Track76「音信不通」
*
「目が覚めたら病院で、あちこち開放骨折してて……指もグチャグチャ。でも楓先輩がクッションになってくれたお陰で脊髄を損傷することなく、こうやって日常生活に戻って来れるようになった。でも、やっぱり重傷は重傷でねー、怪我が完全に治りきる前に、東北地方のリハビリに明るいところに転院することになったんです。
先輩は一度も、お見舞いに来なかったけれど、無事だって聞いてたからそれだけで良かった。あのお節介で優しい先輩が会いに来ないってことは、それなりの理由があるんじゃないかって思ったから。俺も自分のことで一杯一杯だったし、楓先輩と悠先輩が亡くなったってのを聞いてたから、楽器を弾けるようになったら会いに行こう、そう思ってた。結局、まともに日常生活を送れるようになるだけで三年掛かっちゃったけど、指はもう元には戻らなかった。
三年も音信不通で、おかしいなと思ったけど、何をするにもいつも先輩からだったから勇気が出なくて。嫌われたかも、もしかしたら忘れられてるかな。そう思い続けた三年間のせいで中々踏み出せなかった。
でも風の噂で24の彩斗が精神病になったらしいってのを聞いて、慌てて会いに行った。それまで俺は……やっぱり事故のことに触れるのが辛くて自分でシャットダウンしてきてたから調べるまで全く知らなくて。玄関で出迎えてくれた先輩のお母さんに事情を聞いた。こんなことになるなら早く会いにくれば良かった。そんな後悔をして、でも部屋の前に行ったら『本当にこれで解決するのかな』って思えてきたんだ。じゃあ俺に出来ることは何だろう? 答えは『先輩にまた仲間を作ること』だと思った。
あの人はお人好しだから俺みたいな欠陥品を放っておけない。だから、わざと人生に失敗した人間を選んで、彼に面倒を見させるように仕向けた」
恐らく皆にとっては聞きたくない話だろう。弱さを自身で認めることは痛みを伴う。現在の彩斗がそうであるように。
「その過程で俺が助けたいと思った人達が救われたらいいな、とも思ったし、彩斗が自分を見つめ直すことが出来ればいいなとも思ってた」
「〝俺が助けたい〟って、どういうことよ」
「そのまんまの意味だよ。学生組には楽しく生きて欲しかった。俺が彩斗に出会えたことで、そうだったように。透子さんには自信を持って欲しかったんだ。俺が昔使ってた〝自分なんか〟を撤回して欲しかった。皆に自分を重ねたエゴの形だ。それに関してはお詫びします。本当にすみませんでした」
全て彩斗の為、それは嘘じゃない。けれども皆に救われて欲しいという思いがあったのも本当だった。このバンドを通じて人生が楽しいものだと知って欲しい。彩斗を助けられなかった贖罪だ。そう思っていた。
「四季君に頭を下げられるようなことをされた覚えはないわ」
「透子さん……」
酷いことを告げた自覚はある。なのに彼女が優しい言葉を掛けてくれるものだから、目頭が熱くなった。
「私、〝私なんか〟って言うのやめるわ」
「僕は彩斗さんに出会えたのでそれだけでいいです。二階堂さんに謝られる謂れはありません」
「私は四季さんに救われたわよ。だから、あ、ありがと」
「え、これ俺も言う流れ?」
「アンタって本当に空気読めないわね!」
「別にいいんじゃない? 人間、大切なものに順位付けて生きるものだし」
「無視って最低よね!」
「聞こえない」
「あ、ありがとう!」
波打ち際を漂うような穏やかな雰囲気に包まれる。瞠った目を細め礼を告げれば、モモちゃんが頬を赤らめ鼻を鳴らした。
「第一、皆、彩斗さんのことが大好きなのよ! 全部、彩斗さんの為だったなら仕方ないわねってなるわよ」
「モモちゃーん!!」
「気持ち悪いわね!」
大の大人が大粒の涙を零す様は、さぞ情けないことだろう。透子さんにハンカチを差し出され、俺は更に目頭が熱くなった。
「四季さん……いや、ユヅさん、ですかね」
「珍しい呼び方をするね、隼君」
「今の全部、アヤさんに流してました」
「え……えぇ!?」
隼君が差し出したスマホの画面は通話中になっている。理解が追い付かず、驚きのあまり立ち上がる俺を隼君がクスリと笑った。
「それでユヅさんに今すぐ家に来るように、らしいっすよ」
「わ、わか……! 痛っ!?」
慌てて駆け出したことで椅子の足にぶつかる。凄い音を立てて転がっていくそれに俺は恨みがましい視線を向けた。
『なんだよ今の音!?』
「ユヅさんが椅子に引っかかりました」
『気を付けろよバカ! 安全運転で来いよ!?』
「分かった!」
スピーカーから彩斗の声が響く。俺は廊下を全力で駆け、車に飛び乗りエンジンを吹かした。




