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君への手紙

去りゆく君と追う君と

作者: まさかす

 詰襟の学生服を着た男の子と、長い黒髪を三つ編みにしたセーラー服姿の女の子。高校生と思しき2人は駅のホームで以って向かい合い、別れを惜しんでいた。

 

 女の子は俯きながらに涙を流していた。坊主頭の男の子は傍らに大きい荷物を抱え、薄らと光る目で以って女の子を見つめていた。その子の肩にそっと手を置くと、その口元が僅かに動いた。その口が何を語っているのかまでは聞こえない。


 暫くして、1両編成の電車が「コトン、コトン」とリズムを刻みながらに到着し、圧縮された空気が抜ける音と共に扉が開いた。男の子は肩に置いた手をそっと下ろすと、静かに背を向けそのまま電車に乗り込んだ。そしてドア付近で振り返り、ホームで俯く女の子を無言のままに見つめた。女の子はドアの傍へ足取り重く近寄ると、ゆっくりと顔を上げた。


「私もすぐに行くから待っててね」


 女の子は周囲に憚る事無く、涙を流しながらに言った。男の子は唇を噛み締めたままに無言で頷いた。ホームには2人の別れを告げるかの如く発車のベルが鳴り響き、その数秒後、2人の間を裂くかのようにしてドアが閉じられた。


 ガラス越しに見つめ合う2人。重々しく動きだした電車は「コトン、コトン」とリズムを刻み始めると、女の子の元から男の子を連れ去った。女の子は電車が見えなっても暫くの間、線路の向こうの電車を見つめていた。

 

 それから1週間程が経った頃、女の子も何処かへと去って行った。


 此処は終着駅。此処から去る者がおり此処へ来る者もいる。此処から先に道は無く、通過するものは誰も居ない。





 そんな内容の手紙を見つけた。6畳一間の狭い部屋を掃除している最中、偶然見つけたその手紙。当初それが何なのか分からず、それをジーっと見つめる事10数秒。


「あ、これは私の字だ。そう言えばこんなポエムっぽい手紙を書いたなあ……」


 それは私が2年程前に書いた手紙。今年で88……87……いや、92歳だっただろうか。どちらにしても、物忘れの激しい年齢の私が書いた物に間違いなく、それを書いた当時は「長生きしないだろうなあ。もってあと半年ぐらいかなあ」なんて根拠なく思っていた。そんなイタさ残る感傷に浸りながら書いたと言う事もあってか、ちょっと気恥ずかしい書き方となっている。それを書いてから既に2年が経過した訳ではあるが、私は全然元気だった。むしろ同世代の誰より元気だった。というか、同世代の者は殆どあの世へ旅立っていた。


 だが悲しいかな、今の私は元気があっても金は無く、日がな一日無人駅であるこの駅のベンチに座り込み、やってくる電車に目を凝らしては、元来た線路去っていく様子をただただ眺めるという日々を送っている。


 だがそんな些細な楽しみも無くなるかもしれない。線路脇に雑草生い茂るこの単線。その雑草は人目を気にしながらも線路を飲み込もうと待ち構えているようにすら思える。この駅を含む周辺は何ら活気無く、本数も少なく乗降客数は私の目から見ても極めて少ない。いずれ廃線の憂き目に遭うかも知れないが、それを止める声は多くは無いだろう。願わくば、私の命が尽きるその日まで、廃線にならないで欲しい。


 そして雪もチラつく1月のとある日、私はいつものように駅のベンチに一人座っていた。そこへ1両編成の電車が到着し、乗客がゼロ人という事も珍しくないその電車から人が降りてきた。


 プラットホームに降りたのは、金髪のソフトモヒカンに黒いスーツ姿という1人の男性。良く見れば、それは2年前にここから去って行った男の子。そういえばもうすぐ成人式である。気が早いというか、男の子はそれに出る為であろうスーツ姿でホームへと降り立った。その男の子の後に続いて1人の女性が降りてきた。その胸には赤ん坊が抱えられていた。だいぶふっくらとしていた為に直ぐには分からなかったが、その女性はあの時涙を流しながら見送っていた女の子。ふっくらとしただけではなく、長く黒かった髪は艶を無くした長い金髪となり、男の子と違って黒いジャージ姿であった。


 そのすぐ後ろからは長いピンク色の髪をした女の子が降りてきた。痩せ型のその女の子は淡いピンク色のジャージにテカテカと光る銀色のフィールドコートを羽織っていた。更にその後ろからは、坊主頭に細めのサングラス、黒いジャージに金色のネックレスという恰幅の良い男が降りてきた。


 ホームへと降り立った4人は自然と2人づつに分かれた。あの男の子はピンク色の髪の女の子とくっつき、女の子の方はお揃いの黒いジャージ姿の金髪男性とくっついた。会話の内容迄は聞こえなかったが、4人は高笑いをしながらそのまま駅を後にした。


 金髪となって戻ってきた2人にも驚いたが、その組み合わせにも驚いた。別れる際には恥ずかしい程に切ないシーンを私は目にした。だが2人は呆気ない程に、それぞれ別の異性とくっついていた。


 人との繋がりに於いては、初志貫徹なんて言葉を用いるべきでも無いのだろう。人の感情や気持ちという物は移ろい易く、変遷を辿る物なのだろう。彼らがここを後にしてから2年間、まあ色々あったのだろう。故にその組み合わせも正しく、それはそれで良い巡り合わせなのだろう。それは成長と言える物なのかも知れない。高齢の私に成長する時間は残ってはいないが、残り少ない時間、ここでその成長を見守るとしよう。

 

 此処は終着駅。これ以上進む事は出来ない場所。皆此処から去ってゆくが、時折此処へ戻って来ては、成長を見せてくれる。

終着駅はいいなあ。美濃赤坂、都電三ノ輪橋、外川駅他色々。


2020年04月07日 2版誤字訂正

2020年02月19日 初版 

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