Track79「未完」
「コレ、就職祝いな」
「え?」
見慣れたフォルムに首を傾げる。手渡されたアコギを隅から隅まで見つめ、思わず咆哮した。
「コレ俺のアコギじゃん!? え!? なんであんの!?」
「お前の家に行って親父さんに貸して貰った」
「先輩、俺の家にきたんですか!?」
「だって使い慣れた方のがいいだろ?」
「だからって人のアコギ勝手に持ち出す人なんていないでしょう!?」
「でも無くなったことにも気付いてなかったろ」
「それは、そう、ですけど……」
あのクソ親父! なんて怒りを浮かべる。先輩の言葉に言葉尻を弱めながら目を逸らした。
「てか、これ俺のなんですけど就職祝いって……」
「就職祝いは俺の歌だよ。ユヅが伴奏な」
「いや、俺……」
「ユヅ、ギターもベースも弾けんじゃん」
「俺、もう楽器は……!」
「この手で、よくそんな嘘吐くな」
唐突に左手を取られ、中指や薬指を弄られる。指先に触れる先輩の手は相変わらず温かかった。
「お前、まだ練習してんだろ。指の皮、硬いぜ」
「一応やってるけど……彩斗の耳に適うような演奏は出来ないよ」
「俺はユヅの音が聞きたいんだ。ユヅのギターで歌いたい。ユヅが溜め込んできたものを知りたい。なぁ、会ってなかった六年間の話をしてくれないか? 恥ずかしいなら俺の歌に隠れて少しずつ教えてくれたらいい。とりあえず、お前のギターで歌わせてくれ」
俺にとってはご褒美だ。けれども彼の嫋やかな歌声は、健やかな旋律にこそ相応しい。躊躇ってしまうのは俺の手が自由に動かないからだった。
「早く。曲は『vague grace』な」
「彩斗、歌ったことないやつじゃん」
「じゃあチェックしてくれ。作曲者さん」
視線を絡め、下手くそながらギターを奏でる。彩斗の歌声は真っ直ぐで、なんだか泣きそうになった。指は思うように動かない。それに下唇を噛むも、歌声の方が俺を待ってくれた。阿吽の呼吸とは、とても言い難い。それでも重なった気持ちは滑らかに心へ染み渡っていた。
優しい人と言うのは、誰よりも傷付いてきた人なのだと言う。彩斗は人を傷付けない。誰かを助けたいと願う彼は、それほど手を差し伸べて貰えなかった人間なのかもしれない。あの日の出会いが俺を変えた。透子さんとの出会いが彼女の時を進めた。モモちゃんとの出逢いが彼女に愛を教えた。幸君の心根を変え、隼君も何かを得た筈だ。全て彩斗と出会えたからこその変化である。勝利の女神というものが在るのなら、彼はきっとその美女に愛されていることだろう。
「素晴らしいね」
「ユヅの演奏も最高だったよ」
最高であったのは彼の歌声だけだ。それでも彼が、そう言ってくれたのなら信じたいと思う。俺の想いは報われた。それだけで十分だ。
曖昧だからこそ美しい。そんなものがあってもいいと思う。未完の作品ほど人を魅了するというのなら、俺はそんな曲を作りたい。勿論、美しく仕上げるのは俺の神様の仕事である。




