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ねぇ、戻りたい【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
Sixth Single「vague grace」
71/83

Track70「仮面」

「はぁ……違う。こんなことが言いたかったんじゃない。ユヅ」


「はい」


「だから敬語やめろって」


「ご、ごめん!」


「朝までの四季は、どこに行ったんだよ」


「俺の中で眠って……る?」


「じゃあ起こせ。もう朝だ。朝か?」


「いや、昼だね」


「お寝坊さんだな」


 辺りを見渡し時計を探す彼に告げる。壁掛け時計は間も無く正午を指そうとしていた。


「四季は起きたか?」


「うん」


「お前、身体は大丈夫なのか?」


「身体?」


「ああ。その……」


 口籠る様に質問の意図を理解した。この状況でも自分のことより俺のことなのか。先輩は変わらず先輩で、その優しさに胸が痛んだ。


「大丈夫だよ」


「じゃあベースも……」


「でも楽器はもう弾けない」


「え?」


「だから彩斗には……先輩には会えなかった……」


「どういう、意味だよ」


「先輩、俺のベース好きだったでしょ……? 指グチャグチャになっちゃって、リハビリしたけど日常生活をするのが精一杯なんだ。だから……」


「ユヅは、俺がベースの為だけに、お前と居たとでも思ってんのかよ!?」


「違う! 先輩はそんな人じゃないです!」


「じゃあ、どういう意味だよ!? 無事だったのに俺のところにも来ないで、正体も隠してこんなことして……俺は……俺はお前が死んだってずっと思ってて……!」


「三年です!」


「三、年?」


「俺が、こうやって元通り生活出来るようになるまで……先輩に会いに来れるようになるまで三年掛かりました」


「俺はいつだって……!」


「先輩は! 先輩は自分を責めるじゃないですか」


「責めるって……」


「先輩は優しいから。俺がベースを弾けなくなったことを知ったら自分を責めるでしょう!?」


 沈黙は肯定を意味する。黙り込んだ彼は唇を噛み締め、震えるほど拳を握っていた。それも、その筈。あの事故で無事だったのは彩斗だけ。責任を感じないわけがなかった。面倒見のいい彼は、普段から要らないものまで背負い込む性分である。だからこそ楓先輩は俺に彼を託したのだから。


「……だから……だから、お前はこんなことをしたって言うのかよ!?」


「そうです。でも俺は先輩ともう一度……」


「もう一度なんてねぇよ!!」


 怒声を浴びせられムキになって応戦する。けれども俺の鼓膜を震わせたのは、紛れも無い拒絶の言葉だった。


「帰れ。二度と来んな」


「嫌です。第一、どうやって帰るんですか? 俺がいなかったら先輩は……」


「どうにでもなんだよ! いいからどっか行け!! 顔も見たくねぇ!!」


 ああ、幸君は、こんな気持ちだったのか。震える喉が、灼け付くような感情を諫めている。俺に落涙の権利などないのに、今にも泣き崩れてしまいそうだった。


「分かりました。また来ます」


 了承の返事はない。俺は深く頭を下げ、病室を後にした。玄関を抜けて車の扉を開ける。吐きそうになりながらネクタイを緩めれば、スラックスに雨粒のような染みが出来ていた。


「うぅ……先輩……」


 排他的になる彼に何も出来なかった。学生時代、手を差し伸べてくれたのは彼なのに、俺は彩斗を助けることが出来ない。その事実が胸部に重く圧し掛かり、心臓を圧迫する。心が痛むのか、身体が痛むのか、俺にはもう分からなかった。


 心のどこかで甘えていたのかもしれない。彼は何をしても許してくれるだろう、そんな甘えがあったのだ。だから彼に手を払いのけられた時、酷く傷ついた自分がいた。〝ユヅ〟を拒絶することはないだろう。〝四季〟がいないと何も出来ないだろう。そんな浅ましい心根を見透かされた結果なのかもしれない。


 女心と秋の空なんて諺通り、空が泣きだしそうになっている。あんなに綺麗だった朝焼けの面影も無かった。泣いている暇はない。俺が、こんなことをしたのは彩斗の為だが、彩斗を大切に思ってくれている人達に現状を伝える義務があるのだ。


「大丈夫。大丈夫。二階堂四季は、いつも笑顔なんだから」


 毎朝、起きる度に唱えていた呪文をささめく。彩斗の前では被りきれなかった仮面を被りなおしてみせよう。彼らにとって俺は〝黄瀬結弦〟ではない。〝二階堂四季〟なのだから。

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