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ねぇ、戻りたい【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
First Single「ラクリマ」
8/83

Track7「現実」

 *


「目隠しして車に放り込んだらどう?」


「お邪魔します、も、おはようございます、も、ねぇのかクソ野郎」


「お邪魔してます! おはよ! 目隠し……」


「黙れクソ野郎。その顔面、二度と見れなくしてやろうか」


「やめてください」


 ニヤケ顔を引っ提げた四季が、降参とばかりに両手を掲げる。そんな彼を睨めつけながら、俺はスマホで時刻を確認した。


 昨夜はスマホを弄りながら床の上で寝てしまったらしい。痛む節々を労わりながら身体を起こす。彼のお陰で勢いの良い扉の開閉音は、不快極まりないアラームになることを学んだ。


「まだ九時じゃねぇか」


「不健康だねー、一般的に業務が開始するのは八時から九時の間だよ」


「こちとら何年ニートしてっと思ってんだ」


「ダメ人間宣言」


「ああ?」


「なんでもないでーす!」


 欠伸を噛み殺しながら頭を掻く。霞んだ眼で彼を睨み付ければ、顔色一つ変えず部屋を見渡していた。


「んで、さっきの話だけど。車が怖いなら目隠しして車に乗ってみたらどう? 見えなきゃどうにかなるんじゃない?」


「無理だ」


「なんで?」


「匂いもダメなんだよ」


「じゃあ鼻の下にメンソールでも塗ったら?」


「昔のFBIかよ」

「耳栓も付ける!」


「それは匂いに関連すんのか!? ああ!?」


「一々、威嚇しないでよー」


 邂逅から五日。四季は毎日部屋を訪れ、俺の話を聞きたがった。普段、何をしているのか。どんな歌が好きか。メンバーに望むこと、苦手なもの、好きなこと。内容は多岐に渡るが、最後にはいつも外へ出る方法を模索していた。


「お前、俺に外に出なくていいって言ってただろ」


「んー、でも外に出れたら便利だし」


「俺の長年の悩みを便利って理由で片付けようとするな」


「過呼吸って厄介だよね」


「過換気症候群」


「別にいいんじゃない、過呼吸でも」


「俺のは……精神的なもんだ」


「そっか」


 過呼吸症候群と過換気症候群。前者は運動後に起きるが、後者は精神的なものが要因で起こる。発症後の症状に差はないが原因が違うのだ。身体になんら異常はないのに、ソレを名乗ることは些か憚られた。


「じゃあ、ここに呼んでいい? この二人!」


 エントリーシートには顔写真と経歴が書いてある。二枚の紙切れを俺に渡した彼はフローリングに腰を下ろした。


「四季」


「ん?」


「お前、顔で選んだだろ?」


「違うよー、でも美人だよね」


碧井(あおい) 透子(とうこ)、二十七歳、担当ギター」


「ポイントは元ОL」


 胡桃色のロングヘアに孔雀緑の瞳。証明写真でも分かる端整な顔立ちは、芸能人にも負けてはいない。年相応の落ち着きを纏った彼女は、どこか仄暗さを忍ばせながらも、大人しそうな雰囲気を醸し出していた。どちらかと言えば、氷塊のような目元は鋭さを纏っている。それでも優し気に見えるのは、彼女が本当に優しい人間だからなのかもしれない。


「どこがポイントなんだよ」


「よく見てよ、ちゃんと()ОLって言ったでしょ?」


 不敵な笑みを浮かべながら鼻歌を奏でる四季。俺は吃驚を表すことなく、続きを急かした。


「その人は社会に居場所を失くした人なんだよ」


「そんな奴、大丈夫なのかよ」


「いいじゃんニート! 素敵だよニート! だって時間の融通がきく!」


「お前の基準はそこなのかよ」


「ちゃんと面接はしたよー、凄く……」


「凄く?」


「凄く美人だった! お嫁さんにしたい!」


「彼女じゃないんかい」


 恍惚とした表情を浮かべ想起する様に内心引きつつ、無視を決め込む。そんな俺は再び用紙に目を落とした。


「ベースは男子高生か。名前は青郷(せいごう) (しゅん)ね」


「ああ、その子は不登校ね」


 銀髪に天色の瞳。左目を覆う前髪は長く、後ろ髪も肩で切り揃えられている。いや、これは散髪にすら行ってないのかもしれない。伸びっぱなしの銀髪から覗く右目は鋭く、世界を切り裂いてしまえそうなほど尖っていた。


 纏った学生服は似合っていない。顔立ちは十七歳というに相応しいのに〝高校生〟と呼ぶには不釣合いに思えた。カメラを睨み付けるような様相は、とても人当たりが良さそうには見えない。


「お前は真面目にバンドやる気あんのか?」


「あるよー、あるから敢えて、そういうのを選んでんでしょ? それにバンドだよ? はみ出し者を集めてこそのロックじゃない?」


「不純な動機この上ないな」


 溜息を吐くも、現実が変わることはない。彼が〝いい〟ということに、何も知らない俺が口を出すわけにはいかなかった。

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