの顔だ」
松田は少し残念そうにいう。
「てか、卒業したらあんまり連絡とれなくなったからな。柴田は」
清水はなんで連絡しないんだよと肩を軽く殴る。
「悪い。高校生活が大変で」
俺はすまんと手のひらをあわせ謝る。
「元気ならいいけどな」
久しぶりの3人は物腰がどこか柔らかい。当時はなかなかに悪ぶっていたのが懐かしい。
俺はそんな彼らがあまり好きじゃなかった。だから卒業後は連絡をたった。まぁ、真田の影響が大きく関係しているが、あまり一緒にいたくはない奴らだった。
そうこうしていると大広間に大分人数が揃い、予定時間になった為、同窓会の幹事が乾杯の音頭をとり同窓会が始まった。
当時の写真を使い、大きいモニターに映し出し皆の笑いを誘う。又、先生方もちらほら見え過去の話をされる。話の途中に一部の者からチャチャをいれられるのも醍醐味だろう。
今だからこそ懐かしみ笑いにできる。時間の経過は悪いものばかりではないのかもしれないな。
予定されたいた行事が進み、今は自由に皆話をしている。
俺も山田達と共に当時の学友達と話をする。女子とは久しぶりに話す為緊張する。お世辞ぬきに綺麗になっているし。化粧もしっかりされており本当に綺麗だわ。彼氏とかいるのかな?結婚しててもおかしくない年齢だからなー。
すると一人の男子から真田の事を聞かれる。
「真田君は今日はいないの?」
そうなんだ。出来れば会いたくはないけど気になっていた。
すると山田は答える。
「あぁー。真田は今日は来ないな。あいつ結婚して子供がいるんだけど、体調を崩したとかで面倒をみるからって」
意外だった。あの真田が?!クラスでいばりちらかし、いじめを楽しんでいた‥‥あの真田が。
でも‥‥そんなものかもしれない。大人になり落ち着いて今は幸せを掴んでいる。誰しも子供ではいられない。あいつにも変わるキッカケがあったんだろうな。‥‥俺は変れてないが。
俺以外も驚いている。そうなると雨木は‥‥可愛そうだな。あいつが一番の被害者だし、真田を恨んでいてもおかしくないからな。
まぁ、今日は来てない様子だけど。‥‥来なくて正解だわ。
すると大広間のドアが開く。
現れたのはモデルのように美しい体型で、顔も女子アナみたいに清楚でいてかわいらしい感じだ。
さっきまで騒がしくうるさい会場が静まった。特に男子はガン見をしてる。たしかに誰なんだ?あんな子いたか?化粧をしてるとかの話じゃないぞ。
すると近寄って話をしにいった男子達が大声をあげる。
「雨木ーー?!!」
はぁ?雨木?嘘だろ?だってあんな奴じゃなかった筈。
俺はフリーズした。暗くて地味でいじめられていたあの子があんなに綺麗に。まさに青天の霹靂だ。
雨木はキョロキョロと周りを見渡し、フリーズしている俺達を見ると近付いてくる。
「久しぶりだね」
雨木は俺や山田達を見ると嬉しそうに話しかける。
「本当に雨木かよ?!」
声が出せない俺をよそに清水が答える。
「そうだよ!綺麗になったでしょ!」
雨木は優しく微笑む。あの頃の面影はない。‥‥あの頃がいまいちピンとはきてないが。たしかに綺麗になった。なりすぎていた。
「変わりすぎだろ」
俺は自然と声が出ていた。意図して出たんじゃなく自然とだった。
「久しぶりだね。柴田君。あの頃はありがとう」
雨木は俺を見るとニッコリと笑い話しかける。
「え?」
ありがとうの意味がわからなかった。俺は加害者の立場にいた人間だ。
「あの頃があったから‥‥変れたんだからさ」
いじめだ。いじめをされた事により彼女の中でなにかが変化したと思った。今の一言は皮肉のつもりなのだろうか?
「勘違いしないでね。昔は昔だよ。今は楽しく生きてる。あの頃は辛い思いもしたけど、あれがなければ変わろうとしなかったかもね。だから‥‥ありがとうなの」
胸に手をあて優しく微笑む。
俺達はなんて馬鹿だったんだろう。後悔しかない。山田達も同じ気持ちなのかバツが悪そうな表情をしていた。
彼女は強い人だ。あんな事をされ恨んでいてもおかしくないのに、それをバネに前を向き変わった。
俺も変わりたいと本気で思った。胸が熱くなるのを感じだ。彼女に恥じない人でありたいと。
「雨木さん。当時は本当にごめんなさい。俺達が馬鹿だったよ」
俺や山田達は謝る。心から。
その他の傍観者していた者も口にはしていないが同じ気持ちだろう。
「やめてよ。もうなんとも思ってないから」
「でも‥‥」
「終わりだよ。今の謝罪で全部終わり。これからは仲良くしてくれたら嬉しいです」
その一言にすべてが浄化されていく。
「よろしくお願いします」
俺達は声を揃えていう。
「なにそれ‥‥クス」
笑いを堪えるように雨木は笑う。
か、か、可愛い!!よし!今から変わろう!雨木は彼氏いるのかな?いるよな〜。こんだけ可愛いし。
そんな事を考えてる内に雨木は他の男子と女子に囲まれ俺達から離れていく。
残された俺達は雨木の事を見てはいけない妄想中にいる。
そうこうしているうちに時間が過ぎ同窓会も終わりを迎えた。
「楽しかったなー」
「だな!」
会場を後にし同窓会の余韻を感じながら山田達とホテルの入り口付近で話をしていると急に現実に戻される。
明日からはまたいつもと同じ日常が待ってる。でも明日からは少し違うかもしれない。いや、変えていこう。少しでもいいから。彼女と会い謝ることができた。許してもらえた。彼女に恥じない俺でいたい。
「じゃ、これからもたまには会って飲もうぜ」
「だな!」
「さて帰りますかー」
俺達は連絡先を交換し各々別れ歩き始める。
「あぁ〜くそ!雨木と連絡先を交換しとけばよかった」
あれから、いろんな人に連れ回されしゃべる機会はなかった。探してはいたが、姿がみえなくなり俺の恋の予感に終了が待ったなしだった。
「ちくしょー!!」
そんな時だった。
「待って!柴田君」
透き通る声が俺の耳に聞こえてくる。
「あ、雨木」
走りながら俺を追いかけて来てくれた。
神様!!ありがとう!まだ終わりじゃなかったんだね。
「ごめんね。最後にあいさつをしたかったんだけど‥‥」
「いや、雨木こそ大変だったな。みんなに連れ回されて」
「うん。大変だったよ。でも見つかってよかったよ!もしよかったら一緒に帰らない?」
え?えぇーー!!やったぜ。雨木と帰れる!あ、連絡先を!いきなり過ぎか?!別れる時に言うほうがスマートだな。
「もちろん。俺でよければ!!」
「クス。よかった」
焦っているのがバレたのか少し笑われた。恥ずかしい。
聞けば同じ方向に家があるといい、俺達は酔をさますため歩いて帰ることにした。場所的に人があんまりいなくて暗い道をいかないといけないけど、歩いてもそんな時間はかからないしな。てかずっといたいし。
「楽しかったね!?」
「だな。久しぶりに楽しかったよ」
「柴田君は今はなにしてるの?」
うぅー。答えづらいが。
「今はバイトをしてその日暮らし。‥‥恥ずかしいよ」
最悪だ。でも‥‥嘘はつきたくない。
「恥ずかしくないよ。私だって似たようなもんだし」
「え?雨木が?」
意外だった。てか想像ができないな。雨木を見てると希望しかない。勝ち組の道しか。
「うん。今日だって見栄をはっただけだしね」
「見栄?」
「‥‥そう。見栄。だってそうでもしないと来れないよ」
「あ、雨木?」
暗い道で人もいない。すこし寒気がした。まだ夏なのに。
「私がいじめを受けてそれでも‥‥克服したと思ったでしょ?」
さっきまでの雨木はいなかった。暗く沈み今にも‥‥
「ねぇ?いじめる気持ちってどんな気持ち?やられてる子の気持ちは考えたことある?」
「ま、待って!その話は終わったんじゃ‥‥」
俺は甘かった。彼女の怒りや憎しみは終わってない。それどころか‥‥増してる。
「全てが狂ったよ。あの時から全てね。人に会うのが怖くて、怖くて‥‥怖くて!!今日だって!!」
「待ってくれ。俺は真田に言われて‥うぅ」
その一言をいい終わる前に激しく痛む腹部を見た。
「あ、雨木。‥‥おまえ‥‥」
雨木は隠し持っていたナイフで俺の腹部を刺していた。
「同罪なんだよ。‥‥いや‥‥おまえは暴力は振るわなかったな」
「そうだろうが‥‥やるなら真田だろ」
恨むのはわかる。でも‥‥どう考えても一番は真田だろ。あいつが率先していじめをして、周りを巻き込み増長さした。
「お前は暴力は振るわない事で自分はマシだと思ってたろ?」
「そ、それは‥‥」
「私からみたら一緒なんだよ。あんた達がやったことは!私がなにかしたかよ!なにもしてないよな?!なんで‥‥なんでほっといてくれなかったんだよ」
大声を出し涙を流し俺を睨む彼女は‥‥正しいのかもしれない。
程度の問題じゃない。彼女からしたらすべてが等しく同じだった。暴力を振るってないという言い分は俺の言い分なだけだ。命令されたからとどこかで俺は言い訳をし、姑息にも自分を守っていた。彼女の事なんて考えていなかった。
「もう‥‥いいの。終わりにしたかった」
「‥‥あ、雨木‥‥ほ、本当にごめん」
薄れゆく意識の中呟く。血が止まらなくて刺された所は熱く感覚も薄れていく。
「さよなら。柴田君。‥‥真田君もすぐに行くから安心してね」
雨木は歩きだす。恐らく真田を。 駄目だよ。行ったら駄目だ。
「お母さん‥‥リサ‥‥ごめんね」
そう呟くと雨木は立ち去った。微かに見えた雨木はまるで中学の時の怯えていた彼女の姿に見えた。
もう俺は死ぬ。死んだことはないが死ぬ。‥‥それは仕方ないことだ。一人の人生を変えてしまった。彼女の心を完全に壊したのだ。死ぬしかない。
でも‥‥神様。彼女には罪なんてないよ。
あったはずなんだ。人並みに幸せになる権利が。彼女が歩む道を変えてしまった。
神様‥‥頼むよ。こんなどうしようもない‥‥とるにたらない奴にチャンスをくれないかな?
あの頃に戻してくれませんか?‥‥神様!
そんなことを思いながら俺の意識は完全になくなった。