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神田さんのお姉ちゃん

 土曜日の朝。

 いつもより早く目が覚めた僕は鏡で髪を整え、早々に家を出る準備を済ませていた。

 流石に今から家を出ると、集合場所に着くのが約束の時間の一時間前とかになってしまう。

 流石にそれは早すぎるだろう。あんまり早くついても神田さんにそれがバレた時に気を遣わせてしまうかもしれない。

 もう少しだけ家で時間を潰してから出よう。


「お兄ちゃん、珍しいね。今日出かけるの?」


 そわそわしながらリビングでテレビを見ていると、妹の朱音に声をかけられる。

 朱音は寝起きなのかまだパジャマで目をこすっていた。

 妹の朱音は僕が言うのもなんだが、平凡な見た目だ。

 ただ、僕のような兄を兄として慕ってくれる素晴らしい妹である。友達もそれなりにいるらしく、僕としては妹が自分と同じような道を歩まなかったことに心底安心している。


「うん。ちょっとね」

「ふーん。またアニメのグッズとか買いに行くの? なら、お金は出すからついでにあれも買ってよ。お兄ちゃんが途中まで買ってた少女漫画」

「いいけど、そんなに気に入ったの?」

「うん」


 朱音は兄である僕の影響がでかいのだろうが、僕から借りて漫画をよく読む。

 中には、僕が途中で買うのをやめてしまった漫画の続きを朱音が買う時もあるくらいだ。


「でも、珍しいね」

「なにが?」

「お兄ちゃん、珍しく髪整えてるでしょ。普段なら寝癖だけ直して終わりじゃん。もしかして今日は一人じゃなかったりして」

「……」

「え? なにその無言。まさか本当に一人じゃないの?」


 朱音の追及に静かに首を縦に振る。

 すると、朱音は眠そうな目を僅かに見開いた。


「本当に?」

「うん」

「ふーん。その人の名前は?」

「神田さん」

「神田……さん? もしかして女性なの?」


 そこで朱音の目つきが鋭くなる。

 僕の過去を知っている身としては僕が女性と関わることを警戒するのも仕方ない。

 だが、神田さんは心優しい女の子である。朱音の心配するようなことはないはずだ。


「そうだけど、神田さんは優しくていい人だから大丈夫だよ」

「それ、お兄ちゃんが中学生の時にも聞いた」

「うっ」


 朱音の一言に苦い記憶が蘇る。

 そう。あれは中学二年生の冬。下駄箱に入っていた「あなたが好きです。土曜日の昼に駅前で待ってます」という紙が全ての原因だった。

 宛名に書かれていたのは席が近くて比較的僕と話すことも多かったクラスの女の子。

 浮かれまくっていた僕は万全の準備を整えて待ち合わせ場所へ向かった。だが、駅前にその女の子が現れることは無かった。

 それから僕はクラスで孤立し始めた。

 後から分かったことだが、僕が仲良くしていた女の子を好きだった男が僕に嫉妬して、僕に悪戯を仕掛けたり、僕の悪評を流していたらしい。


「あの時、雪も降ってる中お兄ちゃんを迎えに行って、次の日風邪ひいたお兄ちゃんを看病したの誰だっけ?」

「あの時は本当にすいませんでした」

「謝罪はいらない。で、今度の神田さんって人は大丈夫なの?」

「うん。今回はちゃんと神田さん本人から誘われたし、こうしてメールも来てる」


 スマホを取り出し、妹に証拠のメールを見せる。

 メールを見ても妹は半信半疑と言った様子だったが、一先ずは納得してくれたらしい。


「まあ、それなら大丈夫かな。とりあえず気を付けてね」

「うん」


 妹と話している内に少しだけ時間が経っていた。

 それでも約束の十二時まではまだ一時間もある。ここから集合場所の駅は三十分もあればつく。

 少し早いけど、まあいっか。


 遅刻は問題だが、早く着く分には大丈夫だろう。

 ショルダーバッグを肩にかけ、僕は家を出た。


 予想通り、三十分前には駅に着いた。

 だが、予想外なことが二つあった。

 一つ目、神田さんが既に駅前にいること。黒のスキニーパンツに白のTシャツの上からはジャケットを羽織っている。

 スタイルの良さも相まって、かなりさまになっている。


 二つ目。

 神田さんの隣に僕の知らない女性がいる。


「神田さん、ごめん、待たせちゃったよね?」

「明人。大丈夫。私も今来たところだから」


 どうやら神田さんはそこまで待っていないようだ。

 それならよかっ――。


「優希ちゃんは集合時間の一時間前には来てたよ。だから、君は可愛い可愛い優希ちゃんを三十分も待たせたことになるね」


 一安心したのも束の間。

 神田さんの隣にいた神田さんと似ている格好をした女性が鋭い視線を僕に向けてくる。


 バ、バカな……僕が来るよりずっと前にいたなんて……!


「お姉ちゃん! 余計なこと言わないで」


 神田さんが依然として僕を鋭く睨んでいる女性に不満気にそう言った。


 お姉ちゃん? この女性は神田さんのお姉さんなんだろうか?

 言われてみれば確かに口元とかが似ている気がする。


「いーや、言わせてもらうよ。小森明人、君は優希ちゃんを待たせた。これがどういうことか理解してるの?」


 神田さんの言葉を受けて尚、平然とした様子でお姉さんはそう言った。


「神田さんの貴重な時間を奪ってしまったということです……」

「全然違う。優希ちゃんが認めているからどんなものかと思ったけど、大したことないじゃん。優希ちゃん、こんな優希ちゃんのことを何も分かっていない奴放っておいて、私と買い物行こう」


 お姉さんはそう言うと身を翻し、神田さんの手を握る。


 お姉さんの言う通りだ。僕は神田さんのことを何も分かっていない。

 だけど、ここで引くつもりもない。


「それでも、僕は神田さんのことを大切な友人だと思ってます!!」


 僕の一言にお姉さんが足を止める。

 そして、ゆっくりと僕に視線を向ける。


「へぇ……そんなに言うならチャンスをあげる。優希ちゃんの可愛いところを十秒以内に五つ言ってみなよ」


 お姉さんは試すような目を僕に向けながら一、と数を数え始める。


 か、神田さんの可愛いところを五つ……なんだ、それだけのことか。

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