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新たな席にて

 席替えをした日の帰り道、神田さんに誘われた僕は一緒に帰り道を歩いていた。


「どう?」

「どうって、なにが?」

「席」

「ああ、うん。花宮さんが隣の席だったよ」

「知ってる。……楽しそうに話してたじゃん」

「そう見える?」

「うん」

「なら、それは花宮さんのおかげだよ。僕の話も聞いてくれるし、面白くない話も笑顔で聞いてくれるしね。やっぱり、花宮さんは凄いよ」

「ふーん。よかったじゃん」


 僕の話を聞いた神田さんはツンとした表情で、どこか不機嫌そうに見えた。


「神田さんの方はどうだったの?」

「……別に。いつも通り」

「そ、そうなんだ……」


 神田さんのいういつも通りというのは、全く会話もしていないということだろう。


 き、気まずい。

 本来なら、僕と神田さんは同じ友達が少ない仲間なのだが、今回の席替えで僕は花宮さんという席替えガチャSSRを引いてしまった。

 それが神田さんにとってはきっと面白くないのだろう。


「で、でも僕も花宮さんとうまく話せるわけじゃないからさ! 結局いつも通りかなー」

「ふ、ふーん。そうなんだ」


 僕の言葉を聞いた神田さんは少しだけ安心したような表情を浮かべるが、その後すぐに苦虫を噛み潰したような表情に変わった。


「……いや、でも明人なら大丈夫だよ」

「え?」

「きっと花宮さんとも仲良くやれる。だから、私のこととか気にせずに花宮さんとか、周りの席の人と仲良くなれるように頑張りなよ」


 神田さんは視線を前に向けながらゆっくりと、そしてはっきりとそう言った。


 神田さんは大人だな。

 僕が神田さんの立場なら不安になると思う。自分と仲の良い友達が他の人と仲良くしているところを見ると、その友達が自分から離れていくんじゃないかと怖くなる。

 でも、神田さんは僕のことを思ってそう言ってくれている。


 やっぱり、神田さんは優しい。

 神田さんの期待に応えるためにも、僕も頑張るべきかもしれない。


 そうこうしている内に、神田さんの家の近くまで来て、僕らはそこで別れた。



*************



 平面を考えるのにどうしてベクトルなどというややこしいものを使わなくてはならないのだろう。

 どうして二点間の距離を求めるのにわざわざ式を立てなきゃいけないんだろう。

 定規で測ればいいじゃないか。


 なに?

 定規でアメリカから日本の距離が測れるのかって?


 地図があるじゃないか。何のために地図があると思ってるんだ。


 なに?

 地図で宇宙にある惑星間の距離が測れるのかって?


 …………惑星間の距離なんて知らなくても生きていけるもん!


 と、数学をやらない理由を探すのもそろそろやめよう。

 数学を将来使う使わないは分からないけど、少なくとも今は使わなくてはならないのだ。

 というわけで、現在朝の八時。

 僕は教室で自分の席につき、数学の課題プリントとにらめっこをしていた。


 全部で問題は三問。その内の一問目と二問目は教科書を見ながらなんとか解くことが出来た。

 問題は三問目だ。

 あと少しというところで躓いている。


「おはよう! 明人君」

「ふぉ!? は、花宮さん?」


 もう三問目は諦めようかと思っていた時、横から声をかけられ変な声が出てしまった。

 声のした方を向くとそこには花宮さんがいた。


「あ、それきょう提出の数学の課題だよね。三問目難しかったよねー。私も昨日苦労したよー。もしよかったら教えてあげようか?」

「い、いいの?」

「うん。朝から頑張ってる明人君に巷で女神と言われている私が救いの手を差し出してあげましょう」


 冗談っぽく笑いながら、花宮さんが僕に手を差し伸べる。

 その姿が僕には冗談ではなく本物の女神に見えた。


 でも、迷惑になるかもしれないし、断った方がいい気がする。

 昨日までの僕ならそう思っていただろう。でも、昨日、神田さんと帰る途中で僕は決心したのだ。

 花宮さんと仲良くなるべく努力すると。そう考えれば、これは間違いなく花宮さんと親しくなるチャンスだ。


「じ、じゃあ、お願いします」

「うん!」


 僕がお願いすると花宮さんは快く返事を返し、椅子を僕の直ぐ隣に寄せる。その行動にギョッと目を見開くものの、花宮さんはそんな僕の様子など気にも留めず問題の解説を始める。


 ち、近い!

 僕の視線の直ぐ先に花宮さんの艶がかったサラサラの髪がある。おまけに、さっきから女の子特有の甘い香りが鼻孔に入って来る。

 の、脳が蕩けそうだ。


「――ってなるんだよ。ここまではいいかな?」

「あ、うん!」


 花宮さんの問いかけに慌てて、頷く。僕の返事を聞き、花宮さんは再び解説を再開する。


 あ、危ない。あと少しで煩悩に流されるところだった。

 今は、数学の課題を教えてもらっている


 その後も、花宮さんが髪を耳にかける仕草や、不意に合う目にドキドキしながらなんとか数学の課題を終わらせることが出来た。


「花宮さん、ありがとう」

「気にしないでよ。困った時はお互い様でしょ?」

「は、花宮さん……!」


 花宮さんの言葉に感動して涙が零れ落ちそうになる。

 そういえば、随分前に教会にいった時、神父様も言っていた。


 ――汝、隣人を愛せよ。


 と。

 花宮さんは僕のようなクラスの背景その4でさえ、隣人として慈愛の精神を持ち、接してくれているのだろう。

 おお、やはりあなたが女神か……。


「天に召します、否、隣席にまします我らが母よ。願わくは――」

「え? 急にどうしたの?」

「女神花宮様に感謝の祈りを捧げているのです」

「いらないよ! 女神でもないし、恥ずかしいからやめてよー」

「そ、そんな……! やはり、僕のような矮小な存在からの祈りは迷惑なのでしょうか?」

「いや、そうじゃなくてね? 私たち、クラスメイトでしょ? そんな大袈裟な対応じゃなくてさ、気軽に接してくれたらいいよ」


 両手を振りながら困ったような笑みを浮かべる花宮様。


 なんということだろう。我らが女神は僕のようなものを友達と言ってくれるらしい。


「ぼ、僕なんかが花宮さんに気軽に話してもいいの?」

「いいに決まってるよ! そうだ! ちょっと練習してみようよ。はい、花宮」

「え……?」

「ほら、私の言った言葉を復唱してよ。花宮」


 花宮さんが真っすぐに僕を見つめている。


 いきなり女の子を呼び捨てなんて……。だが、花宮さんの目を見る限り言わないと納得してもらえ無さそうだ。


「は、花宮……」

「うん! じゃあ、次は……『おはよう』」

「お、おはよう」

「『おはよう、花宮』」

「お、おはよう、花宮……」

「『おはよう、メス豚』」

「お、おはよう、メス――ちょっと待って」

「ど、どうしたの?」


 流れを止めて花宮さんの顔に視線を向ける。花宮さんは何かを誤魔化すように視線を逸らしていた。


「今、メス豚って言わせようとしてなかった……?」

「な、なんのこと?」

「ええ、気のせいかなぁ?」

「うん。きっと気のせいだよ。それじゃ、続き行くね。じゃあ、もう一回『おはよう、メス豚(花宮)』」


 う、うん……?

 今回は普通、だよね。


「おはよう、花宮」

「んんっ……!!」


 僕が言葉を返すと花宮さんは突然俯き、咳ばらいを一つした。そして、急に席を立ちあがった。


「ご、ごめん明人君。私、急用を思い出したからちょっと席外すね」

「え、うん」


 僕が返事を返した時には既に花宮さんはスタスタと教室の外へ早歩きで向かっていた。


 一体、何だったのだろう……。

 それにしても、僕が花宮さんを呼び捨てにする日が来るとは思わなかった。


「花宮さんを名字で呼び捨てに出来たからって調子に乗るなよ」

「うわぁ!」


 突如、僕の横からツンツンと尖った頭が特徴の一人の男子生徒が顔を出してきた。

 彼の名前は三山君。僕の後ろの席の男子だ。

 話したことは体育のストレッチでペアになった時くらいで、それ以外は殆どない。


「三山君……? き、急にどうしたの?」

「いや、同じ恋人がいない者同士、勘違いしないように忠告してやろうと思ってな」

「僕、恋人いないって三山君に言ったっけ?」

「いや、聞いてないが……まさかいるのか!?」


 三山君の発言に慌てて首を横に振る。僕の反応を見た三山君は安堵の表情を浮かべていた。


「よかった。流石に俺も何度か体育の授業でストレッチを供にした小森を手にかけたくは無かったからな」

「ち、ちなみに僕に彼女がいたらどうなっていたの?」

「小森が神田さんにご執心だとその彼女に伝えて修羅場を作り上げる」

「それだけ?」

「それだけって、お前、修羅場が怖くないのか!?」


 三山君は目をカッと見開きそう言うが、そもそも僕と神田さんは友達だ。友達と仲良くするだけで修羅場が生まれるものだろうか?


 思ったことをそのまま三山君に伝えると、三山君は大きなため息をついた。


「とりあえず、一発殴っていいか?」

「な、なんで!?」

「そりゃ、ラブコメアニメの主人公みたいなことを言う奴がいたらムカつくだろ」

「いやいや! 僕はラブコメ主人公とは全然違うよ! 仲いい女の子は神田さんくらいだし、神田さん供ただの友達だし……。それに、他でもない神田さんから僕を恋愛対象としては見てないみたいな発言されたよ!」


 正しくは結婚だが、恋愛の終着点は結婚だと僕は思う。つまり、結婚が無理ということは恋愛も無理ということだろう。


「……本当か?」

「うん」

「そう言っておきながら、夏休み明けには小森の周りに美少女だらけに……」

「なるわけないよ。ここは現実、アニメや漫画の世界とは違うよ」

「まあ、それもそうか! とりあえず、花宮さんは皆に優しいから勘違いしないように気を付けろよ」

「う、うん」


 そう言うと、三山君は椅子に座りなおした。


 わざわざ僕のために忠告してくれるとは、三山君はなんと優しいのだろう。

 確かに、気を付けないとな。中学の頃の過ちはもう繰り返さない。


 緩んでいた気を引き締め直して、前を向こうとした時、三山君に肩を叩かれた。


「すまん。……数学の課題教えてくれ」

「あ、うん」

「ありがとう小森……! お前はフレンド・オブ・マイハートだ!!」

「ええ……」


 よく分からないけど三山君に友達認定されたっぽい。


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