女神の森(アリアナ視点)
ブックマーク等、ありがとうございます。
なんだか騒がしい声が聞こえてくる。
あれ?私は生きている?
それともここは天国?
この騒がしさ。
どうも酒盛りの真っ最中らしい。
天国でも酒盛りがあるのかな?それとも地獄に落ちてしまった?
『酒はもう無いのか!』
『肉は焼けたか?』
『これは俺が仕留めた獲物だ!』
そんな声が聞こえてくる。
ついでに肉が焼けるいい匂いがしてきた。
ああ、お腹が空いてきたなぁと思ったところで、あっ私生きていると、我に返る。
重くなった瞼を動かし、手足に力が入るか動かしてみる。多少の痛みはあったが、とりあえず動く事は出来そうだ。
周囲の声からして、男達が近くにいるみたい。
今はどの世界にいるのだろうか?
また世界が変わったのかな?
また一から始める世界だとどうしようと不安に押し潰されそうになる。
冷静にと、自分にいい聞かせる。まだ世界が変わったと決まったわけではないのだから。
周囲の声を注意深く拾っていく。
男達の話す言葉は、ノルン語?という事は、アリアナの世界と一緒?
ああ、私は場所を飛ばされただけ?
ガヤガヤと聞こえてくる彼らの話から、同じ世界だと思う。
また異世界に飛ばされたのかと心配したのは杞憂だったようだ。
ふ〜と、息を吐く。
安心したら、何だか肩の力が抜けてしまった。
皆にお別れまでしていた私の心配を返して欲しい。
でも、今の私が置かれている状況、男達が側で酒盛りって、それなりに危険かも。
取り敢えず、瞼を閉じたまま、自分の事を確認してみる。手足は縛られていないし、服も着ている。自分が来ていたマントとは別に、外套の様な物が上から掛けられている。
そっと瞼を開いてみると、周辺は暗くなっていて、夜の様だ。
焚き火を囲む様に、簡素な服に獣の皮で出来たベストを羽織った30代後半の大男とその子分の様な数人の男達が酒盛りをしていた。
山賊か人買いに捕まってしまったのかな?
そう思ったけれど、捕またのであれば、幾ら意識が無いとはいえ、拘束するよね。だけど用心するに越したことはない。
私が目を開けた事に気付いた大男が声を掛けてきた。耳を塞ぎたくなるぐらいに大声だ。
『気付いたか?ああ心配しなくても誰も取っては食わないよ。俺たちは狩をしていたら、お前さんを拾っただけだからな。それより具合はどうだ?』
私はそっと起き上がる。
見た目は厳つく、どこかの山賊の様な男に向き直る。
山賊ではないと言うけれど、怪しさは拭きれない。
だけど、私に外套を掛けてくれたりしているところを見れば、少なくとも今すぐ危害を加える気はないのだろう。もう少し様子を見るしかないよね。
『ありがとうございます。多少の打撲はありますが、体は動かせます。』
彼らがノルン語で話して来たので、ノルン語で答える。
そう答えながら、手を動かし、魔法力を確認してみる。転移魔法で使い過ぎたらしく、かなり少なくなっている。暫く大人しくして回復を待つしかないみたい。
『水でも飲むか?』
『ええ、お願いします。』
すると周囲にいた男が木でできたカップに水を入れ、差し出してくれた。
口に含むと、生き返る気分だ。
『えっと、ここは?』
『ここはノルン王国とフランベール国との国境にある森だよ。』
この言葉で私は女神の森にいる事を知った。
この森はフランベール国の北側にあるどこの国にも属さない聖地だ。周囲に位置する4ヵ国が、聖地として不可侵条約を結んでいる。
軍を入れる事は出来ないが、生活のための狩猟や採取は許されている。だが、それ以上に森を荒らすと、女神が怒り、呪いがかかると言われている。
『女神の森ですか…』
彼らはノルン語を話すのだから、ノルン国の者達だろう。
『こんな森の中で嬢ちゃんが落ちているから驚いたぞ。どうやってこんなところまで入って来れたんだ?』
う〜ん。私もそれは知りたい。
王都の南に向かうつもりが、何故北の国境付近に飛ばされているんだろう。
取り敢えず、手を頬に当て、首を傾げておく。
『私もどうやって来たかはわからなくって。』
大男は一瞬鋭い眼光を放ったが、すぐにそれを隠し、口角を上げた。
『まぁいい。俺はヘンリーだ。コイツらは子分だ。お前さんの名は?』
『リナです。』
『リナはいいところのお嬢さんだろう?家に帰るなら送るが?』
家という言葉にドキッとする。
皆に心配を掛けているのだろうなぁ。
だけど、私は王家の後継者争いの火種となりたくはないし。やっぱり身を隠すのが、一番だと思う。
送って貰えるほどの距離ではないし、送られても困る。
そう決心すれば、この際だから、外の世界を見てみたいと、好奇心が優ってしまう。
『いえ、帰る家はありません。』
『本当か?』
ヘンリーは探る様な眼差しを向けてくる。
『ええ、勘当されたので。』
本当は廃嫡をお願いしている段階なんだけど。
俯いて悲しそうな顔をしてみる。
ヘンリーは暫く私を睨んでいたが、ふっと溜息を吐く。
『行く当てがないのであれば、俺に付いてくるか?何、取って喰う訳ではない。嫁さんとお前さんと同じ歳頃の息子と娘がいるから、遠慮はいらないぞ。』
どうしようかなと考えたけれど、この森の中、一人取り残されるより、いいかな。
『ご迷惑ではありませんか?』
『リナ一人ぐらい問題ないさ。それより腹減ってないか?肉とパンしかないが。』
その言葉に急にお腹が空いてきた。
『空いています。頂いても宜しいのですか?』
『もちろんだ。おい!肉とパンを用意してやれ!』
子分と言われた男の一人がパンの中に焼いた肉を挟んで渡してくれた。
美味しそうな匂いに釣られて、パクリと口に含む。
『美味しい!』
私の様子を伺っていた周囲の者達が、それを見て笑った。
思わずお行儀の悪いことをしてしまった様だ。
しまったと口元を押さえる様に片手を当てるが、反対の手には、食べかけのパンを握っており、どんなに頑張ってもお嬢様には見えない。
一人で焦ってしまう。
『リナはいいな。食べっぷりが。』
ヘンリーがそう言えば、皆が笑い、あれこれと世話を焼き出した。
周辺の富豪の娘ぐらいにしか見えないのだろう。
それはそれでいいかと、取り繕うのをやめて、美味しいサンドイッチを堪能した。
食べ終わると、ヘンリーは眠っておく様に私に伝える。明日の朝、家に帰るらしい。
余程疲れていたのだろう。
ヘンリーの大声を煩いと思っていたはずなのに、いつの間にかぐっすり眠ってしまった。
気付けば、朝日が木漏れ日となって、私の顔に射していた。
起き上がると、ヘンリーはすでに準備を始めている。
『リナも準備してこい!お前さんの鞄はそこに置いているからな。』
ご丁寧に、鞄も拾ってくれていたようだ。
近くにあった小川に案内してもらい、顔を洗おうとしたら、髪の色が違う事に気付く。
恐る恐る水面を覗き込むと、そこには黒髪、茶色の目の梨奈の顔があった。
昨日は暗かったし、混乱していて髪の色まで気付かなかった。
驚いたが、前世で見慣れた顔である。
美しいとか可愛いとか言われた事は無いが、童顔で目がほんの少々大きく、幼く見える。
この周辺で黒髪の者はかなり珍しい。
尚且つこの容姿であれば、今の年齢より、かなり下に見られた事だろう。自分でもアリアナの容姿よりかなり幼く見えると思う。
そんな幼い娘がこんな森に一人でいれば、不審に思うはずよね。
昨日ヘンリーさんは何も言わなかったけれど。
アリアナの美少女だった顔も好きだったけれど、梨奈の顔だと取り繕わなくともいいから、楽かも。
それに私を探しているだろう兄達に見つからない方が、ヘンリーさん達に迷惑をかけなくていいし。
唯一、この顔を知るのは、ルーカス殿下だけど、流石にここまでは来ないでしょう。と、気を取り直し、顔を洗い、木陰に行き、マントの下でドレスから町娘の服に着替える。
着るのは大変だけど、脱ぐのは楽で助かったわ。そんな事を思いながら、隠しポケットの中身も移す。
ヘンリーさん達は本当に私を保護してくれた様だ。
隠しポケットの中身も鞄の中身も、全て揃っていた。ちょっとだけ、疑った事を申し訳なく思う。
いい人達に出会ったなと、女神様に感謝しながら、皆が集まっている場所に戻った。
ヘンリーさん達は迷う事なく、森を抜ける。
獣道ぐらいにしか見えない道をスタスタと歩いて。
私がやっとの思いで付いて行くと、時々後ろを振り返って、大丈夫か?と気にしてくれる。
そろそろ疲れたから、座りたいと思う頃合いに、森を抜けた。
抜けたところに、お揃いの制服を着た騎士団が並んでいる。
えっ!やっぱり山賊?
捕われる?
一瞬疑ったが、騎士団の長と思われる人が敬礼し、背後の者達もそれに倣う。
私の頭の中は疑問符だらけになる。
すると騎士団の後ろから、『父上!』と声が聞こえた。
声の方向を見ると、麗しい青年が前に出てきた。
思わず目を見開いてしまう。
麗しい以上に問題がある。
うん。この方知っています。
北の国の王子様。
つい、先日お会いしましたよね。
姿が違うのだから、私だとはバレないはず、そう思っても、緊張が高まる。
でも、さっき父上って言っていたよね?
思わずヘンリーさんを見上げる。
父上って?国王様?
どう見ても見かけは山賊なんですけど。
親子で似ていないし。
益々頭の中の疑問符が増えてきた。
大人しく側に立っていると、ヘンリーさんは片手を上げて、『ヨハネス!帰っていたのか!』と、相変わらずの大声で返事をする。
ヨハネス殿下が私達の前に出てきた。
『父上、無事にお戻りで何よりです。そちらのお嬢様は?』
『ああ。この娘はリナ。森で拾ったから、連れて帰る。』
『父上、犬猫でないのですから、簡単に拾ったなど口にされないでください。せめて保護したと。』
私は一応初対面の挨拶を、町娘程度の丁寧さにしてする事にした。
『お初にお目に掛かります。リナと申します。』
『ヨハネスです。では、私が馬に乗せましょう。』
彼もあっさり流してくれた。
バレてはいないよね?
『そうしてくれ。』
ヘンリーさん、いえ、陛下がヨハネス殿下に私を引き渡してしまう…拾った小娘を王子が面倒見ていいのかと私は陛下を見上げるが、ニヤついた笑みを浮かべていただけだった。
彼は微笑み、彼の馬までエスコートをしてくれた。
彼は私を抱き上げ、馬に乗せて、自分は後ろに乗る。
町娘のワンピース姿だったので、横乗りで不安定だったが、後ろからヨハネス殿下が腕を回してくれて、支えてくれた。
見た目と違いガッチリとした筋肉に驚いてしまう。
号令とともに、隊列が動き出すと、彼は私の耳元で囁いた。
『姫、ご無事で何よりです。私がお迎えに行けず、失礼いたしました。どうぞ我が家でごゆっくりお過ごし下さい。』
『は?』
私だってバレている?
近過ぎる距離だけに、後ろを振り向くわけにはいかない。
頭の中はパニックになる。
今認めると、ヨハネス殿下まで迷惑をかけてしまう。
姿が違うのだから、ここは知らぬ存ぜぬを決め込む方がいいよね。
『私は姫と呼ばれる様な身分ではありませんわ。殿下とは初対面ですわよね。』
『殿下と呼んでいる時点で、姫が私の事をご存知だと証明しているとは思いますが…私は言いましたよね。歓迎しますと。詳しい話は、後で落ち着いてからにしましょう。少し急ぎます。』
ヨハネス殿下はそう言って、馬のスピードを上げた。
騎士団も同じ様にスピードを上げていく。
狩人の一行だと思っていた一団も、服装こそ違うが、統率の取れた騎士達だった。見事にヘンリーさんを守りながら、馬を操って行く。
ヘンリーさんは周囲を見ているのかいないのか、ガンガン飛ばしていた。
そんな様子を見ながら、これからの事を考える。
何で彼が私の事をわかったのかな?
女神の森に私がいる事を知っていた様な口振りも気になる。
逃げようにも逃げられない馬の上では、パニックになった頭の中を鎮めるだけで、精一杯だった。
お読み頂き、ありがとうございました。
まさかのヨハネス殿下の登場です。
次回も不定期更新とさせて頂きますが、お付き合い頂けますと幸いです。




