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黒の宝石

作者: 化猫


 今日も退屈な一日が始まる。目に入る光に忌々し気に目をつむった。

 私の世界は、この金ピカの檻の中だけ。手足には細かく彫刻の入った枷が付けられ、動くたびにジャラジャラと主張する。


 スッカリ足よりも長くなった髪は黒く艶やかに光を反射している。閉じた黒い目は宝石のようだ。

 閉じ込められてから、もう4年。健康的に焼けていた肌も白くなり、髪の黒と肌の白が素晴らしいコントラストになっている。


 朝食を運んで来た使用人をチラリと見て直ぐに閉ざされる。

 朝食は、パンにフルーツが出された。しかし、その紅い唇は開くこと無く、視線もやらない。

 まるで、死を望むようにここ三日水以外口に入れていない。


 ここの主人は、自分の一番のお気に入りが痩せ細っていく姿に心を痛めている。

 その姿に清々すると思っているサジェリーナとの間に絆がないことは明白だ。当然4年間も自分を無理やり閉じ込められているのだ。情など湧きようもない。


「...退屈だわ」

「ほう、これは良い女だな。花を持ってくるべきだったな」


 サジェリーナは自分の呟きに反応が帰ってくるとは思ってもなかった。使用人達はいつもの仕事を終えると、さっさとここから出ていく。午前中に誰かが入ってくることはないはずだ。

 しかし、生を諦めつつあるサジェリーナにとって来訪者が何であれ関係の無いことだ。


「誰?」

「初めまして、黒の宝石。名を名乗るほどのものではありませんのでご容赦を」


 サジェリーナの檻の外には、背の高い男が立っていた。使用人の服を纏ってはいるが、こんな男見たことはない。それにその纏うオーラは他者を従える者で、従う者ではない。


 突然見知らぬ男が入ってきたにも関わらず、サジェリーナは堂々とこの変な男に話しかける。


 サジェリーナが変な男と感想を持つのは無理もないほど、使用人の服が似合っていない。

 その男は顔立ちも整っていて、胸板も厚い。騎士と言われても納得出来る。髪はどこにでもいるくすんだ金髪に特徴的な紫の瞳。明らかにチグハグしている男に呆れたような目を向けた。


「此処に良く潜り込めたわね。明らかに貴方じゃ使用人は無理よ」

「手厳しい評価だな。宝石と言うよりも薔薇か。そのトゲがより貴女の美しさを増している」

「私が薔薇だって言うのなら、こんな退屈なところ、さっさと枯れて二度と咲いてやらないんだから」


 手を持ち上げ、男に向けて鎖をアピールするようにジャラジャラと鳴らしてみせる。男の表情は、ポーカーフェイスで読めない。


「無粋な鎖だな。俺なら真珠のブレスレットに首飾り。足には金の飾りで飾ろうか」

「中々の口説き文句ね。心が動かされそうだわ」

「こんな美女に誉められるとは光栄の極みだ。時間が無いことが惜しまれる」


 本当に残念そうな顔を作る男に久しぶりに笑みが浮かぶ。

 こんな軽口をたたいたのは、いつぶりだったかしら。いつも主人はニヤニヤと眺めながら、酒を飲むばかり、使用人は目にも入れたくないとばかりにそそくさと出ていく。


「そうなの。私も残念に思うわ。お帰りの際は、庭に放たれている犬にお気をつけてね。ヤンチャだと聞いているわ」

「ご忠告に感謝申し上げる。では、騒がれる前に失礼しよう。では、また。夜の薔薇」

「ええ、お会いできたら嬉しいわ」


 男は、ヒラリと服を翻し、来たとき同様一切音を立てずに窓から出ていった。より使用人らしくない帰りにユルユルと手を振って見送った。


 たった五分とも言えない間だが、退屈を持て余しているサジェリーナにとって、甘美な美酒だ。その僅かに垂らされたそれに皿に乗ったままだった葡萄を一粒つまむ。皮を取り出し、口にあふれる葡萄の蜜を楽しむ。


「今日は美味しいわね」



 サジェリーナは、この時本当に次があるだなんて思ってもみなかった。次の日も現れた男に大層驚くこととなった。


「貴方今日も来たの?物好きな蝶ね。こんなところで、咲いている薔薇なんかに寄って来たってどうしようもないでしょう。それに、貴方なら花の方からやってきそうだわ」

「俺にとって薔薇は特別でね。夜の薔薇ほど珍しいものは他にはない。それに、とある国では男が女に許されるまでプレゼントを持って通うそうだ」

「私と貴方じゃそんな甘酸っぱい関係になんてならないでしょう?」


 今日は、前とは違い庭師の格好をしている。頭はタオルを巻いている。汚れても良いような格好で肩まで裾をまくっている。二の腕には、サジェリーナには絶対付かない筋肉がついていて太い。主人のだらしない体格とは雲泥の差だ。常日頃から鍛えているのだろう。


「そんな連れないことを言わないでくれ。今日はこれを持ってきたんだ」


 男の手の中にあるのは、小瓶が握られていた。檻の隙間から手を伸ばし受けとる。中は、光に煌めく黄金の液体が入っていた。蓋を開けると甘い香りが漂ってくる。


「これは何に使うのかしら。初めて見るわ。」

「手に少し垂らして食べてみてくれ。」

「あら、食べ物だったの。きれいな食べ物なのね。」


 サジェリーナは言われた通り、掌に垂らし舐める。舌に優しい甘みが広がる。微かに薔薇の香りもした。


「甘くて美味しいわ。ありがとう」

「それは栄養かも高い。全く食べないよりはましだろう」

「フフお気遣い嬉しいわ。それにこのサイズなら隠しやすいでしょう」


 今日も言葉を少し交わすと、男は窓から帰っていく。サジェリーナは手を振り、見送る。


 そんな密かな逢瀬が続いた夜、男が出ていった窓からは白い月がボンヤリと浮かんでいた。サジェリーナはいつも寝ている時間にもかかわらず、目が冴えてしまって眠ることができない。


「原因は分かっているのよね。全くあの男は何時まで此処に通うのかしら。」


 諦めていた思いが蓋を緩むと共にこぼれ落ちる。

 筋肉が落ちた足、日焼けすることの無い肌。それを見るたびに、此処に繋がれている年月が長いことを改めて認識させられる。


「あの男が此処から拐ってくれれば良いのに。」


 ポロリと口から出た内容に嘲るように笑みを深める。自分から此処を出ていこうと努力しないやつが何を言っているんだ。自虐的な思いが胸をグチャグチャにする。その中でも、一度宿った思いはもはや消しようがない。

 ジワリとこの胸を暖める思いに誤魔化すのは限界に来ている。


「あの男は知らないのね。少しの優しさは酷い毒になるわ」


 サジェリーナは、手の中に握るこの瓶の中身がいっそのことなら毒ならいいのにと思わざる負えなかった。


 次の日、屋敷が何だか慌ただしい。この部屋に閉じ込められている同然だとしても、廊下を走る音が複数あれば気づく。サジェリーナの食事や水を持ってくる使用人も姿を見せない。思い返してみると、最近ここの主人はサジェリーナを鑑賞しに来ない。快適すぎて、すっかり主人のことなど忘れ去っていた。


「何かあったとしても、私にとってはどうでもいいことだわ」


 サジェリーナは、クッションを背に寝転ぶと瓶の中の液体を少し舐める。その後は、外を羽ばたく鳥を見つめていた。その時、部屋の扉が開く。押し入り強盗のような荒々しさだ。キョトンと目を向けると、そこには巨体を揺らして、サジェリーナに向かってくる。


 目は血走っていて、明らかに異常事態だ。危険を感知したサジェリーナは、素早く扉から離れるように距離を取る。扉の前までやってくると、ポッケトの中を何やらごそごそと探っている。何をするのかと、注意深く見ていると、ポケットから出てきたのは鍵だ。サジェリーナは一目見て、それがどこの鍵か分かった。

 趣味の悪いその金色の鍵は、サジェリーナを閉じ込めているこの檻のものだ。


 いつもなら少しは気が高ぶるが、この状況下で主人にこの檻を開けられるのはマズいと判断を下す。サジェリーナは、まるで四年間も閉じ込められたとは思えない程俊敏に動き、檻の中に置かれた椅子を手に、力一杯それを檻の扉越しにいる主人に向かって投げつける。

 ガラスが割れるような音がした。主人は突然の暴挙に驚いたのか、尻餅をついてひっくり返っている。巨体のせいで簡単に起き上がれないようだ。

 檻に付いたままだった鍵を抜き取り、檻の隙間から腕を伸ばされても届かない位置に、体を逃がす。鍵を一応手足のものに差し込むと、すぐに外れた。久しぶりに感じる自由に、目が熱くなる。


「おい!サジェリーナ!それを寄越せ!」

「何で渡さなくちゃいけないのよ!」


 何としてでも鍵を手に入れようと伸ばす手から、必死でにげる。これを取られたら、自分は終わる。散々死を望んでいたくせに、いざそうなれば、生にしがみつこうと足掻く。自分でも滑稽だと思ったが、足掻くのは悪い気はしない。今までの人形のような感情よりはずっとマシだ。


「伯爵、往生際が悪いな」


 部屋の中に低音の声が響く。主人がピクリと肩を動かし、恐る恐る声の方向に顔を向けた。瞬きしている間に、いつの間にか主人が帯剣をしている男にとり抑えられた。

 サジェリーナは、体を主人から遠ざける。安全地帯に着いたところで、聞き覚えのある声に帯剣している男を見る。


「無事か?夜の薔薇」

「‥‥‥どういうことか説明してくださる?」


 度々ここに訪れていた男その人だった。くすんだ金髪が輝かんばかりの金髪になっている以外は、変わらない。


「まぁ簡単に言うと、この男が罪を犯したから捕まえに来たってところだな」

「本当にザックリね」


 この男は捕まえる前の事前調査の為に、潜り込んでいたということかしら。道理で恐ろしく下働きの格好が似合わないわけね。今の騎士服の姿を見ると、凄くしっくりくるもの。

 男が入ってくる少し後に、同じ服を着た者たちが部屋に雪崩込んできた。今は男の代わりに主人を取り押さえている。それを指揮している姿は様になる。


「夜の薔薇、それを貸してくれるか?」

「いいわよ」


 檻の外に鍵を放り投げる。それを器用に片手でキャッチすると、檻の鍵が開けられる。扉はサジェリーナを阻むことなく、外に出ることが出来た。此処はまだ閉じ込められていた部屋だ。しかし、この檻から出られたことで、漸く息が吸えた気がした。


「サジェリーナ!俺を捨てる気か!許さないぞ!許さない!」


 元主人が怨念を吐くのを引っ立てていこうとする騎士が止めるが、サジェリーナを睨む目は外れない。サジェリーナは、騎士の一人から剣を奪う。

 突然の被害者の行動に驚いたのだろう。誰も反応できない。唯一それを止められそうな男は、サジェリーナに好きにさせるようだ。


 サジェリーナはその帯剣を引き抜いたままの勢いで、元主人に近づく。剣を慣れた様に閃かせ、元主人の喉元に突き立てる。その間は薄皮一枚。男が感心したように目を見開いていた。


「今度はそうね。その耳をそぎ落としてあげましょうか?」


 沈黙する部屋に、サジェリーナの美しい声が響く。声の調子に対して、内容は恐ろしいものだ。元主人は一気に脂汗をかき、顔から血の気が下がる。怒気で赤らんでいた顔は、青を通り越して白い。大人しくなったのを見ると、満足気な笑みを浮かべる。その笑みは、人の目を奪う。


「良い腕だ」

「薔薇には棘が必要でしょう?」


 男に艶やかに微笑み返す。視線を逸らすと、呆然と立っている一人に近づく。


「後これ、ごめんなさいね。勝手にお借りしたわ」

「いっいえ!一助になれて光栄です!」


 サジェリーナは、勝手に引き抜いた剣の持ち主に返す。その時、流石に急に動きすぎたのか。体がよろける。それを男がすぐに支える。


「大丈夫じゃなさそうだな」

「頑張りすぎたみたいね。あの檻に入れられていたせいで体力が落ちたわ」


 男に支えられながら、サジェリーナが文句を言う。体全身が休息を求めている。精神的ストレスからの解放と、肉体的な疲労が限界に来ていたのだ。


「寝ていろ。事情聴取は後にしよう」

「そうしてくれると助かるわ」


 サジェリーナは、男に言われるがままに意識を手放す。




「ん、此処は?」


 サジェリーナは、久しぶりにスッキリと寝られた。サジェリーナを包み込む寝具は恐ろしいぐらい質の良いものだ。触り心地でここが檻の中でないことを知る。辺りを見渡すと、品の良い調度品が置かれ、落ち着く部屋になっている。あの目がチカチカするだけの趣味の悪い場所とは大違いだ。


「起きたか。ぐっすりだったな」


 扉が開くと、男が入ってくる。湯上りなのだろう髪が少し湿っていた。白いシャツに黒いズボンと随分ラフな格好だ。使っている素材は高級品だろうが。


「私はどれくらい寝ていたの?」

「三日ほどだな」

「そう。ここは何処?」

「俺の家だ。ここの方が目が届くからな」


 簡単に女を入れる男に呆れたような目を向ける。


「あなた、彼女か妻かは知らないけれど、簡単に女性を入れるのは、いかがなものかと思うわ」

「俺には、彼女も妻もいねぇよ」


 ベッドに堂々と腰かける男をまじまじと見る。サジェリーナには全く信じられなかった。この男に相手がいないのであれば、この世の中の誰にも相手なんてできないだろう。趣味の違う人以外にはあり得ない。ゼロと言われるより、何股もしているというほうがまだ理解できる。


「仕事人間過ぎてフラれたとか?」

「そこまで仕事に真面目じゃねぇよ。俺が惚れてる薔薇は中々踏み込ませてくれないからな。あれだけ、貢いでも知らぬふりだ。因みに色は黒に白の奴」

「‥‥‥はぁ?」


 サジェリーナがポカンと男を見上げる。サジェリーナの髪を持ち上げると髪先に軽く口づけをする。黒い髪は世界でも数少ない。サジェリーナも自分以外の黒髪を見たことが無かった。


 真っ白になっていた思考が徐々に正常に動き出す。ついに正解までたどり着くと、サジェリーナの白い頬は真っ赤に染まった。男は面白そうに、笑いながらサジェリーナの頬を固い指先で撫でる。


「そういえば、名乗って無かったな。俺の名前はエカード・シリウスだ。ぜひ今後番になる男の名を覚えておいてくれ」




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