【番外編】イスマエルの追想(イスマエル視点)
ブックマーク等、ありがとうございます。
更新遅くなり、申し訳ありません。
自室の机の上の書類に目をやった後、その書類をそっと置き、私はベランダへ出た。
今日は晴れていて、月が綺麗だ。
春の終わりとはいえ、夜はまだ冷える。
先ほど見たアリアを思い浮かべる。
彼女は女神の様に美しかった。
今夜は、アリアの友人という、エリス嬢のお別れパーティーがあると聞いて、参加したのだったが、ダンスでさえ踊れなかった。
更に、アリアナから今は恋人では無いと言われ、胸にナイフを突き刺された様だった。
恋人契約は確かに解消して欲しいと言われた。だから、友人から距離を縮めるはずだったのだが。
恋人契約の解消と言われた時、彼女をそのまま我が国に連れて帰るべきだったか。無理をして彼女に嫌われたくは無いと思い、素直に返したのだが。
他国の王子達もアリアナに馴れ馴れしく近寄ってくる。そんな様子に苛立ちながら、彼女に近付いたが、一番の障害は、彼女の兄だった。
彼女と同じ金色の髪に碧い瞳、整った顔立ちに洗練された物腰となれば、アリアの隣に立てば、美男美女で似合いのカップルだった。
アリアも彼の前では、屈託なく笑い、信頼を置いているのがわかる。
二人が踊れば、本当に息の合ったダンスで、話しながら踊っている様子はどう見ても、相思相愛の恋人にしか見えない。
兄だと理解していても。
ダンスの後、足を痛めたと言って、彼女の兄が抱き抱えた時も、彼は恋人に向ける眼差しをアリアに向けていた。
彼女の信頼を得ている彼に嫉妬を覚える。
慌てて追いかけて行ったが、医務室は完全に防御されていた。
彼の魔法力の強さに舌を巻く。
仕方なく音を拾おうと、集音魔法をかけるが、これも防音されていた。
彼女達は一体何を話している?
その後もアリアの側には、彼が張り付いており、私を含めた王子達は近付けなかった。
折角の機会だった。
苦手であるこの国のダンスも、アリアと踊る為に覚えた。二人きりで話す機会がダンスの時が多いからだ。
今日は期待していたのだが、彼女の兄に見事に牽制された。
卒業まで1ヵ月を切ってしまい、焦りもあったのだが。
次はいつ機会を作れるだろう。
アリアは私の、いや、我が国の女神だ。
先程、机に置いた書類の内容を思い出す。
今日届いたその書類は、国からの報告書であった。
フランブール国からの援助で、我が国の民は、冬を乗り越える事が出来た、という内容であった。我が国は比較的暖かいとはいえ、冬の夜は冷えるし、食料も満足に無い民は、飢えて死ぬところだった。
彼女が交渉してくれ、食料が届いたのだった。しかも秘密裏に。
フランブール国としては、我が国に援助したと恩を着せるならば、堂々と援助した方がいいに決まっている。だが、彼女はそれを良しとはしなかった。
首都の王侯貴族たちに横取りされない様、私の直轄地に直接運び入れてくれたのだった。
更に彼女は我が国との貿易を推進してくれた。
今下準備が行われているが、来月には最初の荷物が届けられる事だろう。
本当に感謝しても仕切れない。
私は彼女の為に、一体何が出来るだろうか。常にそう考えている。
感謝の気持ちから、彼女に惹かれた訳ではない。
彼女の純粋に人を助けたいという気持ちと、それを素直に表す事が出来ない不器用さに、気付いた時には、もうすっかり彼女の虜になってしまった。
強気な物言いも、彼女の本心を隠す為かと思うと、可愛らしく感じてしまう。
仮の恋人として過ごした時が、私にとってどんなに至福の時間だったか、彼女は知らない。
彼女の婚約者であるクリストファーは、別の女子生徒に夢中だ。だったら早く婚約解消してくれれば、いいものを。
お飾りの妃など戯言を抜かすなど、言語道断だ。
なのに、アリアはどんなに口説こうと、自分は婚約しているからと一線を引いている。
国としても、アリアを貰い受けたいと使者を立てている。それも断られて戻って来たが。
正式に断られてしまったのであれば、実力行使しか無い。彼女を攫って行く。それが出来たら、どんなにいいか…
私はこれから国に帰り、国を正しく導かなければならない。今は、父が独裁者として君臨しているため、戦を止められない。父の逆鱗に触れた私の異母兄弟が何人も死に追いやられた。
幸い私は魔法力が強く、出陣しても敗戦はなかったので、父からは疎まれる事はなかったが、私に人望か集まって来ると、間違いなく父は私を亡き者とするだろう。
私を支持している貴族達はかなりの数になる。皆、度重なる戦に疲弊していたからだ。
アリアを連れて帰りたいと思う反面、父に睨まれた時に、彼女を危険に晒してしまうかもしれないというジレンマに陥る。
父は女癖が悪い。気に入った女であれば、人のものでも構わず、後宮へ入れ、自分のものとする。
最近も私より年下の娘が後宮へ上がったと報告があった。
彼女の様な、金色の髪、空色の瞳、陶磁器の様に白い肌は、我が国では珍しい。更に女神の様に美しい彼女を父が目にすれば、必ず手に入れようとするだろう。
彼女を我が国に連れて帰る事は、やはり得策ではない。それは頭では理解している。
彼女が私を待ってくれると言ってくれれば、私は父を廃して、迎えに行くのだが、彼女は私のことは友人としか思っていない。
私が国を平定している間に、彼女を狙っている他国の王子たちに取られたら、私は後悔するだろう。それに、この間の様に命の危険に晒されるのであれば、一緒に連れて行き、常に側で守っていきたいとも思う。
アリアが側に居てくれれば、どんな困難にも立ち向かえる。二人で平和な国を作っていきたい。
アリアを我が国に連れ出して、我が拠点に隠すか、この国に隠れ家を用意して待って貰うか。
まだ彼女の心を得ていないにも関わらず、そんな事まで考えてしまう。
やはり彼女の気持ち次第だなと、暴走する自分の気持ちを抑える。
彼女には、幸せになってほしい。
できるのであれば、私が幸せにしたい。
隣で笑ってくれるだけで、私は力を得る事ができるだろう。
一体どうすれば、彼女の気持ちを手に入れる事ができるのか。
レオンハルトの様に気の利いた事は言えないし、ルーカスの様に気軽に話しかける事も難しい。
考えは堂々巡りだなと自嘲する。
そんな事を考えていると、中庭に人の気配がした。
もう夜も遅い。いくらパーティーがあった夜とはいえ、こんな時間に部屋を抜け出すのは、規則違反だ。
そっと自分の姿を目眩しの魔法で隠し、様子を伺う。
そこにいたのは、黒いフードを被った女子生徒と一人の男子生徒だった。
女子生徒がベッタリと男子生徒にしなだれかかっていた。
集音魔法で会話を集める。
(ねえ、卒業パーティーでわたしたちに付いたら、クリストファー殿下もきっと悪いようにしないわ。)
(やめてくれ、君が来るとは思わなかった。失礼する。)
(あら、私が服を乱して叫べば、どうなると思う?)
(何だって!)
(何も難しい事をお願いしているわけではないの。卒業パーティーでクリストファー殿下の味方になってくれればいいだけ。アリアナの味方をしないだけでいいのよ。どうせアリアナは追放されるんだから。)
(アリアナ嬢が何で追放されるんだ?)
(あら、だってクリストファー殿下はわたしに夢中なんだから。当然でしょう?どちらに付いた方がいいか、よく考えてね。)
そんな会話をした後、女子生徒は去って行った。
話の内容から、女子生徒はいつもクリストファーの側にいる娘だろう。
クリストファーとあの女子生徒は、アリアナを陥れようとしているのか?
あの男子生徒はこの国の伯爵家の子息だったか?
卒業パーティーか。
アリアを陥れようなど、言語道断だ。
あの男子生徒を捕まえて、詳しい話を聞くか。
そう考えて、転移魔法で彼の後ろに転移した。
彼の後ろに立った瞬間に、彼は振り返りながら、一歩下がる。
「誰だ!」
「悪い、驚かせるつもりは無かった。同じ学年のイスマエルだ。ちょっと話を聞かせてくれ。」
「イスマエル殿下?何故ここに?」
「部屋から見えたんでね。」
そう言って、私はベランダを見る。
彼は納得したらしい。
「ああ、そうですね。私とした事が。もしかして、誰と居たかもご覧になりましたか?」
「ああ。それで少し話がある。悪いが部屋に来てくれるか?」
そう言って、返事を待たずに、彼の腕を掴み、自室へ転移した。
「転移するなら、そうと仰って下さい!」
「悪い。ああ、同期なんだ。敬語や敬称は必要ない。君と話すのは、初めてか。」
「そうですね。改めまして、私はニコラスーデュノアです。殿下の事は存じております。」
「敬語はいいと言った。友人として、話して欲しい。それで、さっきは何があった?」
「私の友人を騙る手紙で呼び出されたんだ。あの女子は、最近クリストファー殿下の側にいるカーラだ。」
そう言って、彼は先ほどのやり取りを話してくれた。
やはり卒業パーティーで、クリストファーが何か企んでいるらしい。
「ニコラスはクリストファーの取り巻きではないだろう?」
そう、ニコラスはいつもヨハネスといる事が多い。
アリアとも話している姿を見かける。
「ああ、だからこそカーラは俺を取り込みたかったんだ。白薔薇姫を貶めるなど、許せない…」
彼は最後の言葉は独り言の様に呟く。
「白薔薇姫?」
「アリアナ嬢を白薔薇姫と呼んでいるんだ。俺たちの間で。彼女は俺たちの憧れなんだ。不敬を承知で言えば、殿下達は王族だからと言って、姫と親しくし過ぎだ。」
「親しくして、何が悪い?クリストファーが彼女を蔑ろにするから、いけないんだろう?アリアナ嬢の名誉の為に言うが、彼女は友人として、我々王族の留学生に接してくれているだけだ。」
「知っているよ。姫は悪くない。なぁ、イスマエルなら魔法力高いのだろう?卒業パーティーでクリストファーとカーラが何か企んでいる。姫を守って欲しい。俺たち国内貴族はしがらみに囚われて、思うように動けない。頼む。」
そう言って、彼は頭を下げる。
「頼まれなくとも、姫は守る。出来れば、我が国に連れて帰りたいぐらいだ。」
「連れて帰られるのは、困るなぁ。俺たちの憧れなんだ。卒業しても、社交界で会えるかもしれないと、皆淡い希望を抱いているんだ。」
彼は戯けて言いながらも、目は笑っていなかった。
貴族令息達も狙っているのか…アリアなら当然か。
自分以外がアリアの隣に立つ姿を想像してしまい、不快感を覚える。
「それは希望に添えないかもな。我が国として、婚姻を申し込んでいる。」
「身分が上だといいよな。ヨハネスも、結婚の申し込みをしていると言っていたし。」
ヨハネスもか。ふと疑問に思う。ヨハネスとかなり親しいようだが、そんな事まで話す様な仲なのか?
「ニコラスはヨハネス殿下と仲が良いのか?」
「ああ、アリアナ嬢からの紹介で、俺がヨハネスにフラン語を、ヨハネスからノルン語をお互いに教えているんだ。ヨハネスなんか、二年越しでアリアナ嬢を想っているんだ。だけど彼女は婚約しているからと、静かに見守っていたんだが、クリストファーの横暴に呆れて、姫を救いたいと言っていた。」
私はライバルがまた増えた事に頭を抱えそうになるが、まずはアリアを守る事だと言い聞かせる。
もっと情報が欲しい。
「アリアナ嬢を守るため、彼女の味方となってくれる生徒と連絡が取りたい。協力してほしい。」
「ああ。明日にでも話しておくよ。」
ニコラスは力強く頷いてくれた。
私は、何としてもアリアを守る。そう誓ったのだった。
お読み頂き、ありがとうございました。
次回も不定期更新とさせて頂きますが、お付き合い頂けますと幸いです。




