第四話
猫は賊の体を一通り改めたが多少の小銭の他は大した物を身に付けていなかった。仕方なく小銭だけ回収すると少女の方に振り返り問う。
「それで、賊の方はどうするかね?」
「あの……そのままでもいいんですけど……もしよかったら……」
「ああ、すまないかったね、穴をもっと掘った方が良かったかな」
それを聞くと少女はぶんぶんと頭を振って
「それはだめです!そうじゃなくて……その人たちは、そのままでもいいんですが、できれば森の中に投げ込んでおくと、道に動物や魔物が食べに出てこないので……」
「ああなるほど、そういうことかい。いいさ、ついでだから投げ込んでおくよ」
「とかいってまた……」
「よくわかってるじゃないか」
そう言うと傘をビリヤードのように構えた。
「ま、頼むよ」
片目を瞑る猫。そのまま傘を突くと死体は勢い良く森へと飛んでいく。それを繰り返すと道の上はきれいに片付いた。
「ちょっと待ってくださいね」
そう言うと少女は護衛を埋めて貰った方に向き直り、左手で拳を作ると右手をそれにのせ、目を閉じた。
「茶壺に蓋をしたような手だが、こちらではああして送るのかね」
小声で傘に話しかける猫だったが、もちろん傘も知るわけが無く。とりあえず同じような手の形をして同じように目を瞑ってみた。少しすると少女が動く気配がするので猫も目を開ける。
「あなたも祈ってくれたんですね。ありがとう」
「祈ったというかまあ……まあ、そうだねぇ」
何と言っていいかわからず曖昧な返事をする猫。人の中で生きるあやかしは、せめて人のまねをして送るのだと言っていたのは誰だったか。猫の遠い記憶が、輪郭はぼやけたまま甘さと痛みを呼び起こす。
「化け物は祈ったりしないんだぜ」
傘が悪ぶった口調でそう言うのを、猫は別の何かの声で聞いたような気がした。
「森に投げ込んでもらったとはいえ、何かが寄ってくる前にここを離れましょうか」
そう少女は言うが、猫は動かずに森の方をじっと見ている。
「野のケモノは敏いからねぇ。にしてもあんな大きなモノが森の中をえらく軽やかに動くじゃないか」
森の中の何かが猫には見えているらしい。しかし何か動いている様子があるわけでもなく、風もないため葉の擦れる音もしない。
「何か、いるんでしょうか……?」
少女の目には、平和な道と平和な森に見えている。もっとも、先刻賊に襲われたばかりで、動かない馬車は今もそこにあるわけで、決して平和と呼べるような環境ではないことは勿論少女にもわかっている。ただ、空は青く高く、周囲からは物音一つしないその状況は危険を感じるにはいささか静かすぎた。いや、そこで少女も気づく。静かすぎるのだ。風が無くても、生き物の動きは無くならない。こんなに天気のいい日に、こんなに静かな森があって良いはずがない。
「……いるんですね……」
「この辺の生き物のことはわからないから、何がとは言えないんだけど、いるねぇ……こちらを気にして、食事がはじめられないみたいだね」