Track7「現実」
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「目隠しして車に放り込んだらどう?」
「お邪魔します、も、おはようございます、も、ねぇのかクソ野郎」
「お邪魔してます! おはよ! 目隠し……」
「黙れクソ野郎。その顔面、二度と見れなくしてやろうか」
「やめてください」
ニヤケ顔を引っ提げた四季が、降参とばかりに両手を掲げる。そんな彼を睨めつけながら、俺はスマホで時刻を確認した。
昨夜はスマホを弄りながら床の上で寝てしまったらしい。痛む節々を労わりながら身体を起こす。彼のお陰で勢いの良い扉の開閉音は、不快極まりないアラームになることを学んだ。
「まだ九時じゃねぇか」
「不健康だねー、一般的に業務が開始するのは八時から九時の間だよ」
「こちとら何年ニートしてっと思ってんだ」
「ダメ人間宣言」
「ああ?」
「なんでもないでーす!」
欠伸を噛み殺しながら頭を掻く。霞んだ眼で彼を睨み付ければ、顔色一つ変えず部屋を見渡していた。
「んで、さっきの話だけど。車が怖いなら目隠しして車に乗ってみたらどう? 見えなきゃどうにかなるんじゃない?」
「無理だ」
「なんで?」
「匂いもダメなんだよ」
「じゃあ鼻の下にメンソールでも塗ったら?」
「昔のFBIかよ」
「耳栓も付ける!」
「それは匂いに関連すんのか!? ああ!?」
「一々、威嚇しないでよー」
邂逅から五日。四季は毎日部屋を訪れ、俺の話を聞きたがった。普段、何をしているのか。どんな歌が好きか。メンバーに望むこと、苦手なもの、好きなこと。内容は多岐に渡るが、最後にはいつも外へ出る方法を模索していた。
「お前、俺に外に出なくていいって言ってただろ」
「んー、でも外に出れたら便利だし」
「俺の長年の悩みを便利って理由で片付けようとするな」
「過呼吸って厄介だよね」
「過換気症候群」
「別にいいんじゃない、過呼吸でも」
「俺のは……精神的なもんだ」
「そっか」
過呼吸症候群と過換気症候群。前者は運動後に起きるが、後者は精神的なものが要因で起こる。発症後の症状に差はないが原因が違うのだ。身体になんら異常はないのに、ソレを名乗ることは些か憚られた。
「じゃあ、ここに呼んでいい? この二人!」
エントリーシートには顔写真と経歴が書いてある。二枚の紙切れを俺に渡した彼はフローリングに腰を下ろした。
「四季」
「ん?」
「お前、顔で選んだだろ?」
「違うよー、でも美人だよね」
「碧井 透子、二十七歳、担当ギター」
「ポイントは元ОL」
胡桃色のロングヘアに孔雀緑の瞳。証明写真でも分かる端整な顔立ちは、芸能人にも負けてはいない。年相応の落ち着きを纏った彼女は、どこか仄暗さを忍ばせながらも、大人しそうな雰囲気を醸し出していた。どちらかと言えば、氷塊のような目元は鋭さを纏っている。それでも優し気に見えるのは、彼女が本当に優しい人間だからなのかもしれない。
「どこがポイントなんだよ」
「よく見てよ、ちゃんと元ОLって言ったでしょ?」
不敵な笑みを浮かべながら鼻歌を奏でる四季。俺は吃驚を表すことなく、続きを急かした。
「その人は社会に居場所を失くした人なんだよ」
「そんな奴、大丈夫なのかよ」
「いいじゃんニート! 素敵だよニート! だって時間の融通がきく!」
「お前の基準はそこなのかよ」
「ちゃんと面接はしたよー、凄く……」
「凄く?」
「凄く美人だった! お嫁さんにしたい!」
「彼女じゃないんかい」
恍惚とした表情を浮かべ想起する様に内心引きつつ、無視を決め込む。そんな俺は再び用紙に目を落とした。
「ベースは男子高生か。名前は青郷 隼ね」
「ああ、その子は不登校ね」
銀髪に天色の瞳。左目を覆う前髪は長く、後ろ髪も肩で切り揃えられている。いや、これは散髪にすら行ってないのかもしれない。伸びっぱなしの銀髪から覗く右目は鋭く、世界を切り裂いてしまえそうなほど尖っていた。
纏った学生服は似合っていない。顔立ちは十七歳というに相応しいのに〝高校生〟と呼ぶには不釣合いに思えた。カメラを睨み付けるような様相は、とても人当たりが良さそうには見えない。
「お前は真面目にバンドやる気あんのか?」
「あるよー、あるから敢えて、そういうのを選んでんでしょ? それにバンドだよ? はみ出し者を集めてこそのロックじゃない?」
「不純な動機この上ないな」
溜息を吐くも、現実が変わることはない。彼が〝いい〟ということに、何も知らない俺が口を出すわけにはいかなかった。