第五話
「ところで、あの埋めたものたちの……体は、食われない方がやはり良いのかね?」
死体、あるいは遺体とでも言おうとして言い淀んだものか、少し奇妙な間をあけつつ猫が問う。しかし
「いえ、送ってしまえば、残った体は土へ帰るものですから……」
それは旅の最中に死んでしまったもの達を送らねばならない側の、気持ちを切り替える現実的な風習だったのかもしれない。
「であれば、そっとここを立ち去ろうかねぇ。食事の邪魔さえしなければ、アレもこちらにまでは出てこない、そんな気がするね」
「気がする、ですか?」
「ネコの勘ってやつかな。じゃあ、出来るだけ音を立てずに行こうかね」
そう言いつつ猫は傘の先で地面を軽く小突いた。薄い光の膜が地面に沿って広がる。
「これで足音が小さくなるはずだけどねぇ」
「不思議な魔法を使うのね」
少女が身を乗り出し、目を丸くする。
「まあ、気休めみたいなもんだけどな」
傘も小声で言う。そして二人はほとんど音を立てずに歩き出した。その後ろから咀嚼温が聞こえてくる。猫が少女の後ろにすっと移動して、傘を斜めにさした。
「あっ……その、ありがとうございます」
音が聞こえなくなったのに気づいた少女が、猫の方をふりかえった。
「お日様が眩しいねぇ。こう眩しくっちゃ、晴れてても傘がいるねぇ」
「家に帰るわけにはいかないのかね?」
「一応、使者としての意味合いもあるので、やめて帰るというわけにもいかなくて……」
「ふむ……」
猫が何かを考えながらヒゲを捻っている。
「あ、それにですね、ここまで来ちゃうと、先に進む方が早いんですよ」
少女はあっけらかんと言ったが、猫は少し難しい顔になっていた。
「なあ」
黙り込んだ猫に代わって、傘が声を上げた。
「嬢ちゃんは、それなりの立場だってことだよな。だから専用の馬車を用意してもらってたし、護衛もついていた」
「はい」
「にもかかわらず、賊は無傷で、護衛は全員倒されてた、ってことなんだよねぇ……」
猫の顔は少ししかめられたままだ。
「護衛が弱かったってこたぁないだろう。野盗にやられて死んでこい、みたいな仕事を受ける奴ぁいねぇだろうしな」
いくら金払いが良くても、腕に自信がなければ護衛の仕事なんか受けるものはいない。また、他に集められたものが自分よりあまりに弱そうならやはりその仕事は断ることが多い。生き残れるかどうかに直結するからだ。
「そりゃそうだねぇ……ただ、そうなると、賊があり得ないほど強かった、ってことになるんだよねぇ」
「嬢ちゃん、そのへんの盗賊だの何だのって輩は、よく魔法を使うのかい?」
「襲われたのは初めてですので、よくわかりません。でも、あまり聞いたことはありませんね……」
少女も少し困った顔になる。しかし猫はパンと手をたたくと、声のトーンを明るく変えて言った。
「まあ、もしそういうことなら、また襲撃があるだろうさ。そのときふんじばって聞いてみようじゃないか。考え過ぎならそれはそれで、別に悪いことでもないしねぇ」