プロローグ
運命はさながら神が投じたサイコロの出た目に左右される。
チンチロリン
チロチロ
チロ
コロン
耳障りの良い高音が耳に届く。
そお高音に併せて俺の心臓はドクンドクンといい音を奏でる。
最高潮。
そんな些細な音が聞こえる程、俺の緊張感は高まり、その一方で心は冷静を保っていた。
さながら一つの波もない凪いだ海の様に静かに。
俺はこの一瞬が堪らなく好きだ、狂おしい程にシンプルで、ただ己の運という不安定で不確定な物に己の人生を賭ける。
ギャンブル
その大罪に手を染めるかのような黒く濁った、しかし甘美な興奮が、脳内に最高の快感をもたらす。
この状況下というのに俺の下半身は直立を憚れるほどに駆り立てられている。
結果などはただの副産物だ、勝てればそれでいい。
負けても、、、また。
賭ける物さえあれば、何度でもこの興奮を味わう事は可能だ。
だけど、やはり駄目だな、勝たなければ意味が無い。
「フォッフォッフォ」
まるで漫画に出て来る仙人の様な好々爺然とした態度の老人は長く伸びた白い髭を何度も上下に触りながら、髭と同じく、長く伸びた眉毛の下に隠された目を此方に向けている。
老人が胡座をかいた畳敷の和室?
に今は、この老人と俺の二人きり、家具は無く、この部屋には俺と老人とお椀と二つのサイコロだけ。
「偶数。
お主の世界では丁と言ったかのう。
先ずは儂の勝ちじゃな」
老人がベロっと舌を出し、舌舐めずりをしながら右手でバチンバチンと自分の膝を打つ。
その老人の風貌はとても好々爺とは思えない、博打うちという名称が良く似合う格好になっていた。
「ふぅ〜、、あんたも食わせもんだな、最初に名乗った時とはもう別人じゃないか?
神様」
「フォッフォッフォ、神といっても、娯楽に飢えておるからの、、、このような提案をしたのは、何千年とここの担当をしておるが、お主が初めてじゃわい。
皆、事務的に自分の死を受け入れ、儂の裁量で新たな世界に少しの才能と財を持って転生する。
じゃがお主は儂に勝負を挑んだ。」
「ああ、三回勝負」
「お主が負ければ異世界で奴隷堕ち。
死よりも辛い人生をお主は自分の寿命を全うするまで続けなければならない。
此処に来た者全員に神の加護を与えるからお主は自らの意思で死ぬ事も許されぬ、神の加護もそうなればもう呪いじゃな。
拷問の様な日々を一生とは、、、
常人では決して思いもつかぬだろうて。
お主ネジが一本、嫌、二、三本飛んどるんじゃないのか?
フォフォフォ
それ故に、儂もこの賭け勝負を受けたんじゃがな。
どうする、次に儂が勝てば、お主の奴隷堕ちは確定じゃぞ」
「続けるに決まってるさ。
もう賭けは始まった。
途中退場は俺の主義に反する。
それに、、、おさまりが効かないんですよ、俺のココの」
俺はボンっボンっと胸を叩く。
「フォッフォッフォ
熱いの、、。
で確認じゃが、お主が勝った場合」
「ああ、付与される能力の選択権及び、、転生では無く、若い身体と常人を超えた身体能力を持つ身体への転移。」
「うむ。
流石に不老不死とはいかんがそれ相応の身体を用意しよう、年齢は、お主の28という年齢より若ければそれでいいのか?」
「16、、嫌、18、俺の世界での節目の歳でいい、それだけ若返れるならそうしてくれ。」
老人は少し髭を触ると、此方からは見えない瞳で俺をじっと見つめる。
「問題ない、じゃがお主、本当に冷静じゃな、普通、この様な提案をする者なぞおらんと先程も言ったが、
本当に儂が神と知っても、少しの物怖じせんとはな。」
「ただのポーカーフェイスだよ」
「フォッフォッフォ
そう言うことにしておくかのぉ」
老人はそういうと、ニヤリとまた口角をあげる
「二投目じゃ」
「・・・・・・丁」
「ふぉっふぉっふぉ、では儂は半じゃな」
老人の手から二つのサイコロがフワッと投げられる。
お椀の中でサイコロはぶつかり合い、クルクルと回転し、スルスルスルッと止まり、4と6合わせて10を示した。
「ふむ、、、偶数じゃな。」
「・・・・よし」
思わず声は出てしまったが、気を引き締めガッツポーズは心の中で決めた。
あと一度。
つーっとこめかみの辺りに汗が伝うのを感じる。
熱が下半身に集中していく。
おかげで冷静を保てているが、次の結果如何では果ててしまうのではないかと、危惧する勢いである。
自分の人生がかかるとかからないでは、こうまで賭けでの高揚感も変化するんだなとしみじみ思う。
「フォッフォッフォ
儂の負けじゃな。
神である儂が負ける。
初めてとは何とも新鮮で。
フォフォ
嫌な気分じゃわい。」
部屋?
全体にピキッとヒビの生えるような感覚、それに室温が異様に低下したのがわかるような変化。
上半身に鳥肌が立つ。
吐く息も白みがかった。
「いやぁ、まいったわい、ちと難儀じゃの、儂が願えば大概の事は叶ってしまう。
しかも此処は天界、結界を張っておるから神の威光は無効になるとはいえ、儂とお主ではステータスの部分で雲泥の差があり過ぎる。
それをトントンにするのも一苦労なのじゃぞ」
「気を遣わせて済まないな」
「それが傷心の老人に掛ける言葉とは、、。
くくく
面白い。
どうじゃ、最後の一投、嫌、新たな世界での生活はお主自身で決めてみんか?」
そういって老人は俺にサイコロを差し出した。
その時俺は初めて老人の瞳を見る事になる。
深淵、老人の目は白眼はなく、黒よりも黒い、漆黒だった。
まるで見る者の魂を吸い込んでしまいそうな、強い引力を感じさせる。
俺はその瞳を見て神に反するそんざいである悪魔を想像してしまった。
差し出されたサイコロはさながら禁断の果実。
食べれば、膨大な知識を得ることが出来る。
しかし、俺は代償に、差し出されたあの手に何を乗っければいい?
「フォッフォッフォ
やはり人間には荷が重いかの?」
「ふぅ〜」
息を吐き、神に向かう。
「振ろう」
俺はそう言うと、神の手のひらに乗った二つのサイコロを受け取る。
両手の手のひらを合わせ、その中でサイコロを振るうと俺の手のひらのなかに作った空間の中でカツンカツンと音を鳴らす。
「ふぅ〜」
俺はもう一度息を吐くと、そのまま、サイコロをお椀の中に投じた。