【番外編】ミモザとアリアナとクロード(アリアナ視点)
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前話の続き、アリアナ視点です。
「ご機嫌よう。クロード殿下、お兄様。」
「アリアナ、座りなさい。」
兄から言われたので、冷気を発している人から一番離れた席に着こうと、ソファーに近付く。
「そっちでは無い。ここに来なさい。」
そう言った後、クロード殿下が私の腕を引き、隣に座らせた。
「殿下、わたくしはあちらで。」
「ダメだ。ここに座りなさい。」
「はい…」
私は早速白旗を揚げた。
クロード殿下から発せられる冷気が、凄すぎる。
やっぱり帰れば良かったかも…
「久しいな。アリアナ。」
「この間まで、お世話になっていたではありませんか。」
ちょっとだけ、抵抗してみる。
「魔法師団に週2回は顔を出す様、申し伝えていた筈だが。」
冷気からブリザードになりそうだ。
勇気を振り絞り、言い訳をする。一応、予想はしていたのよね。絶対怒られると。
「忙しく行けないと、連絡はいたしましたわ。」
「レオンハルトと親しくしているのではないか?」
クロード殿下の声が一段と低くなった。
やっぱり怖いかも。頑張れ、私。
う〜ん。やっぱりアカデミー内の事は、筒抜けなのね。確かにエリス様と一緒にいると、レオンハルト殿下がいらっしゃる事が多くなってしまう。だけど二人きりで会った事は無い。
「レオンハルト殿下?別に親しくしておりません。わたくしはエリス様とは、親しくさせて頂いておりますが。」
ちょっと言い訳にしては、苦しいかな。レオンハルト殿下は俺様ではあるけれど、エリス様とのやり取りは面白いので、つい一緒に聞いてしまうのよね。
「レオンハルトも一緒にいるのではないか?」
「時々は。」
私の顔はきっと引きつっているはず。
「やはりアカデミーは辞めろ。」
やっぱりそう来ますか。もう何度も言われるので、反射的に返事をしてしまう。
「嫌です。」
「何故だ?勉強はもう十分だろう?」
「あと少しで卒業ですから、それまではアカデミーに行きたいですわ。あっ、お兄様、これ。」
私はバスケットを差し出す。
話題を変える絶好機会だとばかりに、兄に差し出す。
「何だ?」
今まで、黙って私たちの会話を聞いていた兄が、不思議そうに、バスケットを受け取る。
「嫌だわ。今日はミモザの日よ。クロード殿下とお兄様に、ミモザとケーキとクッキーを用意したの。」
そう私が答えた途端に、兄は相好を崩す。
「ああ、そうだったな。」
「あら、それで呼び出されたのだと思ったのだけど。お兄様方はどなたかに贈られたの?」
「それどころでは無かった。」
兄がボソッと言う。
事件の後始末で忙しい事は知っていたので、仕方がないかとも思う。
そう言えば、二人とも疲れている様子だし。
せめて今ぐらいはゆっくり出来ればいいけれど。
そう思うと、私がここに居ていいのかしら?どなたか意中の方と過ごさなくとも良いのかしら?と、急に不安になる。だけど、冷静に考えると、二人に意中の方がいる気配はない。それなら、まぁ妹が一緒でもいいのかな、と一人で納得した。
「ですわよね。お茶入れて来ましょうか?」
「いや、侍従に頼んでくるよ。」
兄はそう言って席を立ち、部屋を出て行った。クロード殿下と二人きりになるじゃないと、頭の中で、兄に悪態をつく。ブリザードをまともに受ける私を、見捨てないで欲しい。妹の事が心配じゃないの?
「アリアナ、傷は痛まないか?」
殿下は私の肩に視線を向ける。ブリザードが和らいだ。とりあえず、説教では無さそう。ホッと一息つく。
傷痕があるので、事件以降は、なるべく首まで覆われているドレスを着ている。今日も傷痕が隠れるドレスを着て来たので、殿下を心配させてしまったかも。
「ええ、もう痛みはありません。ご心配をおかけしました。」
「傷痕はどうなった?」
「さあ?見ておりません。侍女が薬は塗ってくれていますが。」
傷痕が少し残ったとしても気にしていない。むしろこれを理由に、婚約破棄されればいいのに。
「傷痕をみせろ。治癒魔法をかけてやろう。」
「治癒魔法なら、治療院の先生にお願いしますわ。」
「アリアナの肌を見せたくはない。」
「肌って…肩ですから。ドレスを着れば出ていてもおかしくない場所ですわ。それに今日のドレスだと、すぐには肩を出せません。」
そうお断りしていたはずなのに、クロード殿下は、私の体を斜めに動かし、背中を殿下に向けさせた。そして、私の傷痕に服の上から手を当てた。
ふんわり温かい。
本当に心配させてしまったのだと、反省する。
「やはり、服の上からだと難しいな。傷痕を見せなさい。」
襟ぐりの開いたドレスでは、問題ないのに、今のドレスで肩だけを出す事は、恥ずかしい。
いくらクロード殿下でも。
殿下は純粋に心配してくれているのに。
何も動かず、言葉も出さない私を不審に思った殿下は、更に爆弾発言を落としてくれた。
「ああ、ドレスのボタンが後ろだから、自分でできないのだろう?私が外すぞ。」
私が応える前に、クロード殿下は首の後ろ側にあるボタンに手を掛けた。
殿下は器用に背中にあるボタンを外していく。
いや、ダメでしょう。いくら兄の様な方とはいえ、男性と二人きりで、服のボタンを外されている状況。
誰かに見られたら、大変だ。
「殿下、ダメです!」
「何がダメなんだ?二人きりだ。他に見る者はいない。」
それが問題なのですが…
「いえ、殿下の名誉に関わるかと。」
私がそう言えば、殿下は肩を震わせた。
「クックック…それを言うならば、アリアナの名誉だろう?心配するな。ここには防音、防御、目眩しの魔法をかけている。エリックしか入って来れない。」
「兄でも問題があると思いますが。」
「エリックなら、何も問題ない。」
いえ、問題大有りなんですが…
そもそも殿下が私の服のボタンを外している事自体が。
私の心臓はドクドクと忙しく、顔はきっと真っ赤になっている。
殿下は責任を感じて、傷痕を自分で確認したいだけ、これは治療で、兄に見せるのと一緒だと、言い聞かせ、落ち着きなさいと、自分を叱咤する。
殿下は、上から五つほどボタンを外すと、そっと右肩側のドレスを外す。
私は慌てて胸の前で、ドレスを抑える。
「ああ、悪かった。」
殿下はそう言って、彼の上着をサッと脱ぎ、私の反対側の肩から、前面に掛けてくれる。
「ありがとうございます。」
上着からは、殿下がいつも使っている柑橘系のオーデコロンの香りがした。幼い頃はよく抱きついていたんだっけと、現実逃避してしまう。
殿下の手が傷痕の上に、直接触れる。
温かい掌の感触を感じたと思ったら、殿下の指先が傷痕を撫でていく。
「殿下、擽ったいです!」
「動くな!もう少しで済むから、我慢しろ!」
傷痕に沿って、ふんわり温かくなったと、思ったら、私のドレスが肩まで引き上げられた。
「終わったぞ。随分薄くなったが、後、数回は治療が必要だな。」
そう言いながら、また器用に背中のボタンをかけてくれた。変わらない優しさが、身に染みる。
妹同様に可愛がってくれた殿下には、幸せになって欲しい。いつまでも、私が側にいては邪魔よね。
殿下に上着を返しながら、お礼を言う。
「ありがとうございました。ですが、これ以上は殿下のお手を、煩わせる訳にはいきません。」
自分でも可愛くないなぁと思うけれど、これ以上、殿下の優しさに触れたら、卒業式の断罪パーティーに立ち向かえない。
「いや、私が最後まで面倒をみるから、心配するな。」
最後までとは、傷痕が無くなる迄かな。殿下には責任を感じて欲しくは無い。
「殿下、もう十分です。わたくしは傷痕があろうとも、わたくしには変わりありません。クリストファー殿下との婚約解消が成れば、殿下に甘える訳にはいきませんわ。」
私がそう言えば、クロード殿下は眉を顰める。
「クリストファーと婚約解消が成った暁には、アリアナはどうするつもりか?他国の王子の元へ、嫁ぐのか?」
「まさか!王子様方は、皆様良い方ばかりですが、わたくしには、勿体ないお話です。」
「その王子達から、求婚の申し込みが来ているが?婚約解消後、いや、早急に婚約解消し、我が国に来て欲しいと何件も。」
「もちろん、国王陛下や、父から嫁げと言われれば、嫁がなければならないかもしれませんが。」
「アリアナは、他国へ嫁ぐというのか?」
折角、暖かくなった空気が、一気に冷えて行く。
「今の立場のわたくしには、選ぶ事など出来ません。貴族の娘として、それは充分承知しております。自分が想う方と一緒になる事など夢のまた夢ですわ。」
すると、クロード殿下は私の両腕をガシッと掴む。
「誰か好きな男がいるのか?」
ドスの効いた声で、私を睨みながら、掴んだ指に力を入れてくる。
「まさか!今想う方はおりません。殿下、腕が痛いですわ!」
「ああ、悪かった。」
そう言って、力は抜いてくれたが、拘束は解いてもらえない。
「婚約する方とは、結婚してからでも、愛情を育む事ができればと思っているだけです。本当はクリストファー殿下と、その様な関係になる事が一番良かったのでしょうけれど。」
そう、彼は婚約者としては、問題だらけだ。だけど、彼だけが悪い訳ではない。私も彼と結婚したくないという気持ちがあったし。今更、過ぎた時は戻せない。お互いの幸せの為に、婚約を解消した方がいい。
「クリストファーと本気で結婚する気か?」
殿下は何か勘違いをしているのだろうか?
「……クリストファー殿下から、婚約破棄を言われると思いますわ。」
「その後はどうするつもりか?他国の王子の元へ行くのか?我が国の貴族に嫁ぐのか?」
それは無い。婚約解消後は田舎に籠り、魔法具の開発に没頭する予定だし。
「クリストファー殿下と破談になった娘を望む方は、いらっしゃらないでしょう。その後は領地の隅にでも居を構え、のんびり暮らしますわ。」
「アリアナが破談になれば、喜ぶ男が大勢押し掛けるというのにか?」
「まさか!皆様わたくしの家と持参金が魅力的なだけですわ。わたくし自身の事など二の次でしょう。わたくしの本性を知れば、皆逃げ出しますわ。」
卒業パーティーが何事も無ければ、確かに次の婚約を決められるかもしれないけれど、断罪イベントが待ち構えていれば、私も無傷ではいられない。名誉は地に落とされるはず。
落とされたついでに、今までの鬱憤を晴らして何が悪い?と、色々と準備しているのよね。
「アリアナは何か誤解している。本当のアリアナを知れば、益々男が寄って来る。」
「そんな事はありませんわ。婚約解消した後は誰も寄っては来ません。たぶん?」
私がそう言えば、クロード殿下の眼差しが鋭くなる。
「何を企んでいる?」
「内緒ですわ。ご心配無く。」
まさか逆断罪を計画しているとは言えず。
「心配しないわけはないだろう!アリアナの事は大事に思っている。」
「ありがとうございます。わたくしも殿下に妹の様に可愛がって頂き、嬉しかったですわ。」
そう言ったところで、兄がティーセットが載ったワゴンと共に、部屋に戻って来た。
「お兄様、わたくしがお茶を入れますから、ゆっくりされてくださいな。」
「ああ、頼む。アリアナのミモザケーキは楽しみだなぁ。今年も食べれて良かった。」
「やっぱりケーキ目当てでしたの?」
「いや、クロードが煩くって。お前が魔法師団に来ないから、悪いんだぞ。」
そう言いながらも、兄は嬉しそうだ。
「だって忙しかったのです。だいたい週に2回も顔を出すなど難しいですわ。」
「ダメだ。必ず週2回は顔を見せてくれ。私が心配でたまらない。」
「ほら、煩いだろう?」
「ふふふ…」
いつもの他愛もない話をしながら、こんな時間を持てるのも今だけよねと、一人感慨に浸ってしまったのだった。
お読み頂き、ありがとうございました。
次回はクロード視点を予定しています。
不定期更新で申し訳ありませんが、お付き合いいただけますと、嬉しいです。




