Track75「トラウマ」
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「24最高ー!」
「こらー、公道で叫んでんじゃねぇよ。バカー」
「アヤちゃん先輩だってテンションアゲアゲだったくせにー!」
「俺はTPOの話をしてんだっての!」
悠先輩が先頭を歩き、その後ろを三人で並んで歩く。歩行者用の信号が青に変わっても並びは変わらず、楓先輩が僕の少し左前を歩いているくらいだった。
ライブ終わりの高揚したテンションのまま、くだらない会話を交わし合う。いつも通り夕飯がてら打ち上げをしよう、と行きつけの店に移動しようとしている最中、彩斗先輩がふと歩みを止めた。
「先輩? 早くしないと赤になっちゃいますよ」
「そうだな」
最後尾となった彩斗先輩が僕の右側で笑う。再び前を向いて歩き出そうとしていた刹那、楓先輩の声が聞こえた。なんて言っていたのかは分からない。でも、どこか遠くで彩斗先輩の「いってぇな!」との叫びが聞こえた。
眩しさに眉を顰め、激痛に苦悶する。轟音が静寂に変わった頃瞼を上げると、自身の身体がトラックの車体に埋もれていることに気付いた。狼狽するも、状況を確認しようと身体を動かす。けれどもトラックと何かの間に挟まれ、僕は身動き一つ取れなかった。
「ゆ、づる……」
楓先輩の掠れた声に辺りを見渡す。ふと目線を下方に向ければ、楓先輩が身に付けていたチェックのズボンが見えた。と、同時に状況を理解する。恐る恐る首を後ろに向けると、楓先輩が僕の背を守るかのように血みどろになっていた。
「あ、あ……せん、ぱ……」
「しゃべ、る、な。いたいだろー?」
いつもの間延びした口調で、お道化たように笑ってみせる。次の瞬間、吐血するものだから僕はパニック寸前になっていた。どうしよう、どうしよう、と解決策の浮かばない脳漿で必死に考える。そのうち周囲の、ざわつく声が場を包むようになった。
「結弦……はぁ、動けそうか?」
「む、無理です……」
「だよなぁ……俺の身体も、グチャグチャっぽいなぁ、悪かった、な、助けてやれなくてぇ」
「なん、で、かえでせんぱ……謝るんです、か?」
「アヤを突き飛ばすので精一杯、でさぁ、なんとかクッショ、ン、になれるかと思って…た……無理でゴメン、な」
「なんで、そこまで……」
血生臭さと、漏れ出すガソリンの匂い。焦げたアスファルトに、僅かな楓先輩の匂いが混じって、なんとも言えない気持ちになった。痛い、怖い、助けて。そればっかりが血潮に混じってグルグルと回るのに、楓先輩がいつも通りだったお陰で僕は何とか自身を保っていられた。
「結弦はベースが好きでしょ? 俺はアヤや、お前みたいに誇れるも、の……何もない。あー、ダメだ……クラクラしてきたぁ」
「楓先輩……!?」
「彩斗はさぁ……面倒見がいいからさ……た、ぶん……げほっ……責任感じる、と思うん、だよね。だから……俺の代わりに守ってやって、とは言わない……で、も一緒に居てやってな……?」
「な、に言って……」
「落ち着いて聞け……はぁ……悠は、もうダメだ」
「え……?」
「探すなよぉ……アレはトラウマにな、る……アイツ、もうグチャグチャだ……俺は悠が迷わないように連れて……つれて、かなきゃ、だから……アイツ、バカだか、ら……」
「先輩? 楓、先輩? 先輩!?」
返事がない。その後いくら問い掛けても楓先輩が答えてくれることは無かった。そうしていれば意識が朦朧としてくる。僕は生温い湯船に浸かっているかのような錯覚に陥りながら、揺蕩う意識の中を微睡んでいた。
力尽きたように身体が傾く。ふと瞼を持ち上げれば、号哭する彩斗先輩の姿が見えた。
「よか……せん、ぱい……生きて……」
先輩がぼやけていく。彼が手を伸ばしてくれたような気がして、僕はそれに応えようと必死だった。勿論、出来るわけも無かったけれども。
「せん、ぱい……」




