Track6「四季」
「少しでも歌いたいって思ってくれてるなら歌ってよ。彩斗は歌いたいんでしょ?」
「……勝手に呼び捨てしてんじゃねぇよ」
「俺のことも四季って呼んでいいからさ!」
「そういう問題じゃねぇ」
「あれ? 違った?」
こんなことを言いたいわけではない。こんな言葉を紡ぎたいわけではなかった。
何故この男は、こんなにも俺に拘るのだろう。あっさりと諦めてくれたなら、縋りたいなんて感情が芽生えることもなかったのに。
「俺を利用したらいいんだよ」
「え?」
「俺はファンだからさ、彩斗の歌が聞けたらそれでいい。彩斗が元気になってくれたらそれでいい。彩斗が幸せでいてくれたら尚良し。そんな欲塗れで出来てんの。だから、そんな気持ちを利用して社会復帰したらいいんじゃない? 本当は外に出たいんでしょ?」
「そんなこと出来ない!」
「……なんで?」
「人を利用するなんて……そんな……!」
「なにそれ」
目を剥いた彼が次の瞬間、噴出する。くつくつと漏れる笑声が何を意味するのか、俺には分からなかった。
「出会ったばっかの俺にまで優しいとか、どんだけお人好しなわけ?」
「お人好しとかじゃねぇよ! 人として当然の……」
言い返している最中、視界が黒暗に染まった。双眸を覆う彼の手に慄きながら、大人しく息を呑む。これから何をされるのか分からない為、下手に動くことも出来なかった。
「なに、してんだよ」
「んー、ちょっとそのままで聞いててね」
「意味わかんな——」
「お願いします。俺の歌を歌ってください」
「……頼み方おかしくね?」
「真面目に、なんて柄じゃないんだよ。だから許して」
「断ったら?」
「一生この手を離してやんない」
「きも」
「ひどいなぁ」
彼は本当に傷付いているのだろうか。変わらない語調に、俺は今後のことを考えてみた。その結果出た答えは——
「はぁ……俺、お前の曲好きだよ」
「え?」
「歌ってやるって言ってんの」
「ほ、ホントに!?」
俺の目元に在る手を乱暴に弾き、彼の顏を見据える。吃驚を映し出す様は酷く滑稽だった。
「仕方ねえだろ。お前と一生一緒とかキモくて無理」
「ありがとう」
「その代わり途中で放り出すなよ」
「一度抱えた荷物を放り出すわけないでしょ」
「荷物じゃねぇし!」
「いった!?」
怒りのままに頭を叩く。彼の旋毛目掛けて撓った平手は、狙い通り乾いた音を鳴らした。
「暴力反対」
「暴言反対」
「暴言吐いてるの彩斗じゃん!?」
「はぁ? 知んね」
「黒髪でもヤンキーのまんまじゃん!?」
「あー、歌うならまた染めなきゃな。金に」
「二十五なのに!?」
「お前だって二十五なのに金じゃねぇか」
「お揃いだね」
「きも」
決まり文句のように繰り出される「ひどいなぁ」に舌を出す。そんな俺に右手を差し出した彼は握手を求めていた。
「よろしく」
「よろしくな、四季」
邂逅は俺の日常を変えてしまうのだろう。心を占めるのは恐怖。外の世界は恐らく、もっと……そこまで考えて思惟することをやめた。
逃げることに慣れてしまった俺は変われるのだろうか。ふと窓へ目を向ける。空を泳ぐ鳥は自由に羽を伸ばし、差し込む陽光を浴びていた。野生の動物は悩みなんか無さそうで羨ましい。そんなことを考えていれば溜息が零れる。少し早まってしまった気がして、訂正しようか否か迷いながら俺は四季を仰いだ。当然、そんなこと言える筈もない。
「どうしたの?」
そんな俺に笑むのは、金糸の悪魔だった。