【番外編】エリックの葛藤2(エリック視点)
ブックマーク、評価ありがとうございます。
遅くなりましたが、前回の話の続きで、今回はエリック視点です。
クロードがアリアナを呼び出し、卒業式のイベントについて話を聞いた。
やっぱりクリストファーは馬鹿だ。
あんな奴には、最愛の妹を任せる事は出来ない。
そう思いながら、アリアナを魔法師団にある俺の部屋の転移ポイントまで送る。
送ると言ってもクロードの執務室からそんなに離れていないので、直ぐに着いてしまうのだが。
部屋に入って、俺はもう一度アリアナに念を押した。
「アリアナ、本当に無茶はするなよ。何かあれば俺を頼れ。」
「お兄様にご迷惑をお掛けする訳にはいきませんので。いえ、ご迷惑は多少はお掛けしますが、お許し下さいな。」
「俺も親父もアリアナが何をしても庇う。王家も敵に回しても構わない。だから自分だけで責任を取ろうと思うなよ。」
「お兄様のお言葉嬉しいですわ。でも王家との対立は避けて下さいな。民が巻き込まれては大変ですわ。いざとなれば、わたくしの事はお捨て置きくださいませ。それにお兄様、わたくしはどこでも生きていけます。他のご令嬢方とは違いますわ。ご心配無く。」
やはりアリアナは身を隠すつもりか。
そう考えれば、色々と辻褄が合う。
一番信頼されていると思っていた。肝心な時に役に立てない、苛立ちと悲しみが混ざり合いながら、心を占めていく。
気が付けば、アリアナを抱きしめていた。
「何処に行く気か?俺がお前を捨てる事などない。覚えておけ。何があっても俺はお前の味方だからな。」
「お兄様?」
「何処にも行くな。卒業式など出なくても良いだろう?お前は俺の大事な妹だ。危ない目には遭わせたくはない。」
アリアナは俺の胸に手を置き、顔を上げる。
「お兄様、これはわたくしの戦いですの。最後の我儘だと許してくださいませ。」
「最後だって?何を考えている?最後なんて言うな。さっきも言っただろう?嫁に行かずとも、俺が一生養ってやる。」
「お兄様の奥方様になられる方に申し訳ありませんわ。」
アリアナの空色の瞳が一瞬寂しさを宿った。
「お前が嫁に行かないなら、俺も結婚はしない。跡継ぎは養子を貰えばいい。」
「お兄様…」
「だから、無茶をするな。どうしても卒業式に行くなら、それでもいい、終わったら必ず帰ってこい。わかったか?」
「心に留めておきますわ。」
アリアナは俺の腕からすり抜け、その言葉を残して、寮へ戻って行った。
俺はクロードの執務室へ戻りながら、今日のやり取りを思い出す。何か手掛かりが無いかと。
しかし、アリアナも何を考えているのか?
これ以上問い詰めても、絶対に吐かないだろう。
だとしたら、当日に守るしかない。
クリストファーとトラブルになる事は間違い無いだろう。公爵家の力を持ってすれば、それぐらい握り潰す事は出来るが、アリアナは家にも迷惑をかけないつもりで、計画しているはずだ。
なんとか説得して、家を飛び出す事だけは阻止したい。
親父はアリアナを他国の王子に嫁がせる事も視野に入れている。
アリアナを大事にしてくれるのであれば、他国でもと考えるが、困った時に助けてやれない場所には、嫁には出せないと思ってしまう。
全く矛盾している。
俺は側で妹が他の男と寄り添う姿を見て、平静を装う事が出来るだろうか?何度も自問自答したが、気持ちが定まらない。
クロードはアリアナを欲している。
第一王子だが微妙な立場であった彼は、努力して皆に認められる王子と成りつつある。
さっきもクロードがアリアナを抱きしめる姿を見て、胸がチクチク痛んだ。
俺は兄だと自分にいい聞かせる。妹には幸せになって欲しい。クロードであれば任せていいと思った筈じゃないか。
だが、アリアナが俺の目が届かない所へ行こうとしていると思ったら、アリアナを抱きしめていた。
兄として、ギリギリ許せる範囲だったと思うが。
気が付けば、クロードの執務室の扉の前に立っていた。息を吐き、気持ちを落ち着けた後、ノックをして入る。基本、俺はこの部屋には出入りは自由だ。
「送ってきたか?」
「ああ。」
「アリアナは何か言っていたか?」
「王家と対立するならば、自分の事は捨て置けと言っていた。」
「馬鹿な事を。王家はアリアナに詫びなければならない立場であるのだが。」
「それだけの事を計画しているのだろう。」
「公爵も知っているのか?」
「いや、知らないだろう。知っていたら親父は今頃クリストファーを潰しにかかっている筈だ。」
親父が本気になれば、馬鹿王子ぐらい簡単に追い落とせる。
「相変わらず公爵は怖いな。で、公爵は本気でアリアナを他国へ嫁がせるつもりだったのか?」
「親父はそれも選択肢の一つだと考えている。他国へ行かせるのは、一時の噂から遠ざけたいからだ。流石に婚約解消後、すぐにお前と結婚する訳にはいかないだろう?だから親父も俺も他国に留学をさせてもいいかと思ったのさ。アリアナも他国を見たいと言っている。必要なら俺も同行するさ。」
そうだ。二人で周辺国を周るのも悪くはない。
少なくとも一年ぐらいなら、親父も許してくれるだろう。ただ、目の前の男は絶対許さないだろうが。
「お前の仕事はどうするんだ?」
クロードが不機嫌な声を出す。
「優秀な第一王子だから、誰が補佐になっても大丈夫だろう?」
そう言って、俺は口角を上げる。
「私に四六時中王子の仮面を貼り付けていろと?」
ギラリと俺を睨む。
まぁ、魔法師団では冷静沈着で厳しい王子、社交界では、微笑みを絶やさない外面の良い王子様だ。外には政敵が多く、気が休まる暇がないのはわかる。
「お前なら簡単だろう?まぁ側近が決まればそいつぐらいには普段のお前でもいいだろうよ。」
「それでお前は仕事を放り出して、アリアナと諸国を周ると?」
「それ、いいよなぁ。そうしよう。いずれにしろ領地経営もしなければならないからな。うん、ブラックな職場なんか辞めてやる。」
クロードがバン!と机を叩く。
「許さない。ただでさえ忙しいのに、お前は仕事を放り出して、私のアリアナを連れて行くなんて。狡いぞ。アリアナが他国を見て回りたいのであれば、私が連れて行く。お前が残って仕事しろ!」
クロードが冷静沈着な王子だと思った事を撤回する。
アリアナの事になると、狭量で我儘な王子だった。
仕事に追われているのは俺も一緒で、これ以上俺の負担が増えるのは勘弁して欲しい。
「いや、俺王子じゃないし。」
クロードはニヤリとする。ロクでもない事を言う時の顔だった。
「魔法師団の団長職を与えよう。」
「いや、要らないし。俺、一応公爵家の嫡男だし。だいたいお前にそんな権限は無いだろう?」
「チェッ」
「お前、今舌打ちしたな。」
「こんなに仕事をまわす奴が悪い。」
「仕方ないだろう?クリストファーが役に立たないんだから。俺だって何日家に帰れていないか…」
「アリアナが卒業したら、魔法師団に入団してもらうか。私の秘書として。私はやらなければならない事が山の様にある。アリアナに手伝って貰えば、きっと捗るだろう。それにアリアナを攫われる心配をせずともよいからな。」
「魔法師団には入らないとアリアナは言っていたが?陛下にも許可を貰っているらしい。妹は卒業後は花嫁修行だそうだ。母が手ぐすねひいて待っている。何処の国に嫁に出しても構わない様に鍛え直すらしい。」
「何処の国に嫁がせるんだ?私の所だろう?だったら魔法師団に入ってもいいだろう?」
「まだ決まっていないだろう?」
「アリアナは私のものだ。誰にも渡さない。」
クロードはいつもの台詞を持ち出してきた。
「いつアリアナがお前のものになったんだ?アリアナは俺の可愛い妹だ。お前は赤の他人だよ。アリアナが他国へ嫁ぐと言うならば、公爵家の方で話を整える。」
「煩い!」
「うあっ!止めろ!凶器投げてくるのは!壊れる物は投げるな!」
手当たり次第に机の上の物を投げてくる主兼友人の攻撃を交わしながら、俺は防御魔法をかける。
「壊れない物ならいいのか?」
全く普段真面目なだけに、感情が爆発した時はタチが悪い。しかも俺にだけ素を晒してくる。いや、アリアナにはかなり本性を晒しているか。かなりわかりやすく好意を表しているのだが、鈍感なアリアナは全く気付いていない。
いや、今はこんな事を考えている場合じゃないか。
「いや、ダメだって。片付けが大変だ!お前、殺気ダダ漏れだろう?俺は事実を言っただけだぞ。俺に何かあれば、アリアナが悲しむからな!」
クロードはアリアナの名を出すと、殺気が消えていった。どれだけアリアナに入れ込んでいるのか。
俺も防御魔法を解く。
「お前が変な事を言うからだろう?アリアナは私の将来の伴侶だ。」
「お前の気持ちはわかっているよ。だが誰であっても王家の嫁には出したくないな。苦労するのが目に見えている。」
「そうだな。それもわかっている。確かにアリアナには苦労させるだろう。だがそれでも側にいて欲しい。間違い無く私の我儘だ。」
クロードはそう言って椅子に座り直し、片手を額に当てた。俺は机の前に立ち、両手を机に付いた。
「お前が本気なのはわかっている。それにアリアナは王子妃としても、王妃としても立派に務める事ができるだろう。多少は行動力があり過ぎるが。だが、一つだけ言わせてくれ。俺にとっては、アリアナの気持ちが一番だ。政略結婚などクソ食らえと思っている。妹の気持ちがお前に無いのであれば、俺は応援できないし、妹を他国へ嫁がせる事も、隠す事も厭わない。」
「義兄上は厳しいな。」
「今の状況でお前が気持ちを伝える事は難しいだろうが、クリストファーとアリアナの婚約が解消した後は、きちんとアリアナを振り向かせてから、婚約しろよ。先に婚約すれば、アリアナは絶対にお前の気持ちを王家の責任感だと勘違いするからな。」
「我慢できるか自信は無いが、努力するよ。エリックには感謝している。これからもよろしく頼むよ。」
「ああ、だから仕事しろ!アリアナは仕事が出来る男の方が好きだぞ。」
「わかっているよ。ああ、だが、アリアナがいてくれたら、この書類の山も減るのだが。」
アリアナが一時期手伝ってくれていた時は、本当に仕事が捗った。書類を仕分けして、優先順位をつけ、資料を探し出し書類に付けておく。
俺たちは書類を見るだけで良かった。
「俺だって妹がいてくれた方が助かるが、それはお前の仕事だろう?」
「わかっているよ。希望を口にしたまでだ。だが、アリアナが卒業後に手が空くのであればと思ったのだが。」
「アリアナは、卒業後、王妃陛下の元で妃教育を受ける予定だったのだが…」
「卒業式の日に婚約破棄か。」
「ああ、その後逃亡する気満々だな。あれは。」
「逃すなよ。」
「当たり前だ。ていうか、それは俺の台詞だろう?だがなあ、妹は準備は着々と進めているぞ。何せ人脈と金は持っているからな。」
「彼女は資産を持っていると言ったな?それは押さえられるか?」
「俺も考えたさ。だが遅かった。金や質の良い宝石に替えて隠している。追跡魔法が可能な範囲は探し出せるが、域外に逃れられると厳しいな。さっき説得はしたのだが、納得したかどうか。」
「全く、公爵令嬢が何処でそんな知識を仕入れるのか?」
「俺が聞きたいよ。公爵家で教えた訳では無い。」
二人で溜息を吐いた後、
「仕事するか。卒業式の日は予定を空けて置いてくれ。私もアカデミーに行く。」
「了解。俺も行く予定だったから、ちょうど良い。」
結局、二人で急ぎの仕事を片付けただけだが、結局夜になってしまう。
「やっぱりアリアナが居てくれたら捗るのにな。」
と、ボヤいたクロードに、思わず同意してしまったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回も不定期更新とさせていただきますが、お付き合い頂けますと嬉しいです。




