【番外編】ミモザとアリアナとクロード(クロード視点)
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前話のクロード視点です。
アリアナがアカデミーに戻ってから、彼女は魔法師団に顔を出していない。
エリックに確認すれば、アカデミーを休んでいた分、忙しいと連絡が入ったそうだ。
だが、こう長く顔を見ないと不安になる。なんせ彼女の周りには、彼女を狙う男達がいるのだ。
エリックが護衛を付けているし、彼の息のかかった伯爵令息から、毎日アカデミーでのアリアナの様子が報告されている。
今、エリックの部屋で、報告書を読んでいる。表題は「アリアナのアカデミー内での交友関係について」と書いてある。
アリアナがアカデミーに戻ってからは、周囲はご令嬢方が取り囲み、男達はなかなか近付く事が出来ないとの報告には安堵した。エリックが手を回していたらしい。しかし、アリアナと仲の良いエリス嬢と一緒の時は、レオンハルトも一緒にいる事が多いとの一文に怒りが湧く。
「エリック、アリアナを呼び出せ。」
「お前がそんな怖い顔をしていると、呼び出しても逃げ出すぞ。」
彼は笑いながら言う。
「お前はこの報告書を見て、何も思わないのか?」
「大丈夫だ。アリアナはレオンハルトの事も、ただの王子としか思っていない。」
「ただの王子って。アイツは隣国の王太子で、堂々とアリアナを口説いている奴だぞ。」
「アリアナは権力が嫌いだからな。王子とかの王族は、煩わしいと思っているさ。」
「…俺も王子だが。」
「お前はその前に兄だから、心配するな。」
エリックが私の肩を軽く叩く。
「私は兄になりたいわけではない。」
エリックの言葉は、地味に私を打ちのめす。
だが、幼い頃からの友は、一瞬切ない眼差しを浮かべた。私も反撃してしまった様だ。
彼もアリアナの事を大事に思っている。それが兄妹の情以上の感情では無いかと、感じる事が度々ある。
だが、彼は私のアリアナへの想いを知っても変わらず、私の側で仕え、私の想いを応援してくれている。
口は悪いが…
「ああ、わかっている。俺もアリアナの顔を見たいから、呼び出してやるよ。」
エリックが呼び出してから、直ぐにアリアナはやって来た。元々、今日は顔を出すつもりだったらしい。
「ご機嫌よう。クロード殿下、お兄様。」
アリアナが、優雅に挨拶をしているが、彼女と視線かあった時、彼女の瞳は、逃げ場を探していた。
「アリアナ、座りなさい。」
エリックから言われ、アリアナは、離れた席に着こうとする。
「そっちでは無い。ここに来なさい。」
私はアリアナの腕を引き、強引に隣に座らせた。
「殿下、わたくしはあちらで。」
「ダメだ。ここに座りなさい。」
「はい…」
怯えた子猫の様だ。毛を逆撫でて怒っていたり、自分の思うままに行動するアリアナは、猫の様だな。
「久しいな。アリアナ。」
「この間まで、お世話になっていたではありませんか。」
ツンとして、アリアナは言う。無理している姿も可愛いと思ってしまう。
「魔法師団に週2回は顔を出す様、申し伝えていた筈だが。」
「忙しく、行けないと連絡はいたしましたわ。」
だが、レオンハルトと会う時間はあったのだろうと思うと、つい、口調が厳しくなってしまう。
「レオンハルトと親しくしているのではないか?」
「レオンハルト殿下?別に親しくしておりません。わたくしはエリス様とは、親しくさせて頂いておりますが。」
「レオンハルトも一緒にいるのではないか?」
「時々は。」
「やはりアカデミーは辞めろ。」
「嫌です。」
「何故だ?勉強はもう十分だろう?」
「後少しだけです。卒業ぐらいしたいですわ。あっ、お兄様、これ。」
アリアナはバスケットを、エリックに差し出す。
「何だ?」
エリックは訝しげに籠をみる。
「嫌だわ。今日はミモザの日よ。クロード殿下とお兄様にミモザとケーキとクッキーを用意したの。」
ミモザの日。すっかり忘れていた。
アリアナがこの日に私に会いに来てくれた。大事な人と過ごす日。ここ数年、エリックを含め一緒に過ごして来た。今年も忘れずにアリアナが来てくれた事がとても嬉しい。
前に座っているエリックも、目を細めている。
「ああ、そうだったな。」
「あら、それで呼び出されたのだと思ったのだけど。お兄様方はどなたかに贈られたの?」
「それどころでは無かった。」
エリックは遠い目をしている。このところの忙しさを思い出したのだろう。
「ですわよね。お茶入れて来ましょうか?」
「いや、侍従に頼んでくるよ。」
エリックはそう言って席を立つ。
やっと、アリアナと二人きりになれた。エリックに感謝し、後で礼をしなければと思う。
「アリアナ、傷は痛まないか?」
私は彼女肩に視線を向ける。
私を庇って、負ってしまった傷。
傷自体は治癒したが、傷痕が残っているはず。痛みが残っていてもおかしくはない。首まで覆われているドレスが、傷痕を見せない為かと思うと、自責の念に駆られ、早く綺麗な肌に戻さなければと思う。
だが、傷痕は私のものだという印の様にも思え、消したくないとも思い、相反する気持ちに苛まれる。
「ええ、もう痛みはありません。ご心配をおかけしました。」
「傷痕はどうなった?」
「さあ?見ておりません。侍女が薬は塗ってくれていますが。」
「傷痕をみせろ。治癒魔法をかけてやろう。」
「治癒魔法なら、治療院の先生にお願いしますわ。」
「アリアナの肌を見せたくはない。」
アリアナの肌は、誰にも見せたくはない。
白い滑らかな肌も、傷痕さえも。
「肌って…肩ですから。ドレスを着れば出ていてもおかしくない場所ですわ。それに今日のドレスだとすぐに肩を出せません。」
アリアナは傷痕を見せようとしなかった。
仕方ないかと、服の上から治癒魔法をかけるが、やはり状態を見ながらでないと、難しい。
「やはり、服の上からだと難しいな。やっぱり傷痕を見せなさい。」
治療の為でもあるが、アリアナの傷痕を直接この目で確認したい。酷い様ならば、やはり綺麗に治してやらなければなるまい。
アリアナは困惑しているようだ。
「ああ、ドレスのボタンが後ろだから、自分でできないのだろう?私が外すぞ。」
彼女か応える前に、私は首の後ろ側にあるボタンに手を掛け、外していく。
白い項が現れ、思わず息を呑む。
「殿下、ダメです!」
アリアナが私を止める。だが、私は止めるつもりはない。
「何がダメなんだ?二人きりだ。他に見る者はいない。」
「いえ、殿下の名誉に関わるかと。」
アリアナが余りにも必死に言うので、思わず笑ってしまう。魔法力の強い彼女が本気になれば、私から逃げ出す事は容易だ。だが、彼女は私から逃げ出さないばかりか、私の心配をしている。
「クックック…それを言うならば、アリアナの名誉だろう?心配するな。ここには防音、防御、目眩しの魔法をかけている。エリックしか入って来れない。」
「兄でも問題があると思いますが。」
「エリックなら、何も問題ない。」
彼女は俯いているが、耳がほんのり赤い。
上から五つほどボタンを外すと、そっと右肩側のドレスを外すと、彼女は慌てて胸の前で、ドレスを抑える。
「ああ、悪かった。」
私はそう言って、上着を彼女の反対側の肩から、そっと前面に掛けた。そうでもしないと、私の理性が保てそうにない。本当は今すぐ奪ってしまいたい。しかしそれは許されない。
「ありがとうございます。」
私は傷痕の上に、直接触れ、指先で傷痕を撫でていく。傷痕の赤みが少しずつ薄くなる。
ふと、アリアナに魔法がかけられている気配を感じる。また追跡魔法か。前回解術したが、消した事を悟られたのか?また別の者にかけられてたのか。
いずれにしろ、アリアナに近付く事ができる人物だな。治癒魔法をかけた後に、その追跡魔法を解術する。
「殿下、擽ったいです!」
彼女の肩が震えている。
「動くな!もう少しで済むから、我慢しろ!」
口調がつい、乱暴になったのは、許して欲しい。
そうでもしないと、自分の理性が保てそうになかった。
傷痕を数回撫でると、線になって貼りつい皮膚の赤みが少し薄くなる。傷口にキスしたい衝動を抑えながら、彼女のドレスを引き上げ、ボタンを掛けた。
「終わったぞ。随分薄くなったが、後、数回は治療が必要だな。」
アリアナは私に上着を返しながら、礼を言う。
「ありがとうございました。ですが、これ以上は殿下のお手を、煩わせる訳にはいきません。」
アリアナは相変わらず私と一線を引こうとする。
だが、悪いが、私はもう彼女を離すという選択肢はなかった。
「いや、私が最後まで面倒をみるから心配するな。」
そう、一生面倒をみたい。彼女が私の側で笑っていてくれるならば、どんな苦難でも乗り越えていける。その為に今まで努力してきたのだ。
「殿下、もう十分です。わたくしは傷痕があろうとも、わたくしには変わりありません。クリストファー殿下との婚約解消が成れば、殿下に甘える訳にはいきませんわ。」
私は、彼女の言葉に眉を顰める。
クリストファーとの婚約解消が成れば、私が彼女を貰い受ける手筈が整っている。なのに彼女は私から離れようというのか。
「クリストファーと婚約解消が成った暁には、アリアナはどうするつもりか?他国の王子の元へ、嫁ぐのか?」
「まさか!王子様方は、皆様良い方ばかりですが、わたくしには、勿体ないお話です。」
「その王子達から、求婚の申し込みが来ているが?婚約解消後、いや、早急に婚約解消し、我が国に来て欲しいと何件も。」
そう、その為にクリストファーとアリアナの婚約解消がなかなか進まない。アリアナの魔法力を知る者は、陛下とその側近のごく一部に過ぎない。
大半の貴族たちは、アリアナはただの公爵令嬢だから、隣国の和平の為、クリストファーと婚約解消させ、彼女を差し出せと煩い。クリストファー派の画策でもあるのだろう。
「もちろん、国王陛下や、父から嫁げと言われれば、嫁がなければならないかもしれませんが。」
アリアナも事情は知っている様だ。彼女の事だ。自分を犠牲にしても和平の為ならと、他国へ嫁ぐかもしれない。
「アリアナは、他国へ嫁ぐというのか?」
王子の誰かから、何か吹き込まれたのか?
レオンハルトあたりか。
「今の立場のわたくしには、選ぶ事など出来ません。貴族の娘として、それは充分承知しております。自分が想う方と一緒になる事など、夢のまた夢ですわ。」
私は彼女の両腕をガシッと掴む。
アリアナが好きな男がいるとは、思ってもみなかった。だからこそ、男として意識されていなくとも、これからだと、我慢してきた。
「誰か好きな男がいるのか?」
嫉妬と焦りで、声を荒げてしまう。
早く否定して欲しい。私はアリアナの答えを待った。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回もクロード視点の予定です。
不定期更新で申し訳ありませんが、お付き合い頂けますと幸いです。




