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お誘い

 過去の行いを後悔している内に時は流れ、気付けば放課後。


「あれ? 明人君、今からお弁当食べるの?」


 残っているお弁当を食べるべく、鞄の中から弁当箱を取り出すと、隣の席の花宮さんに声をかけられる。


「うん。お昼に食べそびれちゃってね」

「そうなんだ」

「花宮さんは、今から部活?」

「うん! 今年は全国大会目指してるんだ」


 ラケットを掲げて笑顔を浮かべる花宮さん。

 確か、花宮さんは一年生の頃から団体戦のメンバーに選ばれるくらいの実力者なんだっけ。

 勉強も出来るし、正に文武両道だ。高校生活を満喫している高校生って感じだなぁ。


「やっぱり花宮さんは凄いなぁ。頑張ってね! 僕、応援してるよ」

「……うん! ありがとね!」


 一瞬、花宮さんの笑顔に違和感を感じた。でも、それはほんの一瞬で、気のせいだと言われればその一言で捨て去ることができる程度のものだった。


 同じテニス部と思われるクラスメイトと教室を出て行く花宮さんを見送ってから僕はお弁当を黙々と食べ進める。

 お弁当を食べ終えた頃には、教室には僕と、自習をしている生徒が二人、それと神田さんが残っていた。

 神田さんが僕を見てから席を立ち、こっちに近づいてくる。そこで、僕は昼休みのことを思い出してあたふたしていた。


「あ、明人」


 あたふたする僕に対して、神田さんがどこか緊張した面持ちでそう言った。


「明日、空いてる?」


 明日……?

 明日は土曜日、休日である。


「うん、空いてるけど……」

「な、なら……一緒に遊びに行かない?」

「ぼ、僕と二人で?」

「うん。無理にとは言わないんだけどさ」

「いやいや! 行く! 行くよ! 絶対に行く!」


 首を縦に大きく振る。

 僕の返事を聞いた神田さんは安堵の表情を浮かべていた。


「それじゃ集合時間とかは、後から送るね。……また明日」


 小さく手を振る神田さんに手を振り返す。

 休日に誰かと遊びに行くなんていつ以来だろう。

 こうしちゃいられない。明日着ていく服あるか、急いで家に帰って確かめなきゃ……!


 慌てて鞄に荷物を詰め込み、夕陽が差し込む教室から僕は急いで出て行った。



********



 さ、誘った。

 誘ってしまった。


 家に着いた私は身体をリビングのソファに投げ出し、足をばたつかせる。


「……かっこよかったな」


 スマホの画面を撫でながら思い出すのは今日の昼休みのこと。

 席替えをして、明人と離れてしまった。

 新しく隣の席になった人は、明人とは違って私に話しかけてくることは無かった。

 その反応に、改めて自分の立場を痛感することとなった。

 やることが無くなって、自然と明人の席に目が向かう。明人は花宮さんや後ろの席の男子と何やら楽しそうに話をしていた。


 ズキリと胸が痛んで、モヤモヤとした言いようのない感情に胸が支配されていった。

 

 いつもよりも授業の時間が長く感じて、明人と話せる昼休みが待ち遠しかった。

 そして、やっと来た昼休み。

 明人は後ろの席の男子に昼ご飯を誘われていた。


 数日前までずっと隣にいて、一緒に過ごしていた明人が途端に離れた場所にいるように見えた。


「今日は無し」


 明人にそれだけ伝えて、表情が見られないように教室を出て行った。

 久しぶりに一人で食べるお弁当は味気が無くて、屋上に続く階段もいつもより暗く、寒く感じた。


「……これで、いいよね」


 ポツリと呟いた。

 友達の幸せを願う。それが、友達だ。

 なら、私は明人のために身を引く。


 もし、私も明人がいるあの輪に入れたら……。


「バッカみたい……。無理でしょ。私なんかじゃ、無理」


 私は、折角花宮さんが話しかけてきても、緊張でまともに話せないどころか、表情が強張って花宮さんを傷つけてしまうほどコミュケーションが下手だ。

 明人がたまに関わってくれるだけで私は幸せだ。

 だから、これ以上を求めちゃいけない。私が明人の交友関係の邪魔なんて絶対にしちゃいけない。


 目頭が熱くなり、唇をかみしめる。


「神田さん!」


 そんな時だった。明人が私の前に現れたのは。

 額に汗を滲ませて、荒い呼吸をしながら、私の下にやって来た。


 イケメンじゃない。男らしさもそこまでない。運動神経がいいわけでもないし、勉強だって私の方が出来る。

 でも、小森明人は私にとってたった一人のかけがえのない――。



「優希ちゃん? 何ニヤニヤしてるの?」


 突然、お姉ちゃんの声が頭上から聞こえて、意識を引き戻される。


「お、お姉ちゃん? いつからいたの?」

「さっき帰って来たんだよー。ところで、なんでニヤニヤしてたの? はっ! まさか、小森明人!?」


 お姉ちゃんの一言に肩がビクッと震え、顔が熱くなる。


「や、やっぱり小森明人なんだ……! 今度は何されたの!? 手を繋ぐ!? それとも、もしかしてキス!?」

「な、何もされてな――あ」

「あってなに!? まさか、本当にキスを……? 付き合ってもない若い男女が……?」

「ち、違うから! キスじゃない。うん、そう。あれはキスじゃないから」


 そうだ。あれはキスなんかじゃない。

 一般的な高校生ならきっと誰でも当たり前にやる、箸の共有だ。箸が一つしかなかったから、仕方ないことだ。

 いやらしい気持ちなんて一切ない。


「なにそれ? どういうこと? 優希ちゃん、詳しく教えてくれるよね?」


 ずいっと顔を寄せてくるお姉ちゃん。

 心配してくれるのはありがたいが、掘り返さないでほしい。


「お、お姉ちゃんには関係ないから。じゃあ、私自分の部屋戻るから」

「優希ちゃん! ちょっとお姉ちゃんと男女の関係についてお話を――」


 まだ何か言っているお姉ちゃんを置いて、鞄を持ってリビングを出る。

 自分の部屋に上がり、鞄の中からお弁当箱を取り出す。


 あの時は恥ずかしくてお弁当を残してしまったけど、お母さんが忙しい中早起きして作ってくれたものだ。

 残すのはよくない。


 箸入れから箸を取り出し、お弁当の箱を空ける。残っているのは卵焼きが一つと、肉団子が一つだけ。

 深呼吸を一つして、卵焼き、続いて肉団子を箸でつまんで口に入れる。


 うん。美味しい。

 何の変哲もないいつも通りの味だ。


 心臓の鼓動がいつもより少しだけ大きく聞こえることだけを除けば。



*******



 神田美希は机に肘を置き、自室で考え事をしていた。


「小森、明人……」


 机の上には打倒・小森明人と書かれた紙が一枚置いてある。

 神田美希はシスコンである。妹の神田優希の幸せをいつも願っている。


 幸せを願っているなら、妹が選んだ友達の一人や二人認めてあげるべきだ。


 そんな意見が聞こえてきそうだが、美希はその意見にはっきりとノーを突きつけるだろう。

 幸せを願うからこそ安易に認めてはいけないのだ。

 もしも小森明人が優希の身体を狙う厭らしい獣の如き男だった時、今の小森明人に心を許している優希ではいとも容易く小森明人の毒牙にかかるだろう。


「それだけは絶対にダメ」


 美希は妹の優希が苦しんできた過去を知っている。コミュニケーションがうまく取れず、人間関係で傷ついたことがあることも知っている。

 だからこそ、もう傷ついて欲しくは無いのだ。


「やっぱり、一度優希ちゃんの高校に向かって小森明人の様子を伺うしか……」


 悩み苦しむ美希の部屋の扉が不意に開く。

 部屋の中に姿を現したのは、どこか気まずそうな顔をした優希だった。


「優希ちゃん? どうしたの? 一緒にお風呂入りたいの?」

「それだけはないから」

「そんな……!?」


 優希の言葉にショックを受けたような表情を浮かべ、落ち込んだふりをする美希。

 その様子を優希はジト目で見つめていた。


「んんっ。じゃあ、他になにか用事があるの?」

「うん。その、明日明人と遊びに行くんだけど、服どれがいいのか分かんなくなったから、一緒に選んでくれない?」

「うんうん。誰と遊びに行くって?」

「明人」


 僅かな静寂の後、美希は立ち上がる。


「ムキィイイイイ!!」


 美希の奇声に優希がビクッと身体を縮こまらせた。

 その様子を見て、やっぱりお姉ちゃんに相談するんじゃなかった、と優希は後悔しながらため息をついた。


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