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ショートショートの小宇宙

五分前リモコン

作者: 駿平堂

 ある日、エフ氏は友人のアール氏とカフェで会っていた。


「ふー、最近暑くなってきたな」


 席に着くなりエフ氏は、窓の外の日差しをにらみつけながらこうぼやいた。そんなエフ氏にアール氏も同調する。


「ああ、全く。もうエアコン無しじゃ寝れなくなってきたよ」


 しかし今日のアール氏には、最近の気候なんかよりも気になっていることがあったので、早々にそのことについて切り出した。


「そういえばお前、最近遅刻が減ったよな。何か対策でも始めたのか?」


 アール氏がそう言うのも当然だった。以前のエフ氏と言えば、約束の時間に間に合うことの方が珍しいほどの遅刻魔だったのである。それがここ最近は、三回連続で待ち合わせ時間に間に合っている。そんな疑問に対してエフ氏は、待ってましたと言わんばかりにこう答えた。


「まさしくその通り。実は最近ある対策を始めてね。それで遅刻癖が治ってきたんだ」

 

 エフ氏の言葉にアール氏は少し興味がそそられた。


「へえ、どんな対策なんだい」


「それがね、とあるリモコンを開発したんだ」


「リモコンだって?」


「ただこれが普通のリモコンではない。ボタンを押してから五分後に機械が反応するリモコンだ」


 聞いたこともない性能を自慢げに話されたアール氏は、思わず聞き返した。


「五分後に反応するリモコンだって? なんだいそれ」


「文字通り、テレビやエアコンをつけるのにも五分、チャンネルや温度を変えるのにも五分かかるリモコンだ。」


 エフ氏の答えは何の解決にもならなかったので、アール氏は疑問を重ねた。


「それは想像できるんだけど、そんなの不便なだけじゃないか?」


「不便は不便さ。でも、そのおかげで何事も少し早めに行動するようになったんだ。それで遅刻も減ってきてね」


「ふーん。まあ君が遅刻しなくなるのは、友人の僕としてはありがたいことだけどね」


 そんなもので効果があるのかどうかアール氏は半信半疑ではあったが、実際に遅刻が減ってはいるのでそこには深く突っ込まず、少しだけ嫌味を込めるに留めた。


「ははは、すまなかったね。そうそう、それとこのリモコンにはもう一つ機能をつけていてね。実際に役に立つかどうかわからないんだけど……」


 エフ氏がそこまで言いかけたところで、アール氏のポケットから着信音が聞こえた。


「む、仕事の連絡のようだ。ちょっと失礼」


 スマホの画面を見たアール氏はそう言って立ち去った。エフ氏は少し嫌な予感がした。しばらくするとアール氏は、エフ氏のその予感が的中していたことを告げるために急ぎ足で戻って来た。


「すまない、緊急で対応しなきゃいけない案件が発生したようだ。今日はここで失礼させてもらうよ」


「そうか、それは残念だ。気を付けて」


 まだ注文もしておらず、しゃべり足りないエフ氏は不完全燃焼だったが、仕事と言われたら引き留めることもできず、急いで支度をするアール氏を素直に見送った。

 

 それからもエフ氏は五分前生活を続け、遅刻をすることもどんどん少なくなっていった。


 そんなある夏の日、エフ氏は出張で家を空けることになった。そしてその夜、どこから情報を嗅ぎ付けたのか、無人のエフ氏の家にこっそりと侵入する怪しい影が二つ。泥棒とその手下だ。


「よし、家の中に入ってしまえばこっちのものだ。金目のものを探して、とっととずらかるぞ」


 しばらくの間、二人は黙々と部屋を物色していた。その静寂を切り裂いたのは、夏の夜の暑さに耐えかねた泥棒の声だった。


「しかし暑いな。汗を垂らすのは好ましくない。エアコンをつけてしまえ」


「リモコンは、これですかね」


「なんだこれ? えらく変わったリモコンだな。まあいい、つけてくれ」


 手下が冷房ボタンを押すと、ピッという音がしたものの、エアコンが作動する気配はなかった。


「あれ、うまくいかなかったですかね」


 そう言うと手下はもう一度冷房ボタンを押した。しかしエアコンは相変わらず、ピッという無機質な返事をするだけだった。


「何やってるんだ、俺に貸してみろ」


 そう言って泥棒は部下からリモコンを奪い取り、冷房ボタンを押した。しかし泥棒が試してみても結果は同じだった。暑さとエアコンへのイライラに任せて、泥棒は何度もボタンを連打する。


「くそ! なんなんだ!」


 泥棒が悪態をついたちょうどその時、ようやく二人の顔を冷たい空気が撫でた。


「む、ようやくついたか。よし、作業に戻るぞ」


 そうしてまた二人は金目のものを物色し始めた。しばらくして作業も終わり、今日の成果に満足してずらかろうとしたその時、二人の耳に聞こえてきたのは何者かが玄関のドアをドンドンと叩く音だった。そしてそれに続くのは警察の怒号。


「警察だ! 大人しくしろ!」


「サツだと? なぜばれたんだ!」


 泥棒は驚きが隠せなかった。侵入の際も侵入してからも、警備装置が作動した気配は全くなかったからだ。


「く、一か八か、裏口から脱出するぞ」




 出張から戻ってきたエフ氏はアール氏を家に招いていた。話題はもちろん先日の泥棒騒ぎについてである。


「この間ここに空き巣が入ったって聞いたぞ。大丈夫たったのか」


「ああ、警報装置がうまく作動したようでね。すぐに捕まったんだ」


「へえ、そんな装置があったのか。まあ捕まったんならそれは何よりだ」


 そこでアール氏は机の上にある、えらく不格好なリモコンに気が付いた。


「あれ、これが例のリモコンかい? もう全然遅刻をしなくなった君にはもう必要ないんじゃない?」


「それが、そいつが役に立つ時もあることがわかってね。もう少し使ってみようと思うんだ」


「ふーん。客人の身としては普通のリモコンに戻してくれた方がありがたいんだがね」


「まあいいじゃないか。あ、連打だけはしないでおくれよ。連打はね」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 隠された機能は連打をしたら…ということですね。 面白かったです。
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