神田優希
***<神田視点>***
「それじゃ、またね明人」
「うん、また明日! 神田さん!」
ぶんぶんと私に大きく手を振る小森、いや、明人に小さく手を振り、家に入る。
結局、明人は私の家までついて来た。
「ただいま」
薄暗い家の廊下を通り、リビングの明かりをつけてソファーの上に身体を投げ出す。
そして、スマホの画面を見る。
その連絡先には、家族と新たに追加された小森明人の名前があった。
「えへへ」
思わずにやけてしまう。
友達になった記念で明人と交換した連絡先。
早速メッセージでも送ってみようか?
でも、迷惑かも……。いや、明人ならきっと大丈夫だ。
『今日はありがと。またお昼一緒に食べよ』
「これでいいかな……?」
「優希ちゃん、お帰り~!」
「ひゃっ!」
後ろから突然抱きしめられる。
顔を横に向けると、そこには私の姉の姿があった。
「お、お姉ちゃん!?」
「あれ? 珍しくスマホ開いてどうしたの? ん? 今日はありがと。またお昼一緒に食べよ……はっ! まさか、優希ちゃんに遂に友達が出来たの!?」
姉の言葉に思わず口元が緩む。
そんな私の様子を見て、姉は何故か目に涙を浮かべだした。
「うぅ……よかった……よかったよぉ……。高校一年時に優希ちゃんが高校デビューするって言って髪を染めた時はどうなることかと思ったけど、漸く優希ちゃんの良いところに気付いてくれる人がいたんだね……」
「お、大袈裟でしょ……」
口ではそう言うが、実際のところ私自身ももう諦めかけていた。
中学時代は目つきが悪くて陰気だった。だから、友達も少なくて男子からも女子からも不気味だと言われて距離を置かれていた。
だから、せめて高校ではそんな自分を変えようと見た目を変えた。髪色が明るくなれば私も今どきの女子高生みたいに青春を謳歌できるんじゃないか。
そう思っていたが、そんなことは無かった。
寧ろ不良だという噂が流れ、ますます遠ざかられた。
高校一年生の頃には、何度か私に話しかけてくれる男の子がいた。だけど、同性は愚か異性ともまともに話したことのない私はどう対応していいか分からず、素気ない態度を取ってしまった。
その男の子はクラスの人気者で、私への評判はますます悪くなった。
高校二年からはもう大人しくしようと決めていた。友達が出来ないなら、せめて誰からも嫌われないようにしよう、と。
だけど、そんな私に話しかけてくれる人が現れた。
少し変わってて、私と同じで人づきあいが苦手そうな男の子が。
「ねえねえ、そのお友達って何ていう子なの?」
「……小森明人」
「明人……? ねえ、優希ちゃん。まさかとは思うけど、そのお友達って男の子?」
お姉ちゃんの目つきが途端に鋭くなり、さっきまでの明るい雰囲気が消え去る。
「そ、そうだけど……」
「ふーん。ねえ、優希ちゃん、その小森君になにか変なことされてない? お金を要求されたりとか、後はスキンシップされたりとか」
「明人はそういう奴じゃないし」
「明人!?」
私が明人の名前を読んだ途端、お姉ちゃんの背中から黒いオーラが見え始める。
一体何なんだろうか。
それより、私は明人に送るメッセージを考えることで忙しいんだけど……。
そうだ。お姉ちゃんにどんなメッセージを送るべきか質問すればいい。大学二年生の私のお姉ちゃんは私と違って、何故か友達が多い。
時々、私とお姉ちゃんに血の繋がりが本当にあるのか疑ってしまうくらいだ。
「お姉ちゃん、明人にメッセージ送ろうと思うんだけど、どういうメッセージがいいかな?」
「近寄るなゴミ虫とかでいいんじゃないかな」
「絶対ダメでしょ……」
満面の笑みの姉を見てため息を漏らす。
いくら私がこういう友達とのメッセージのやり取りに慣れていないからって、バカにしすぎだ。
「真剣に考えてよ」
「そ、そんな!? お姉ちゃんは優希ちゃんのことをこんなにも心配してるのに!」
そう言うと、お姉ちゃんはメソメソと泣きまねをし始める。だが、その目から涙は一滴もこぼれたおらず、こちらの方をチラチラと何度も何かを期待するように見つめていた。
こうなったお姉ちゃんはめんどくさい。普段ならかまってあげるのだが、今日の私には明人という友達にメッセージを送るという重要ミッションが残されている。
「やっぱり、さっきの文章でもいいよね」
「ひ、酷い! 友達が出来たらお姉ちゃんを捨てて友達を優先するなんて……!」
「今はそうでしょ。だって、高校で初めての友達だし……」
「ぐぬぬ……! 小森明人、許すまじ……。どういうつもりで優希ちゃんに近づいたのか知らないけど、絶対に化けの皮を剥がしてやるんだから……!」
お姉ちゃんがぼそぼそと小さな声で呟いている姿を横目に、明人に送るメッセージを確認する。
『今日はありがと。明日も一緒にお昼食べよ』
この後に可愛らしいウサギのスタンプでも送れば、多少は文章の寂しさも紛れるだろう。
覚悟を決めて、僅かに震える指先で送信の文字をタップする。すかさず、これまで殆ど出番の無かった、可愛らしいウサギのキャラクターが「これからよろしく!」と言っているスタンプを送信する。
ヒュポッという送信が完了したことを示す音がスマホから鳴る。
返信が来なかったらどうしよう。
ウザイとか思われてないかな?
どんな返信を返してくれるのかな。
不安と期待が一遍に押し寄せて、心臓の鼓動が少し早くなる。
気にしても仕方ないと思いつつテレビを見るが、内容が頭に入ってこない。意味もなく何度もスマホの画面を気にしてしまう。
「そんなにソワソワしちゃって、そんなに楽しみなの?」
「べ、別に楽しみなんかじゃ……ないし」
嘘だ。本当はずっとこういうことに憧れていた。
通知音が何度もなる姉のスマホが羨ましかった。
「でも、相手の用事もあると思うしそんなに返信って早く返ってこないよ……」
ピロン!
私のスマホが通知音を鳴らし、慌てて私はスマホを手に取る。
画面には小森明人の文字。
直ぐに、メッセージアプリを起動し、明人からのメッセージを見る。
『こちらこそよろしく。ウサギのスタンプ凄くかわいいね! 流石神田さん!』
そのメッセージの後には目を輝かせたペンギンのキャラクターが「かわいい!」と言っているスタンプが送られてきていた。
見え見えのお世辞のようにも見えるそのメッセージに思わず頬が緩む。
明人の言葉には裏がない。今もきっと本気でそう思っているから言っているのだろう。
「返信もう返って来たの!? お、お姉ちゃんにも見せて!」
起き上ったお姉ちゃんが肩口からスマホの画面をのぞき込む。
「……何か、そこまで悪い人じゃなさそうだね」
「そうだよ。明人はその辺のやつらとは違うから」
「な、何その私だけは知ってます感! やっぱり小森明人は悪い奴だよ!」
キーッとどこからか取り出したハンカチを噛むお姉ちゃん。
その姿を見て、ため息を吐きつつスマホの画面に向ける。
高校に入ってから、全く上手くいかなかった。
変わりたいと思っても勇気が出なかった。勇気を出して誰かに話しかけても怖がられた。会話も大して続かなかった。
そんな自分に嫌気がさして、学校にも行くのも嫌だったけど、両親を悲しませたくなくて我慢していき続けた。
でも、そんな日々が明人に出会って変わる気がした。
「ありがとう」
いつかこの言葉を直接伝えよう。そう思いながら、高校で初めての友達である明人とのトーク画面を一撫でした。
「…………よかったね、優希ちゃん。でも、小森明人が本当に無害な人間かだけは確かめないと」
妹の幸せそうな笑顔を見て、姉の神田美月は微笑む。そして、妹の友達になったという男が妹を傷つけるような悪質の輩でないか確認することを誓った。
ありがとうございます!