伊勢八郎
応仁の乱が落ち着いてから暫くした頃、伊勢新九郎盛時は旅先で伊勢八郎と出会った。姓が伊勢の縁でそこから話が始まった。この頃は新九郎と呼ばれるのか好きではなかった。会話が進むに連れ八郎と新九郎、どちらも嫡男とは縁が無い事もあり意気投合した。八郎は京の大騒動では足利義視に付いていたと言った。
新九郎は八郎のある話が忘れられない。
「上ばかり見ていても仕方ない。田畑で実った米や穀物があってこそ豊かな日常がある。食べる物に余裕ができれば日々戦の稽古に専念する集団も揃えられる。稽古して戦に臨めば簡単には負けはせぬ。勝ち戦を積み重ねれば強力な軍団となり得る。試してみたかったが私にはもう無理だな。」
二十歳以上年上の八郎の言葉には混乱の中の混沌を見てきただけに重みがある。新九郎は共感し納得した。
「あれだけの守護大名が家督相続で揉め義視殿みたいに東軍から西軍へと寝返る者がいれば何が何だか理由が判らん。裏の戦をする草の者を味方にするとその話は重宝するぞ。裏と表だけでなく斜めからも物事が見て取れる。」
八郎の話を聞いた新九郎は無からの国造りで何から始めれば良いかが朧げながら見えてきた。
新九郎は機会がある度に草の者と思われる集団の集落から集落へと旅をした。
行く先々で応仁の乱の話をした。八郎からの受け売りではあったが、新九郎が話すのは八郎が見て体験した事実である。いつしか草の者の間で〈新九郎は義視に付いていた八郎だ。〉との噂が立ち始めた。
その事を尋ねられても新九郎は否定もせず肯定もしなかった。
風間谷の草の者から承久の乱の噂を聞くと〈那須大八郎が瀬田川の流れを鎮めた術、例え噂であっても噂の発端となった理が知りたい。〉そんな気持ちが強くなった。
水を操る夏王兎。天狗の技と鬼の術を使った吉備真備。戦の鬼源九郎義経。人の心を掴み従えたり、裏をかいて戦に勝った。
新九郎は気になる事が更に増えた。日本武尊の熊襲征伐。朝廷を苦戦させた阿弖流為の山間戦術。桃太郎や一寸法師に至るまで興味が湧いた。




