【番外編】ルーカスとアリアナの接近(ルーカス視点)
ブックマーク等、ありがとうございます。
ルーカス視点です。
ノックの音と共に、入って来たのは、アリアナの兄であるエリックだった。
アリアナは俺の手を慌てて外し、彼の元へ駆け寄って行った。
やはり、今まで兄妹として、過ごした時間には敵わないらしい。
エリックと親しい家族としての挨拶をしていた。が、エリックの瞳にはアリアナへの親愛の情と共に恋情が見え隠れした様な気がした。
彼は兄だから気のせいか。
俺も梨奈に対して敏感になり過ぎているらしい。
彼はアリアナに俺と二人きりで話していた事を咎めている。俺がアリアナに手を重ねていた事が気に入らないらしい。兄の立場であれば当然か。
アリアナの言い訳も可愛い。
俺が手をしっかり包んでいたのに、当たっていただけだと言うアリアナに、兄であるエリックも呆れている様だ。俺でもその言い訳はいくらなんでも無理があると思う。思わず笑みが溢れる。
二人のやり取りは、仲の良い兄妹そのものだった。
アリアナがエリックを信頼している事がよくわかる。
二人のやり取りが続きそうだったので、俺が割って入ることにした。
「失礼、エリック殿、アリアナ嬢をあまり責めないで欲しい。私が東の国の話をしたいと無理を言ったんだ。」
彼は慌てて、アリアナを後ろに隠し、慇懃無礼に挨拶をしてきた。そして、前回渡した情報の礼を言われた。
だが、アリアナと二人きりで会うなと釘を刺される。
それは無理な話だ。せっかく梨奈と会えたのだ。
梨奈がアリアナとして生きている事も理解している。だが、アリアナとして生きている梨奈を、ルーカスとしての俺が幸せにしたい。
「それは難しい。私はアリアナ嬢に惹かれているからな。私はいつでも責任を取る覚悟がある。今、二人きりで会った事を咎められるのであれば、私が責任を取り、彼女を娶ろう。」
気が付けば、そう言っていた。
そう責任を取る、いい理由だ。
本当は梨奈を奪い、我が国に連れて行きたい。
だが、梨奈の気持ちを無視するわけにはいかない。
梨奈はアリアナとして生きており、アリアナとして考える事もあるだろう。
アリアナとしても、ルーカスを好きになって欲しかった。
彼も負けてはいなかった。責任を取ると言うならば二度とアリアナに関わるなと言う。
流石にアリアナの兄と言うべきなのか。
アリアナが俺たちのやり取りを見兼ねたのだろう。
話を逸らしてくれた。
しばらくアリアナとエリックのやり取りを眺めていたら、エリックが二人で話をしたいと言う。
先日の情報の件か、アリアナとの関係についてか?
いずれにしても避けられないだろう。
俺は、後でもう一度アリアナと会う事を条件に、了承した。
彼とは、以前渡した情報の件を話し、また詳しい情報が入り次第、連絡すると伝える。
彼は感謝しながらも、疑いの目を向けてくる。俺もこの国の為に動いている訳ではない。アリアナの為だ。
エリックは、情報はありがたいが、アリアナに近付くなと牽制して来た。
兄としては当然だと思う。
だが、俺も引けない。
前世の事で悩んでいる梨奈を守っていけるのは、俺だけだ。彼女の悩みを知らないだろうと挑発する。
しかし、彼は冷静にアリアナの悩みを教えてほしいと言う。
俺は要求を突っぱねて、これからもアリアナに会うし、彼女が希望すれば、我が国へ連れて行くと宣言した。
そして、アリアナの周辺に注意を払う様に警告する。
特に、レオンハルトは、アリアナを攫う機会を探っているとの情報があった。イスマエルは、彼の国が動いている様だ。どちらの国もそれなりに実力がある。
まだ、表面に出てきている訳ではないが、注意を払うに越した事はない。
俺なら準備を今から始めて、実行は卒業の時にするが、彼らはどう考えるか。
一番心配なのは、この国でアリアナの事を疎ましく思っている貴族の一派だ。
クリストファーの母である王妃に気に入られているアリアナを排除する為には、命を奪う事も厭わないかもしれない。
俺の部下も護衛に付けているが、エリックの協力は必要不可欠である。
アリアナとの二人の時間を邪魔されたが、今日の会談は、彼らにアリアナが狙われている事実を伝える事が出来たので、それなりに有意義なものであった。
彼はアリアナの兄だ。アリアナとしての梨奈は、彼を兄として慕っている。俺が梨奈を見つけるまで、大切に守ってくれた人でもある。出来れば、敵対したくはない。
まぁ、今までの俺の挑発的な言葉で警戒されたかもしれないが。
だが、俺が渡した情報で、彼は俺のことを多少は信用してくれた様だ。
彼自身がアリアナを大事に思っている事はよくわかる。
そんな事を考えていたら、アリアナがエリックと共に入って来た。
『佐伯くん、兄とは何の話でしたの?』
『アリアナに近付くなって牽制されたよ。』
『過保護な兄だからごめんなさい。でも私は婚約者がいる身だから、兄も神経質になっているの。』
『いや、彼の立場から言えば、当然の事だ。俺達の関係も知らないし、知ったとしても理解できないだろう。』
『前世なんて言われても信じられないよね。普通は。』
『そうだな。必要があれば、俺なら説明するよ。だから梨奈は無理に話さなくともいいからな。』
『私から説明してもいいのよ。兄なら信じてくれるかも。』
『だが、梨奈が話して、信じて貰えないと辛いだろう?だがら今まで誰にも話していなかったんじゃないか?』
『そうだけど…』
『それに、クリストファーとは結婚する気はないんだろう?本気で考えてくれないか?俺の国に来る事を。』
『それは無理だわ。結婚しないとしても、国は私を国外に出す気は無いはずだわ。貴方のお国に迷惑がかかるわ。』
そんな話をしていたら、エリックが苛立ちを隠さずに、アリアナに言った。
「アリアナ、私にわかる言葉で話しなさい。」
アリアナは悪戯がバレたという顔をした。
「やっぱり?」
「やっぱりではない。」
「はーい。」
こんなやり取りを見ていると、エリックは兄として慕われていると実感する。
梨奈はアリアナとしての仮面を貼り付ける。
「ルーカス殿下、兄がこう言っておりますから、フラン語でお願い致しますわ。」
俺も王子の仮面を貼り付け、エリックに言う。
「エリック殿、私はアリアナ嬢と遠い東の国の言葉で話す事を楽しみにしていたのだが。」
「私が把握できない会話は容認できません。」
彼も負けじと言う。
「仕方がないな。」
彼の気持ちも理解できる。その場にいる人が知らない言葉で話す事は、本来なら失礼にあたる。
だが、アリアナだけに話したかった事があった為、ワザと使っていたのだ。
その後は、エリックを交えて、会話を楽しんだ。いや、楽しんだとは言えないかもしれない。
彼は俺とアリアナの接点や、遠い西の国について知りたがったが、俺は話をはぐらかした。
だが、梨奈が側にいるというだけで、満ち足りた時間だった。
それからのアカデミーでの生活では、少し変化がみられた。アリアナと過ごす時間ができたのだ。
彼女は相変わらず、レオンハルトとイスマエルに付き纏われている様だったが、彼らと二人きりにならない様に、俺も誘ってくる。
レオンハルトには、以前から他の令嬢達が、熱い視線を送っていたが、イスマエルにも、パーティーの後からは、令嬢達が群がっていた。
だが、二人ともアリアナを手に入れようと、躍起になっている。最近、彼女の側にいる俺をあからさまに牽制してくる。
ある日の放課後、そんな二人から逃れ、アリアナと空き教室で外を見ながら、日本語で話していた。
中庭では、イスマエルが、女子生徒たちに囲まれている。
『イスマエル殿下の良さに、皆気付いてくれたのよね。よかったわ。』
彼女はしみじみと言う。
『梨奈は彼の事を、どう思っているのか?』
そう、あのパーティーの時の二人の姿が、頭から離れない。
『う〜ん。彼の国には興味があったわ。いい貿易相手になりそうで。』
彼女の答えに力が抜ける。そうだよな。梨奈ならあり得る答えだ。昔と変わらない彼女にホッとした。
『貿易相手か?』
『ええ。彼はいい方だと思うわ。ただ、こちらにいらした時は、周りが見えない程、思い詰めていらっしゃったから、少し肩の力を抜いて欲しかったの。彼は私の事など目に入らない様だったから。』
それは、彼を気にしているという事ではないか?
『本当にそれだけか?』
『ええ。』
『彼はそう思っていない様だが。』
そう、彼と彼の国は本気だ。
『そんな筈はないわ。仮の恋人契約だもの。』
今、何と言った?恋人契約?
『恋人契約なんかしていたのか!』
『ええ、だってそれしか方法が思いつかなかったの。』
いや、それでも普通その方法は選ばないだろう。
『仮だろう?今すぐ解消しろよ。俺も一緒に話に行くよ。』
仮でも許せない。斜め上すぎる考えに驚き、梨奈の両肩を掴む。
『肩の手、力入り過ぎだって!もう少し内側だったらちょうどいいわ。』
梨奈は肩がこっているらしい…
『いや、そうじゃない!今はイスマエルの事だ!』
『イスマエル殿下には、私から話すわ。だからそれ以上力を入れないで頂戴。跡が残ると大変だから。』
俺は慌てて力を緩める。だが肩から手は離せない。
彼女だけで話に行くなど、見過ごせない。彼は何をするかわからない。ただでさえ、彼の国はアリアナを手に入れようと画策しているのだ。
『ダメだ。一緒に行く。梨奈、気をつけて欲しい。彼は君を手に入れようと必死になっている。二人きりにさせる訳にはいかない。』
『では、兄と行くわ。佐伯くん、いえ、ルーカス殿下にご迷惑をお掛けする訳にはいかないでしょう?国が絡むと大変だから。それに私は魔法がそれなりに使えるから、そんなに心配しないで。』
『エリック殿か。わかった。彼と二人きりにならないと約束してくれ。』
エリックは信用できる。彼なら上手く立ち回ってくれるだろう。
『ふふふ…兄からは、貴方とも二人きりになるなと言われているわ。』
『俺は特別だから、いいんだ。』
『佐伯くんらしいわ。こうしていると、前世の事を思い出しちゃうわね。佐伯くん、ありがとう。私はこの世界でも幸せだわ。だから、もう前世に囚われなくても、この世界でルーカス殿下としての幸せを見つけて欲しいわ。』
梨奈のその言葉を聞いた時、俺は梨奈を抱きしめていた。
『俺はアリアナとして生きている梨奈が好きだし、梨奈から離れるつもりはないからな。覚悟しておけ!』
『佐伯くん…』
『梨奈の気持ちを待つつもりだけど、俺の気持ちを否定しないでくれ。』
本当はこのまま梨奈を奪ってしまいたい。
梨奈は俺の胸に手を当て体を離し、俺を見上げる。
空色の瞳が不安げに揺れていた。
『ごめんなさい。否定したつもりはないの。ただ前世の事で責任感じているんじゃないかと思って。』
『ごめん。俺こそ焦っていたよ。ただ責任感で言っているんじゃない。それだけはわかって欲しい。』
『ええ、わかったわ。』
彼女がそう言ったところで、近付いて来る足音が聞こえた。
お読みいただき、ありがとうございました。
見直しをしていたら、遅くなってしまいました。
次回も2〜3日後に投稿予定です。
年末で忙しく…定期的に更新が難しいのですが、お付き合い頂けますと幸いです。




