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日々記す  作者: 宮城創
12/20

二〇一〇年八月二十日。

 

 バイト先の子がうるさい。

 どうやら白菊美華と歩いているところを目撃してしまったらしく、しきりに、「彼女なんですか?」と訊ねてくる。

 違う。

 断じてない。

 強いて言えば、母親代わりのようなものである。

 そんなことを言おうものなら、今度は、「そういう設定なんですか!」と興奮気味に笑われたので心が折れそうになった。

 ということなので。

 誤解を晴らすべく。

 その子を自宅に招待しようとした。


「却下」


 即答である。

 もっと考えてくれてもいいだろうに。


「おかーさんは許しません」


 何を?

 どうせ部屋の掃除をするのは僕である。

 どうせ食事の用意をするのは僕である。

 宮城創である僕はいいように使われている。

 何故か白菊美華は不機嫌だった。

 よっぽど嫌だったのか、何なのか。

 食事の時まで何も喋らなくなってしまった。

 何が悪かったのだろう。

 女心は難しい。


「えー、なんでですかー」


 翌日バイト先にてその子に断られた旨を伝えたらその子まで口を利いてくれなくなった。

 なんで?

 目を合わせようとする度に別の場所へ逃げられてしまう。

 どちらを説得すればいいのだろう。

 こういう細々としたことに悩む辺り、まだまだ人間らしいなと思えてくる。

 こうやってぐちぐちと日記に書いてしまう辺り、まだまだ子どもなんだなと思えてきた。


 ああああああああああああああああああああああ。

 んがああああああああああああああああああああ。


 つつがなくバイトが終わったあとも無言で帰られてしまった。

 いつもなら座って話し込んでしまうというのに。

 その子は都立のどこか中堅の高校に通っているらしい。

 なんとかとか言われたがあんまり興味がないので覚えていない。

 部活もやらずにバイトに打ち込んで、家計を助けているのだとかなんだとか。

 若いのに大したものである。

 僕の学生生活を振り返ってみると、勉強しかしていなかった。

 それなのにその勉強とはまったく関係のないアルバイト生活。

 しょうがない面はある。

 こちらも生活の為である。

 これから先もずっとレジを打っているのかなあと思うとやるせなくなってしまう。

 しかし、まともな企業に就職する口もない。

 僕が誇れるものと言えば、事実を『なかったこと』にする能力だけである。

 かといってそれを面接時に語ったとしても、目の前で実演したとしても、そのひとびとはそこにものがあったことがなかったことになっているから、わかっていただけない。


 つくづく不便である。

 しかも白菊美華によって制限されていた。


 あああああああああああああああああああああああああ。

 ずっと、あ、だけ書いているのも楽しい。


 そんなことはどうでもいい。


 とにかくどちらかの損ねてしまった機嫌をどうにかするしかない。

 女子高生に関しては何かを買い与えるだけで満足した。

 問題は!

 白菊美華のほうである!

 このまま会話も何もないのは悲しい。

 このままずっと無言は寂しい。


「遊園地」


 えっ。

 ぼそり、と呟かれたのを聞き逃さなかった。

 箸を口の端にくわえて。

 左手に茶碗を持ったまま。


「遊園地、行きたいです」


 それは女子高生と……?

 というわけではなさそうだった。

 これまでになく、可愛らしい。

 目の錯覚。

 目がおかしくなってしまった。

 おかしい。

 白菊美華を可愛いと思うだなんて。

 どういう心境の変化なのだろうか。

 さっぱりわからない。


「昔、ともだちと一緒に行こうって、約束していました」


 白米を口に含む。

 もっきゅもっきゅ。

 さぁ、その友達とは誰だろう。

 たぶん。

 宮城蘭のことだと思う。

 別に白菊美華に友だちが居なかったとは言っていない。

 単にそういう風に遊びに行こうとするような友達は宮城蘭以外に考えられないだけである。


「そうか」


 して、いつ行くのだろう。


「じゃあ、これから行きましょう!」


 急にテンションが上がった。

 すんごい楽しそうだ。

 なんだろう。

 逆に嫌な予感がする。

 これから。

 まぁ、バイトも休みだから行けないことはない。

 所持金もそれなりにある。

 僕自身のことを振り返れば、遊園地で遊んだ記憶など滅多にない。

 ということだから。


 思い出づくりになると思って。

 カメラを持って。

 一番近くの遊園地にやってきてしまった今日である。


 そういえば。

 常日頃から戦っている彼女だから。

 お化け屋敷とかジェットコースターとか。

 そういう類のアトラクションには強いのではないか。

 などと勝手に思って、特に嫌がりもしないからジェットコースターに乗る。

 行列の最後尾。


「あの、さ」


 袖口を引っ張られた。

 ここのジェットコースターは途中で一回転するし、建物の中を通るし、なかなか楽しそうである。


「やっぱりやめにしませんか?」


 白菊美華のほうからのりのりだったというのに。

 列が進んで行くにつれて弱気になっていく。

 どこかそわそわし始める。

 大丈夫か?

 僕のほうまで心配になってくる。

 二人ともわりと運のない人生を送っていた。

 突然線路が外れて真っ逆さま、とか。

 急停止して宙に投げ出される、だとか。


「ないない」


 乗り物は絶対安全である。

 実際に、安全に一周を終えた。

 白菊美華は降りた瞬間足ががたがたと震えている。

 必死に隠そうとしているのが逆に恐ろしかった。

 指摘しようものならぐーで殴られそうである。

 こわい。


「お化け屋敷なら! なんとか!」

 声が大きい。

 弁解しようとするあまり目立ってしまっている。

 そこまで声高に言うのなら。

 行ってみようじゃないか、と。

 館内真っ暗。

 お化けの仕掛け人たちはプロなので、白菊美華が本気で怖がりまくってしまっていた。

 どっか建造物の配置が変わっていたり、物が壊れていたりしなかっただろうか。

 途中で大きな物音が聞こえたような気がした。

 気のせいということにしておこう。


「ケガしてないといいな」

「お化けだから大丈夫です! さあ次行きましょう!」


 いや。

 お化けの中の人たちが心配である。

 そういえば救急車のサイレンが聞こえたような気がした。

 空耳だろう。

 うん。

 気のせい気のせい。

 お次の観覧車は、頂上になったら一時停止してしまった。


「ひっ」


 白菊美華は本気でびびっていた。

 半べそかいている。

 誰よりも早く逃げ出しそうである。

 なんとか落ち着かせている内に動き始めたので一命を取り留めた。

 とても心臓に悪い遊園地である。

 もう二度と来るものか。

 と僕は心に誓った。

 ただし、白菊美華のほうはと言えば、満足げな表情で、「また行きたいです」と答えていた。

 大丈夫なんだろうか。

 このひとの未来が心配である。



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