第二話
「何を言ってるのかはわからんがな」
頭を小突かれた男が立ち上がり
「後悔させてやる」
そう言って馬車の近くにいた小柄な男に目配せする。
「……」
奥にいた小柄な男が何かをつぶやくと、賊たちの体が昼間でもわかる程度にぼんやりと光を放ち始めた。
「不思議なからくりだが……生身ではないのかな」
「いやぁ、あれはどちらかというと妖術の類じゃねえかな」
「かかれ!」
どうやら小突かれた男がリーダーらしく、彼の号令で四人が同時に、人間離れしたスピードで襲いかかる。
「悪くないんだけどねぇ」
その四人を刀の一振りでまとめて斬り伏せながら、脇差しが後ろから襲いかかっていたリーダーを貫く。
「まさか……」
それだけ言ってリーダーも崩折れた。さっきまで手に持っていたはずの傘はすでに猫のもとには無く。
「いきなり投げるなっていつも言ってるだろ」
猫の手を放れた傘は術者らしい男を昏倒させていた。
「しかし、見た目で男だ女だと判別のつく外見をした人間というのも、なかなかに新鮮じゃないかい」
猫が傘を拾いながら言う。
「で、これはトドメ刺さなくていいのか?」
物騒なことを言う和傘である。
「うまく行けば馬の代わりになるんじゃないかと思ってね」
そう言いながら馬車の厳重なドアをノックする。
「もう開けても大丈夫ですの?」
「今のところは、かねぇ」
「どうせ信じるしかないのですわ」
そう言うと中から女性……というか、女の子が降りてきた。猫の目にも、華美でこそないが丁寧な仕立ての服であることくらいはわかる。周囲を見回し、
「……本当にみんな亡くなってしまったのですね……」
少し目を伏せた後、しかし少女は気丈にも
「御者も馬もいないのでは、歩くしかありませんか」
拳を握りしめながらそう言った。
「ちょっと待ってもらえるかねぇ」
猫はそう言うと、昏倒している男に近づいて
「ほら、起きるんだよ」
蹴った。蹴った後腕をつかんで引きずり起こした。
「別に寝てるわけじゃない」
「死んでなけりゃ何でもいいんだよ」
そう言うと、猫はざっくりとやらせたいことを説明する。要は、魔法で馬のいない馬車を動かせないか、という事なのだが。
「魔法はそんなに便利なものではない」
賊の男は無すっとしたまま答えた。
「術を編み、魔力を流し、力ある言葉で……」
「ああ、わかった」
そう言ったときにはもう男の胸に刀が吸い込まれていた。
「妖術も案外不便なんだねぇ」
「すまないねぇ、せっかく待って貰ったのに」
猫が刀を振って鞘に納めながら戻ってくる。心なしかそのヒゲに勢いがないようにも見える。
「なんでも、魔法?というのでは、馬車を動かすような事は出来ないらしいねぇ」
「そりゃそうですよ、魔法っていうのはですねぇ……」
殺した男から聞いた話をまた聞かされそうになり、猫のヒゲがさらに力をなくす。
「ああ、それはあの男に聞いたから大丈夫だよ」
「そうだ、その人のことですが、その……」
チラチラと猫の方を見る少女。その視線に
「ああ、殺す必要はなかった、か?」
何かを咎めているのかと思いついそう反応した猫だったが
「いえ、そうではなくてですね……」
意外にも少女が気にしていたのは殺しではなく
「持ち物を調べたりしないのかな、と思って」