【番外編】傷を負ったアリアナと兄とクロード(クロード視点)
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前話の続きです。
エリックはそっと部屋へと入って来る。
「アリアナは?」
そう言って、心配そうにベッドに視線を向ける。
まるで恋人に向けるような眼差しに、胸の内が騒めく。 彼は兄だ。そう理解している。だがエリックとアリアナの深い絆にはつい嫉妬してしまう。アリアナが唯一心を許す存在だからだろうか。
「傷は浅い。一応治癒魔法で治療は済んでいる。ただ痛みが出る事があるらしい。まだ意識は取り戻していないが、疲れが溜まっているからだろうと医師は言っていた。」
なるべく平静を装い、医師からの説明された事を伝える。
「そうか。」
彼はそう言って、椅子を持って来て、私の隣に座り、アリアナの顔を覗き込む。そしてそっと額にキスを落とした。
「無事でよかった。」
彼は独り言の様に呟く。
そして彼女の頭を撫でていた。
彼は本当に心配していたのだろう。だが、その姿は恋人同士の様で、兄とわかっていても許せなかった。
「触れるな!」
無意識の内に声に出していた。
だが彼は動じていない。
「俺は兄だ。家族としての触れ合いだ。お前とは違う。」
そう言って、彼はニヤリとする。
その言葉にますますイライラが募る。
「アリアナは私のものだ。いくら兄だとしても不用意に触れて欲しくはない。」
「まだお前と結婚するとは決まっていないだろう?お前も立場は兄だ。今、アリアナはお前の弟の婚約者だからな。」
彼は私が一番気にしている事を持ち出す。
私の性格を熟知している彼だからだろう。
「相変わらず、いい性格をしているな。」
「お前ほどじゃないさ。しかし、最後に油断したとは。不覚だったな。アリアナらしくもない。」
「いや、私が油断したのが悪い。」
そう、アリアナを腕の中に収め、安心した一瞬の隙だった。
「まさか囚われている生徒が牙を剥くとは、思わないさ。アリアナも保護されて、気を抜いていたのだろう。」
アリアナが先に気付き、私を庇ったのだ。
私が早く気付けば、彼女が傷を負う事はなかった。
「アリアナは私を庇おうと傷を負った。命に別状はないが、傷痕は残るかもしれない。申し訳ない。私が必ず責任を取って彼女を貰い受ける。」
私がそう宣言すると、彼は頭を振る。
「いや、責任は取らなくていい。っていうか、お前ドサクサに紛れて、アリアナを手に入れようとしていないか?アリアナは傷の事など気にしないぞ。それどころか傷の事を知ったら、クリストファーとの婚約解消の理由ができたと喜ぶだろう。」
アリアナがクリストファーとの婚約を解消したがっている。その事が私の希望だ。だが若い女性にとって、傷痕が残る事は苦痛だろう。
傷があろうが、私にとって、アリアナは大事な女性だ。
「クリストファーとの婚約解消は願ってもない事だが、私は本気だぞ。」
「アリアナの事は心配しなくとも、兄の俺が責任持って面倒を見るさ。第一アリアナに責任を取ると言ったら、かえって面倒な事になるぞ。責任で結婚してもらうのは嫌だと絶対言う。」
エリックの面倒をみるという言葉に焦りを覚える。
兄とはいえ、アリアナが一番信頼している男。
彼自身は自分の兄としての立場を弁え、私の事を応援してくれている。一方で、アリアナの意思が一番だと公言しており、アリアナが私を拒否すれば、彼は彼女の味方をするだろう。
「アリアナが手に入るなら、どんな手でも使うさ。嫌だと言っても私が諦める訳がない。」
そう言えば、彼は私を見据える。
「お前の執着は怖い。少しは自制しろ!アリアナが嫌と言ったら諦めろ。」
嫌だと言われる事など、考えたくもない。
「それは無理な話だ。それにアリアナは私の事は嫌ってはいない。誰かに取られる前に、手元に置きたいと思う事は当然だろう?」
そう、彼女は私の事もエリックと同様に慕ってくれている。兄としてではあるが、エリックの次に信頼されていると自負している。
エリックは呆れた様にため息を吐く。
「全く…女はアリアナ以外にもいるだろう?」
私にとって、一生をともにしたい女性はアリアナだけだ。今まで来た縁談は全て断っている。
「それは同じ言葉を返すよ。エリックにも縁談の話が色々と来ているのだろう?早く結婚して妹を安心させてやれ。」
「俺は後でいい。主君を差し置いて、結婚する訳にはいかない。」
私を理由にしているが、エリックも溺愛しているアリアナが、自分の手の内にある間は結婚など考える事はできないのだろう。
「遠慮なく私より先に結婚していいぞ。邪魔者は少ない程いいからな。」
私はそう言って、口角を上げる。
「俺を邪魔者にするな。」
エリックも笑いながら、私の背中を軽く叩いた。
「冗談だよ。未来の義兄上。」
お互い言いたい放題ではあるが、この親友との会話は心地よい。彼は私が王子だと特別扱いはしないし、裏表なく接してくれる。アリアナに関しても私に厳しい事を言うが、それは叱咤激励だと思っている。
彼はもう一度、大きな溜息を吐く。
「とりあえず、アリアナの今後については後だ。それより、この事件の件で報告しておこう。」
そう言って、彼は私をベッド近くにあるソファーに移動するよう促す。そして一枚の書類を差し出した。
そこには、賊の人数、応酬した武器などが書いてある。
「ナイフはどうだった?」
「簡易検査では何も出ていない。一応、毒に詳しい研究所に検査に出している。」
それを聞いて、安堵した。普段元気な彼女が意識を失う場面は心臓に悪い。
「良かった。」
「ああ。多分普段使いのナイフだったのだろう。」
エリックもホッとしたようだ。
「賊は全員捕らえ、牢に繋いでいる。詳しい取り調べはこれからだな。囚われていた留学生は、とりあえず我が家のタウンハウスで預かっている。アリアナを刺した娘とカーラは、それぞれ魔法師団の一室で拘束している。だが事情聴取はまだだ。」
「娘の身元は?」
「モラン伯爵令嬢だ。」
「モラン伯爵か。」
私は第二王子派の貴族に連なる貴族の名を思い浮かべる。
「モラン伯爵は第二王子派ではなかったよな。」
「ああ。だが、お前を推す一派でもない。中立派だ。だから彼女の行動が解せない。」
「詳しく調べる必要がありそうだな。」
「ああ、部下には指示を出している。」
中立派まで、アリアナを害するとは考えたくはないが。
アリアナを得る為には、王太子になる必要がある。
今までは、急いては事を仕損じると、慎重に進めていたが、少し急がなければ、国を揺るがしかねない。
ファーガソン公爵と今後の対応を相談しなければ。
もう一つ、気になっていた事を確認する。
「アカデミーに連絡は?」
4人も生徒がいなくなったのであれば、今頃大騒ぎだろう。特にアリアナに付き纏っている王子たちは、アリアナが攫われた事で行動を起こす可能性がある。
今回の件に他国は関わっていないだろう。だが、王子たちの対応もしなければならないかと思うと、頭が痛い。
「部下に連絡を入れさせている。とりあえず4人は助け出したと伝えている。だが、アリアナを含めてすぐに帰す訳にはいかないだろう?どうするか?」
「黒幕を牽制する為、アリアナは賊に刺され、意識不明とするか。警備に関しても、もう一度調べ直さなければならないだろう。こんなに簡単に賊の侵入を許すとは、手引きした者がいるはずだ。」
「そうだな。警備は厳重にしていた筈だ。警備の者か離宮の者か。アカデミーの生徒とは考えたくはないが、そちらも調べよう。我が家の手の者を使うがいいか?」
「頼む。」
「留学生の娘はアカデミーに帰していいか?」
「ああ、彼女にはアリアナは怪我をしていて、暫く戻れないと伝えてくれ。」
「わかった。カーラはどうする?泳がせるか?」
「ああ、話を聞いた後、戻そう。いつまでも拘束しているとクリストファーもうるさいだろう。それに黒幕に下手に警戒されたくはない。」
「アリアナを刺した生徒はどうするか?まだアリアナの魔法が効いていて、意識は戻っていないが。」
「魔法は解術できるか?」
「ああ。」
「では、後で事情聴取するから、その前に解術を済ませておいてくれ。」
こんな話をしていたら、アリアナが仰向けに寝返りを打つ。
傷口が当たったのか、「うっ」と声をだす。
慌ててベッドの側により、アリアナの手を握る。
「アリアナ、痛むか?」
だが、彼女の瞳は一瞬開きかけたがまた閉じ、返事はなかった。
額に汗をかいており、手も熱い。
「エリック、医師を呼んで欲しい。」
「どうかしたか?」
「アリアナが熱を出している。」
彼は慌てて医師を呼ぶ。
医師はもう一度肩の傷を確認する。
席を外すよういわれが、一時でも離れたくはない。
エリックと一緒に強引に側に張り付いた。
傷口に巻かれた布を外していく。
白い肌に現れた赤い傷が痛々しい。だが私を守ってくれた傷だと思うと愛おしくもある。
医師は傷からの熱だろうといい、治癒魔法をかける。そして目が覚めたら薬も飲ませるようにと薬を置いていった。
治癒魔法のおかげか、少しアリアナの表情が和ぐ。
私はアリアナの汗を手巾で拭う。
「普段元気なだけに、こんな時は尚更心配だ。」
そう呟けば、隣でエリックも肯定する。
「ああ。いつも振り回されているから、大人しくして欲しいと思っていたが、これはこれで心臓に悪い。」
そう言って、彼は徐に立ち上がる。
「俺はそろそろ取り調べに立ち会わなければならない。何かあれば呼んでくれ。くれぐれもアリアナが寝ているからといって、手出しするなよ。」
「わかっているよ、義兄上。」
ワザと義兄と呼んでみる。エリックは笑いながら、
「義兄はまだ早い。クロード、お前も一息休憩したら執務に戻れよ。アリアナの看病には侍女を付けるから。」
執務は溜まっているだろう。今回の事件についても、これから色々と調べなければならない。
「アリアナが目が覚めたら、側にいたい。仕事はここでするから、持って来てくれ。」
「全く…わかったよ。後で用意して持って来る。その間に着替えでも済ませておけ。」
そう言われ、改めて自分の服装をみると、所々に血が着いていた。
「そうだな。ありがとう。」
その日はアリアナが眠るベッドの横で、書類を片付ける。夕方には彼女は熱も下がり、落ち着いているが、なかなか目を覚まさない。
「アリアナ、早く目を覚まして、私を安心させておくれ。」
そう言ってみるが、彼女の反応はない。
私はアリアナのベッドの横の椅子に腰掛け、朝まで看るつもりだったのだが。
気が付けば、カーテンの隙間から陽の光が射しており、私は、ベッドの上で横になっていた。
慌てて隣を確認すれば、横でぐっすり眠るアリアナがいてホッとする。
そっと額に触れて、熱が下がった事を確認し、そのまま、額にそっとキスを落とす。これくらいは許して欲しい。
「早くその笑顔を見せておくれ。」
彼女は無邪気に眠っている。
このまま奪ってしまいたいという欲望を理性で押さえつけ、そっとベッドから降りる。
今日も忙しい一日になるだろう。アリアナが目を覚ましてくれればいいのだが。
彼女が目を覚ましたのは、その日の夕方だった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回は明後日か明々後日の更新を目標に頑張りたいと思います。
お付き合い頂けますと幸いです。




