第三十三話
ヒュアの能力は確かに向上しているが、それを俺のおかげだと誤解している冒険者も少なからずいるようだ。
恐らく、ヒュアに嫉妬している人間にはそう見えるのだろう。
確かに、ヒュアがランク以上の動きができるのは俺のバフがあってこそだ。
だが、ヒュアだってすでにそこらの同ランク冒険者よりも強くなっている。そこは誤解されては困るな。
「ヒュア、気にするな。キミは十分強い」
といっても、ヒュアは俺の言葉を素直に受け取ってはくれないだろう。
「……そうですかね?」
彼女の表情はやはり不安そうだった。
「俺だって別に強くはなかった」
「そんなことありませんよっ。今回のダークパンサー討伐だって、ロワールさんがいたからこそけが人が出なかったんです。それに、ロワールさんは他の人達よりも余裕がありました。……私が同じ立場になっても、きっと難しいです」
ヒュアががくりと落ち込んだ。
……ヒュアは俺と比べて、そんな風に考えているんだな。
言っておくが、今の俺は職業とこれまでの経験がある。この世界で、むしろ誰かに負けたら恥と言われるほどの差があるんだからな。
「今すぐ、ヒュアはそうなりたいのか?」
「な、なりたいです! ロワールさんのようになれば、他の冒険者からも信用してもらえるはずですっ」
「それなら、あと十年はかかるんじゃないか?」
「そ、そんなにですか?」
「人に信用されるには、ある程度の経験があってこそだ。自分の本物の経験を話せる人間ってのは信用されやすい。俺はこれでも、結構色々な体験をしているからな。今回だって、それで指揮をとれたってわけだ」
「……つまり、強くなっていく、ですか?」
「そういうこと。いきなり強くなるなんてのは無理だ。もちろん、生まれ持ってのスタート地点に関してはそれぞれあるだろうけど」
優秀な職業を持っているとか、良家に生まれるとか。
そういった細かい違いはあるだろうが、やはりその道で信用されるには時間がかかる。
俺の場合は、冒険者からの信用のされ方について知っていたからこそ、短時間である程度の地位を確立できた。
……それだって、色々な前世の中で、様々な人を参考にして身につけた手法だ。
「ヒュアは、俺のことを凄い人って言っていたよな」
「はい、その……はい、凄い人です」
ヒュアは頬を赤らめて、そういった。
正面きって言われるのは恥ずかしいな。
「それなら俺の何が凄いと思ったのか、それを強く心にとどめておいたらいいよ。そうすれば、俺の凄いところを理解して、ヒュアは俺を超えた凄い人になれるよ」
俺の言葉にヒュアは驚いたように目を見開き、それから頷いた。
「わかりました、ありがとうございます!」
ヒュアはぺこりと頭を下げた。
……いくぶん、表情も柔らかくなった。
これなら、問題はないだろう。
ヒュアがベッドに移動して、腰掛ける。
それから、口元を緩めた。
「ロワールさんっていつも訓練をしていますよね」
「まあね。スキルとかは魔物を倒していれば成長するけど、そのスキルを使いこなせるかどうかはその人の日頃の練習次第だし」
「……そうですよね。私もスキルを習得したら、練習して使いこなせるようにしないとですね」
「まあ、そうだな。ランクアップして、確かに強くなるけど、剣の振り方、戦闘での立ち回りまではわからないからな」
「はい。だから、基礎鍛錬をこなしていくことが大事になるんですよねっ。それを疎かにしなければ、私もロワールさんにいつかは追いつけますよね!」
「もちろん、俺も負けるつもりはないけど」
ヒュアにそういうと、彼女は口元を緩めた。
「はいっ、私も追いつけるようにがんばりますね!」
「ああ。頑張るといい。ヒュアはまだ若いんだし」
というと、ヒュアはぷくーっと頬を膨らませた。
「お、同い年くらいじゃないですか! 私、確かにその……む、むむ胸はあの人たちより成長していませんけど、私まだ十七ですよ!」
いや、まあそういう意味じゃないんだけどな。
俺の見た目は明らかに十代後半だからな。
ぷりぷりと怒ってしまったヒュアに俺は苦笑する。
「悪い悪い。どうしても癖でな」
「もう……でも、ロワールさんって何歳なんですか? 私とそんなに変わらないですよね? それとも、実は二十後半くらいはあるんですか?」
前世の僧侶は三十。その前の魔法使いは三十五。戦士は四十ほどだったか。
すべて赤ん坊として生まれ直しているため、合わせて百五年は生きている。
……まあ、だからって百五歳です、というのはまた違うのだろうが。
ヒュアとまだしばらくは一緒にいるだろう。
これからのことも考えておくと、俺の転生について話してみてもいいかもしれない。
そうすれば、俺との実力差についても納得してくれるかもしれないしな。
「俺は今でこそこんな見た目だが、これでも随分と長く生きているんだ」
「え? もしかしてエルフの血が混ざっているとかですか?」
「あいにく、俺はヒューマンなんだが……転生という言葉は知っているか?」
ヒュアは信用できる。
無闇やたらに秘密をべらべら話すような子じゃない。
「……は、はい。聞いたことあります。人は死んでも次の人生があるんだってこと、ですよね?」
「ああ。どうやらそれは本当らしくてな。俺は転生したんだ。前世ではこれでも三十まで生きたおっさんだったんだよ」
「……え? そ、そうなんですか?」
「いきなりこんな話ししても信じられるかどうかわからないだろうけど……それでまあ、記憶を引き継いで。なぜか若返って森の中にいたんだ。そこで、キミと出会ったってわけ。だから俺はこの世界の常識も何も知らないんだ。たぶんだけど、俺の前世から随分と経った未来なんだろうけどさ」
「そ、そうだったんですか……」
驚いた声をあげるヒュア。
これで、子ども扱いしてしまった理由に関しても、俺がある程度常識知らずであることも理解してくれただろう。
「ついつい、子ども扱いしてしまうのはそういう部分があるからかもしれないな。悪い」
「……そうだったんですか。でも、確かに……その話を聞けば納得できる部分もありますね」
そういったあと、ヒュアはしかし頬を膨らませた。
「けど、私は子どもじゃないですよっ。きちんとした女性ですからね! ロワールさんも、そ、その……女性として私を見てくださいね!」
「わかったわかった。これからは気をつける」
「本当に、わかってくれてますか? 私、子どもじゃないですよっ」
「ああ、大丈夫だ」
ぷいっとヒュアは俺に背中を向ける。
女性として見てくれってことだろう? といっても、中々難しくもある。
戦士のときはヒュアくらいの義娘がいたんだしな。
「これからは気を付ける……のと。さっきの話は内緒にしておいてくれない? この時代にも教会などはあるだろう? 下手な人間に目をつけられたくないんでね」
神を信仰している教徒にでも見つかれば、転生の扱いはどうなるかわからない。
神の奇跡を受けた人間として奉られるか、あるいは神の奇跡を勝手に言いふらしている嘘つきと言われるか。
どっちに転んでも面倒そうなので、両手を合わせてお願いする。
「わかっていますよ。ロワールさんと私の秘密ですね」
「了解だ。それじゃあ、明日も早いし、そろそろ休むか」
「はい! 明日から、またがんばりますね!」
「ああ、これからまたよろしく」
俺たちはそのまま横になって、眠りについた。




