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ねぇ、戻りたい【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
Fourth Single「Rejection」
64/83

Track63「歌姫」

「いやー、スケジュール帳忘れちゃって! あ、それそれ! もしかして持ってきてくれるところだった?」


「はい」


「ありがとー! さ、二人共行こー」


「四季さん」


「んー?」


「さっき間違って手帳落としちゃったんですよね。すんません」


「マジで!? いいよ、いいよ。わざとじゃないだろうし」


「それで見ちゃったんですよね。その写真に写ってるのアヤさんじゃないですか?」


 沈黙が場を支配する。先程、何か言うなら正体が分かってからだ、と言われた為、ただただ困惑した。生唾を呑み込む音が、やけに大きく響く。ピアノ線がピンッと張ったような空気感の中、僕は窒息しそうだった。


「見ちゃったの!? 頼む! 彩斗には内緒にしてて!」


「どうして?」


「実はコレ……裏ルートで手に入れたものなんだよ! そんなに彩斗が好きだったってバレたら引かれちゃうじゃん!? 今度、何か奢るから! お願い!」


 うるさいくらいの声量で、二階堂さんが両手を勢いよく合わせる。僕には、それがパフォーマンスに思えてならなかった。


「分かりました。じゃあ焼肉で」


「了解! じゃあ幸君にも奢るから内緒ね?」


 ね? と念押ししてくる彼に首肯する。脳内では二階堂さんを不審に思う僕がいた。


「あ、そうだ。幸君」


「はい」


「彩斗の提案なんだけど『Rejection』を今度のゲリラ限定でアコースティックバージョンでやろうと思ってるんだよね」


「アコースティックバージョン?」


「キーボードじゃなくてピアノを持ってきて、透子さんにはヴァイオリンを弾いて貰ってね。どうかな?」


 彩斗さんが言っていた、やってみたいこととはこれか。と溜飲を下げる。「いいですね」と同意すれば二階堂さんが「忙しくなるぞー!」と張り切っていた。


 明るい彼を信じてみたい。けれども疑心暗鬼を生ず心が、それを許してはくれなかった。


 僕は幾度、人を疑えばいいのだろう。僕は幾度、人を愛すればいいのだろう。愛とは重く、ピアノ線のようだ。弾けた瞬間、人を刺し殺す凶器に、いつか僕が絞殺されてしまいそうだ、と時折思う。だから大方のものを拒絶して生きていきたい。好きな物が増えれば苦しくなってしまうから。


 欲望を音に乗せて、僕はいつか誰かの琴線を震わせてみたい。願わくば、その〝誰か〟が歌姫であれ、と。

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