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シャオはよっぽど新しいベッドが気に入ったのか一日中寝転んで、なかなか離れようとしない。
午後からピクニック行く?と誘ったけど「昼寝するー」と尻尾を振ったので、まあいっか、と思いまずはギルドに行ってクルト所長に頼まれた図書館に寄付する本を選別して、木箱に入れる。
それからいつも通り一階を掃除したら今日の仕事は終わりだ。
「トーコさん、まだいた、良かったぁ」
二階から降りてきたクルト所長が私に鞘に入った小さなナイフをくれた。
「果物ナイフないって言ってたでしょ?ちょうどいいのを鍛冶屋街で見つけたから」
「わあ、鞘が凝ってますね」
革の鞘には赤い飾り紐が巻き付けられていて、柄は同じ紐で巻いてあって握りやすい。
「ありがとうございます、クルト所長。そうだ、もし良かったら午後から一緒にピクニック行きませんか?」
「ピクニック?」
「はい。シャオはお昼寝したいって言ってて、付き合ってくれそうもないから。あ、そうだ私と一緒に出かけたら、何か面白いもの拾うかもですよ?」
茶目っ気たっぷりに言うと、クルト所長が一瞬きょとんとしてから大笑いする。
「それはいいね。あはは、久しぶりにわくわくできそうだ。じゃあぜひ一緒に」
「じゃあ私、家に帰ってお昼ご飯持ってきますね。すぐ迎えに来ます」
「うん、待ってる」
家に帰ると、石の上でシャオがぐだぐだしながら融けそうな格好で寝転がっていた。
「シャオ、私これからクルト所長と出かけるからお留守番しててね」
朝作ったサンドイッチをバスケットに詰めたところで、シャオがむくりと起き上がる。
やっぱり一緒に行くって言うかな?
と思ったら真っ直ぐに私を見たシャオが
「あのさ、今日はちょっと遠いかもしれないけど、川下にある大きな木のところに行ってみろよ」
「へえ、そんなところよく知ってたね」
「オロキの山から見えてたんだ。めっちゃくちゃでかい木があるなぁって。せっかくクルトと街の外に行くなら、いつも行ってる近所よりいいだろ」
とやけに熱心に薦めてくるものだから、気になってきた。
「へえ、じゃあちょっと行ってみようかな」
「うん、楽しんで来いよ」
「ありがと、シャオ」
お礼に、とさっきクルト所長からもらったナイフでオレンジを剥いてシャオ用のお皿に盛りつける。
使いやすくて、綺麗に剥けたので気をよくして、バスケットにリンゴを追加した。
「これ、おやつ。晩御飯までには帰るからね」
「ああ。なあ、そのナイフどうしたんだ?」
「これ?さっき、クルト所長が果物ナイフにってくれたの。使いやすいよ」
「そっか、クルトからもらったのなら安心だ」
「?何が?」
「ん?だってあいつなら街のどこにどんないいものがあるか分かってるだろうから、間違ってもおまえにやるもんに不良品はないってこと」
「シャオって、実はクルト所長のこと大好きだったりする?」
「はぁ!?」
「だって、最近仲良しだし、そうやってクルト所長の選んだもの褒めるし」
「ちっげーよ!!」
「え、じゃあ嫌いなの?」
「おまえ分かってやってんだろ!もういいから行けよ!」
はいはい、と手を振って家を出る。
さて、今日は何を見つけられるだろう。
シャオに勧められて、と言うとクルト所長が「そんなのあったんだぁ。僕、街の外にはほとんど行かないから知らなかったよ」とぜひ行きたいということで私たちは川下を目指すことになった。
きれいな水の流れを追いかけるようにして、ゆっくり1時間ほど歩いただろうか。
視界に大きな木が見えた。
……って大きすぎない?
いや確かにシャオはめちゃくちゃ大きいって言ってたけど。
遠近感がおかしい。
まだまだ距離的にはそこそこあるのに、目の前にあるかのような大きさ。
木の下まで来た私はポカンとして上を見上げる。
まるで、木の上に何本もの木がそびえたっているよう。
幹回りなんて30人くらいいないと一周できないんじゃないだろうか。
風が葉を揺らす音が、ほんの少しでも騒がしいくらいで鳥の羽音が混じっていたとしてもきっと分からない。
ふと、隣を見るとクルト所長もポカンをして木を見上げていた。
「……大きいですねぇ」
たぶん同じ気持ちだと思って声に出すと
「……うん」
と短い返事が返ってくる。
「何の木なんでしょうね」
「うーん……僕も植物は分からないなぁ。でもこれだけとんでもない大きさだと、ほら、例の代理人たちがここを庭代わりにするために植えたのかもね」
「自然に……とか言っても、セロフで何が自然なのかは分からないですけど、まあ自然に大きくなったって感じはしませんよね。クルト所長の説に一票です」
どっちにしても歩いてきて疲れてるし暑いしで、大きな木陰もあることだし、と木の下に座ってまずは寝転がってみる。
「汚れちゃうよ、トーコさん」
「大丈夫ですよ。草もあるし。あと、こうやって寝転がるの好きなんです」
手足を伸ばして、地面に寝転がるのが気持ちいいと知ったのはここに来てからだ。
生まれ変わったら、こんな気持ちいい事も忘れてしまうのかと思うと、ちょっとそれだけは嫌だった。
「クルト所長も寝転がってみません?」
「じゃ、やってみようかな」
並んで寝転がるとそれでも広がった枝葉の間から差し込む日差しもあるから、風が通るのが分かる。
「……気持ちいいなぁ」
ほう、と息をついたクルト所長の声がうっとりしていて私もつられて深呼吸する。
「ですねぇ……。ここに来てからこれでもかってくらいのんびりした生活を満喫してるつもりですけど、こうしてるともっとのんびりしてもいいんだなぁって気持ちになります」
「トーコさんは、まだ転生先を決められない?」
「私に早く行ってほしいですか?
横を向くと同じタイミングでクルト所長も私を見て、少し困った顔をして笑う。
メガネの向こうの茶色い瞳は、陽の光を反射してか金色にも見える。
「ううん、トーコさんが気が済むまでゆっくり考えて決めていいことだよ。ただ」
「ただ?」
「ずっとここにいると、行けなくなっちゃわないかなって。僕や街のみんなみたいに、もういいや。もし次に転生を望んだ時、何回もの転生の中で積み上げてきた自分の魂を手放しても未練はないや、って思えるようになるのならそれもいいし」
「……そんな悟りを開けるかなぁ」
「だから開かなくてもいいんだよ。トーコさんが積み上げてきた前世以外の人生も突然終わった前世も、全部トーコさんのものだ。それをもうちょっと続けたい、って気持ちがあるのなら、勇気を忘れないうちにトーコさんは行くべきだよ」
優しいけれど、私を行かせたい気持ちを十分に感じる声だった。
分かってる。
私は「泉董子」の人生に未練がある。
だから、まだ「泉董子」としての魂の在処を手放せない。
「私みたいにセロフに長居した転生先を迷った人っているんですか?」
「いや、トーコさんが最長記録。今まではそうだなぁ、精々1か月くらいかな。早い人は翌日だね」
「じゃあ数カ月居座ってるんだから、もうちょっと居座っても良さそうですね。最長記録抜かれないように」
「うん、トーコさんがそうしたいのならどうぞ」
クルト所長は、私がいずれちゃんと転生先を選ぶ意志があることを知って安心したのか、その後、すうすうと寝息を立て始めた。
メガネがずれているのを見て、壊れたりしないように、と外すと茶色い瞳は瞼に隠れていて、案外長いまつ毛に気づく。
だらしなくよだれを垂らした寝顔は子どもみたいだなぁ、と眺めていて何だか癒された。
そっと髪を撫でてみるとシャオを撫でるのと似てるような。
よし私もお昼寝しよう。
目が覚めたら、ちょっと遅い昼食だ。